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閑話 父として領主として

「ほらっ、モタモタするな! そんなことをしている間に殺されるぞ!!」


「すいませんっ」


「一班前衛! 三班は二班と交代で後方支援にまわれっ!」


「はっ!」




 ーードシュッ!!


 新品の槍で急所を勢いよく貫き、引き抜く直後飛び散った魔獣の血飛沫に目をやられないよう反対側に回り込む。

 貫かれた魔獣は地響きを立てて倒れ込んだが、まだ終わりではない。

 血の匂いに誘われた野生動物までもが目の前に迫って来ていた。


「一班下がって補給しておけ! 二班は戻って前衛に!」


「はっ!」


 皆が打撲や擦り傷だらけで、数人は脱落者が出てもおかしく無さそうなこの状況下。

 だが、我が領の志願兵達は誰一人諦める事なく騎士団出身の私達の扱きに死にものぐるいでついて来てくれている事を、私はとても誇らしく思う。


「……ふう、何とか片付いたか」


 額の汗を拭い、死屍累々となった魔獣や野生動物を見ると、魔獣の方だけ素材の毛皮と、白い魔石だけ残して跡形もなく消えて行った。

 魔獣の肉は食用にはならないので、解体の手間も要らず、魔石も役に立つ。

 野生動物は魔石こそ手に入らないまでも、毒性属さえなければ肉や毛皮、強度があれば骨や牙まで利用価値があるのだ。

 腰に巻いていた大きな風呂敷をそれぞれ拡げて、私達は持てるだけの獲物を回収していった。




「領主様! 今日も大漁っすね!」


「ば、バッカお前! 領主様になんて口を聞いてんだよ!?」


 村に戻ると、志願兵の中でも一番の若者が満面の笑みを浮かべてこちらへ近づいて来る。

 こちらも口を開こうとしたが、その者の面倒をよく見ている年嵩の者が慌てて頭を叩いて引き止めていた。


「領主様やそのご家族がお優しいからってなぁ、いくらなんでも失礼過ぎるだろうが!」


「え〜? アル坊ちゃんは公の場じゃなかったら普通に話して良いって言ってましたよ? 先輩、頭固いんじゃないっすか?」


 二人のやり取りはまるで喜劇を見せられているようで、周りの兵士達も二人を囲んでくつくつと笑っていた。

 確かに彼ほどあけすけな人間は珍しいが、この村ではあまり細かい事は気にせずみんなで纏まって仲良くやってくれればいいと思っている事は事実だ。


 こんな小さな村で、言葉遣いや態度を馬鹿丁寧に対応させた所で、誰が監視しているというのだ。

 領主らしくない事は重々承知だが、私自身はその方が気楽でいいし、まだまだ豊かとは言えぬ現状では一丸となってお互い助け合って生きていく他ないのだから。


「皆は、この新しい槍を使ってみてどう思った? 製作者に使い心地や改善点があれば、是非聞きたいと言われている。 遠慮しないで言ってくれ」


 防壁の出入り口に入ってすぐ、新たに設置された詰所にて、成り行きを見守っていた長男が落ちついた頃を見計らって志願兵達と意見交換をはじめた。


「凄く、扱いやすいです」


「今までの、自分達の手作りの木の武器がガラクタに思えるほど斬れ味が抜群だよな」


「あ、武器の問題ではなく私自身の問題なのですが、どうやら私が持つには少々短いようで……」


「欲を言えば、持ち手が滑りやすいので改善して頂けると有難い」


「俺はこの、ガキンッて鳴る音がカッコイイのが気に入ったぜ!」


 するすると湧き出るように、試作品を支給された槍について語られる。

 聞いた所、持ち手の改良とその背丈に合わせた調整が必要なくらいで、他は問題ないというみんなの総意で話は纏まった。


「いいだろう。 持ち手と丈の調整をするので試作品は一旦回収する。 背丈が合わないものは個々に合わせた武器を作るので、明日の午前中に集合しておくように」


「…………えっ?」


「ん? なんだ、明日では日が悪いのか?」


