13話 はじめての子守り
*お食事中の方は食後に読む事をお勧めします。
「ほーらアリス、お兄ちゃんとこの積み木で遊んでような」
「……ちゅみき?」
「そうだ。 こうやって組み立てて遊ぶんだぞ」
目を真っ赤に腫らした彼女の為に即興で作ったおもちゃは、うまく関心を引けたようだ。
翌日、小さなレディことアリスは、あの保護者達より先に目が覚めてしまってからはそれはもう大変だった。
魔獣との戦いの末、気絶した彼等のように怪我をしたわけでもないので当たり前と言えば当たり前なのだが、幼さ故、目覚めて直ぐに保護者がいない事に気付いた彼女は誰がどう慰めても泣き止まず、身体中の水分がなくなってしまうんじゃないかと心配になるほど豪快に泣き続けた。
「お前、お腹空いてるだろ?」
それでも腹は減っているだろうから、木製のスプーンにアリス用に潰してドロドロにしたじゃがいものミルク粥を用意してやる。
隙を狙って口元に持っていけば、条件反射なのか、アリスは泣き止んでもぐもぐと食べ始めた。
「美味いか?」
小さな口で、あぐあぐと何度もスプーンに食らいついてくる様は本当に飢えていたのだと俺たちの同情を誘ったが、雛鳥に餌を与えているようでなんとも言えない気持ちになった。 ……俺はまだそんな歳じゃない! ぴちぴちの九歳だぞ! 誰がなんと言おうとな!
小さな子供にしちゃ、良く食った方だと思う。食欲があるだけまだマシか。
腹が満たされたからか、うとうとし始めたアリスを母に任せると、背中を軽く叩かれた彼女はけぷっとちいさなゲップをしていた。
さて、今一番気になる大人達についてだが。
彼等も昼過ぎにはちらほらと目覚める者が出てきた。
一番先に目覚めたのは、開口一番「アリスッ!」と叫んでいた男だったが、その声にびっくりして他の大人達も少し目が覚めたというのが真実だ。
夜なべで父とガハンスが交代で見張りをしていたのもあり、直ぐに客室に向かう事が出来た。
アリスは昼寝に入ったばかりだったし、いざという時にはこちらの手札にもなる。
俺を除いた家族が警戒しながら話し合いに向かい、子供の俺はアリスの子守を兼ねてリビングに残された。
「兄様、どうなったんですか?」
暫くするとミルクに食事の用意を頼む為にサフライが戻って来て、兄自身もバタバタと忙しそうにしている。
邪魔しちゃ悪いとも思ったが、気になって仕方なかった。
「あいつらの言っている事が本当かどうかわかんねーから、まだなんとも言えねえ。事実確認の時間がかかるんだってよ。俺は食事の手伝いが終わったら見張りを呼んで来るように言われてるから、お前はしっかりそのガキンチョ見張っとけ」
その言葉通り兄は直ぐに人手を呼びに出て行った。
大して時間の掛からないうちに五人ほどの男達を引き連れて帰ってくると、今度は父とガハンスが入れ替わるように家から慌ただしく出て行く。
ーー何だ? なにが起こってる?
次から次へと変わる状況についていけない。
自分が騒動を起こしたのに、ここにいる誰よりも状況を理解していない状況に焦りが募る。
しまいにはアリスまで起きだして、また親がいない事に絶叫してるし、とりあえず泣き止ませないと! ってうわっ、なんかこの子ぷるぷるしてる! ……もしかしてトイレ!? トイレなのね!? 待ってまってもうちょっと我慢して頼むからここで気張らないでー!!