「いや、そうではなく、あの……」


「?」


 明日の集合を聞くなり、騒がしかった志願兵達は一気に静まり返った。

 それを見て、日が悪いのかと変更しようとするガハンスは志願兵達が考えている事が分かっていないらしい。


「ガハンス。 皆は、その槍を自分達のモノだと考えていなかったようだぞ」


「やったッ!」


 私の言葉に志願兵達は色めき立ち興奮に頬を染めたが、ガハンスは反対に困惑と納得いかないような表情に変わっている。


「……私は最初に『槍を各自に支給する』と、伝えていたはずですが?」


「だから、その『支給』の意味がよくわからなかったんだろう」


「!?」


 ガハンスははじめからその意味で志願兵達に伝えていたが、この村で生まれ育った者達にとって、馴染みのある言葉ではなかったようだ。


 この村の生まれでもない自身や、騎士団に勤めていた経験。

 ましてや次期領主として執務や鍛錬に日々研鑽を重ねている長男にとっては、及びのつかない考えだったのだ。

 未だ呆然としている長男を苦笑いで見て、私はその後を引き継いだ。


「皆の者、聞いての通りだ。 それは、勇敢にもこの村の民を守ろうとする其方達に与えられる槍である。 言わば、この村の守護者の証。 再び手に舞い戻った暁には、存分にその腕を振るわれよ!」


 その途端、腹から唸るような応えが聞けたのにガジルは頬を緩めた。





「私は、まだまだ勉強不足ですね……」


 鮮やかな朱色に染まる空を見上げて長男は呟いた。


「なに、私も寸前まで気づかなかったのだから、そう気に病むな」


 隣を歩く長男の肩に手を置き、自身もその空へと思いを馳せた。


 この村は、十九年前に烏滸がましくも救いたいと自らが願い、身内や家族に迷惑をかけてまで領主になった村だ。


 厳しい生活が何年も続き、何もかもが嫌になった日もあった。

 だが、そんな中で出逢った志願兵達は私に一時の安寧を与えてくれた。

 彼らは自身がこの村へ到着する前から、率先して武器を作り、その武器と腕を振るって魔物や野生動物から領民を護っていた。

 領主不在というあり得ない環境にありながら、報酬が出るわけでもないのに他者の為に命を懸けて護っていたと知った時は、当時騎士団に勤めていた身として、その清廉なる生き様に心を強く揺さぶられたものである。


 志願兵達だけではない。 支え合って笑い合える村人達の強さや温かさに触れ合えなければ、私達家族はとてもこの地に留まれてはいなかっただろう。


「……私達はあの者達の笑顔を曇らせることがない様に努めなければならない。 だが、それは一歩ずつで良いのだ」


 それは、この長男が生まれた時に一家の主として感じた心構えと似ていた。

 経験のないところからひとつずつ、頑張るより他はない。

 幸い、我が子たちは兄弟仲も良く、他者を尊重し助け合う事を知っている。

 実際それは、三人それぞれが別方向の才能を持ち寄り出来上がったこの手の中にある槍が何よりの証明と言えた。


 勤勉で思慮深く、広い心を持って全てを受け止める事が出来る、文武両道の道を地で行く長男。

 職人顔負けの器用さと柔軟な思考で、新しいものをどんどん取り入れ生み出していく次男。

 瞬間目を離せば人の度肝を抜く成果を上げる、神に愛されたとしか思えない英智と魔法の才に恵まれた三男。


 三者三様に得難い長所は年を追う毎増して行き、それは、長い冬を耐えて来た村人達にも確かな希望として認識され、我が子達は宝のように大事にされている。


 ただの親馬鹿だと笑われても構わない。

 そんな子供達を持てた私と妻のマリアは、間違いなく世界一の幸せ者なのだ。


 これからも今日のような問題は山積しているだろうが、何やら、隣で思いを新たにしたらしい長男を見てそう思った。



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