「ふぅ」
「……………………まじかよ」
早く誰か助けろクダサイ。
****
「……燃え尽きたぜ、真っ白にな」
「も?」
若白髪が発生しそうなめまぐるしい半日を終え、思わず人生で一度は言ってみたかった言葉が口をついた。
すっかりおもちゃに夢中でご機嫌麗しいアリスには首を傾げられたが。
「なんでもないよアリス。 お腹空いてない?」
相変わらず俺だけ状況を理解していないのは変わりなく、アリスの子守しかやる事がない。
あとは、ミルクが時折夕食の相談をしに来るくらいか。
団体様御一行は胃が相当小さくなっているらしく、昼に食べたので今日はご飯はもうはいらないと言われたようだ。
この世界では元々昼食を取らないし、朝はずっと寝ていて動いていないからだというのもあるんだろうが。
アリスに夕食を食べさせてやり、母にお風呂に入れて貰うとアリスはまた眠ってしまったようだ。
急いでサフライに用意してもらった簡易ベビーベッドに寝かせてやると、俺も夕食を取りに行く。
少し遅い夕食になっていたが、リビングにはみんなが揃っていたのでそろそろ現状把握しておきたい。
「アルファン、今日はご苦労だったな」
「はい。 赤ん坊のお世話は大変でした」
答えながら、急いで飯をかきこむ。
先に夕食を済ませていた家族は驚いていたが、赤ん坊の世話は本当に堪えた。予測が出来ず振り回される赤ん坊のお守りは、普段森で暴れ回って狩をするより疲れる仕事だったのだ。
「食べながらでいいから聞いておきなさい」
父は難しい顔をして、俺は頷いて続きを促した。
「取り調べをした所、彼等は隣村出身の者だった」
「!」
伯父の話しでは全滅だろうと言われていたが、隣村の生き残りがいたのか?
腹が落ちついたところでカトラリーを置いて、父の話しに前のめりに耳を傾けた。
父が話す昼以降の出来事は。
まず、最初に目覚めたのはやはりアリスの父親で、意識がなくなる寸前まで抱き締めていた娘がいなくなり、パニックになった父親は少々暴れたらしい。
父や兄、同行していた仲間たちに取り押さえられ、アリスが無事だとわかると直ぐに落ちついたようだが、こちらとしては何もわかっていないので落ちつける筈もない。
何があったのか。なぜ、ラナーク村の所有する森に向かいそこで倒れる事になったのか。
彼等に問い正すと、隣村出身であるとの証言がとれた。
この村にも多大なる影響を及ぼした隣村の消滅。
それは、やはり盗賊に蹂躙され、証拠隠滅の為に金目のものだけ奪うと村に火を点けてまわった結果だそうだ。
「何故、彼等だけ無事だったのですか?」
「……我らも怪しく思い、その確認の為にガハンスを連れて森へ向かったのだ」
最初はどうやって助かったのか聞いてもそれだけはなかなか答えようとしなかった難民達。
だが、それに痺れを切らしたガハンスがアリスを盾に脅すと観念して話し出したらしい。
彼等は隣村で迫害を受け、村の中心からだいぶ離れた場所で暮らしていた。
生活の糧は森で獲る事が出来たが、自分達で作れない衣類や塩といったものは村人に融通して貰わなければならない。
迫害を受けているせいで、まともに取り合われない取り引きが横行し、一を寄越して十を求められるような理不尽極まりない扱いだったそうだ。
そしてそんな中、あの日の事件が起こった。
心許なくなった塩のため、いつもの数人で村に向かう。
村に到着しようとした時、村の中に、見慣れない集団を見かけた。
村人たちは小さくない声を張り上げているが、良くない雰囲気の中出て行くことも憚られ、彼等は隠れて呆然と見ている事しか出来なかった。
村人たちの声が聴こえてこなくなった後の盗賊たちの行動は早く、略奪を行うと村に次々と火を放ったらしい。
自分達も見つかってしまえば同じ運命を辿る事になる。そう感じた彼等は住んでいた家を捨て、一番近いと言われているこのラナーク村を目指したそうだ。
「うわあ……」
なんということだろう。
迫害し、搾取し、惨く殺されたであろう隣村の村人達を怒るべきか、ご冥福を祈るべきかわからない複雑な状況だ。
「だが、隣村に向かった事がある私や兄のカミルは彼等と面識がなかった。 迫害されていて通常の取り引きの場に居ることが許されていなかったのなら当たり前の話しだが、彼等の話だけでは鵜呑みには出来ない」
「……そうですね」
それで、難民達が倒れていた森に二人は向かった。
本来なら、元々彼等が住んでいたという場所にでも行けば信憑性も増すのだろうが、盗賊たちがいた場所に向かいこちらが逆に襲われてしまえば笑えない。
何か他に証拠を示せるかと父が持ちかけたところ、彼等は肩を落としてこう言ったそうだ。
ーー自分達はシウラリアスの末裔である。 意識を失った森にその証明となるピアスを隠した、と。
「しうらりあす?」
「……やはり知らなかったか」
「はい」
「では、少し長くなるが、この国の建国記から話そう」
父はそう言って、すっかり冷めてしまったお茶に口を付けた。




