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11話 至福のひととき

「ふっふっふ……」


 俺は今、使命感に燃えていた。

 食糧庫の完成から二週間経っても、幸い盗賊共の襲撃はなく、村の一大事だという事で師匠との修業も中断してもらっていた俺は、あるモノを作っていた。


「くっ、ククク」


 俺は今まで、家だったり家具だったり風呂だったりと、色んなものを作って来た。

 だがそれらは全て、必要に駆られた最低限を用意したにすぎない。

 これは、久しぶりに俺の内から溢れ出そうになる欲求を満たす為だけに作られているものなのだ。

 前世で一度成人していた俺だからこそ、あの楽しみを充分に理解出来ると思う。

 ああダメだ、待ちきれずにまた笑いが漏れーー


「お前、さっきからその変な笑い方やめろっ!」


「ぶふぅッ!?」


 突然グニャッと頬が圧迫されて、情けない声が出てしまった。

 俺の幼気なぷにぷにほっぺを見るも無惨な姿に変えてしまった犯人は、次兄のサフライである。


「んで、今度は何作ってんだ?」


「れきてかぇのおひゃのひみ」


「生意気な」


 絶えず人の頬を片手でふにふにと弄びながら、サフライの目は興味津々だ。

 俺は与え続けられる頬のダメージをものともせずに、ボールに入れた材料を掻き混ぜていく。

 ぶっちゃけてしまえば、やることがなくなった俺は暇で暇でたまらなかったので、先日たんまり手に入れた食材をあさって甘味でも作ろうと思い立ったのだ。  最近、森で漸く牛っぽい奴捕まえたから牛乳もあるしな! これで甘味作りも捗るはずだ! メインの小麦粉は量がないから使えないけど!


「よくわかんねーけど、俺もやる」


「暇なんですか兄様」


「馬鹿言え。 お前に、武器の試作から良いようにこき使われてた兄を敬え」


 いや、嬉々として取り組んでたよな? でも俺は大人なので声には出さず心の中をソッと閉じる。

 そうだ! 今回は協力者がいるなら、沢山作って食べたい時に食べれるようしておこう!


「じゃあ、沢山つくるので食糧庫から追加でこれと同じ量持って来て下さい」


「……やっぱりこき使う気じゃねーか」


 兄のぼやきはきーこーえーなーい。

 だって、使用人と言えどもじーちゃんとばーちゃんズに力仕事は怖くて任せられないからね。

 人手が無いなら兄を使えばいいじゃない? ぼやきつつ取りに行ってくれるあたり、なんだかんだ言っても弟に甘い兄である。


 ねりねりねりねり。


 黄金のタネを練り上げていく。

 黄金のタネには蜂蜜・牛乳・塩・バター・卵黄を加えられており、完全に混ざったら一口サイズに丸め、パン釜に突っ込んで焼き色を入れる。

 卵黄を表面にちょちょいと塗れば、綺麗な焼き目がつくので尚良しだ。


「さて、」


「ちょっと待ったーー!!」


 鉄板に第一陣のタネを並べ終え、さあ後は焼くだけだぞっ☆ と意気込んでいると、確か今日は休みのはずの料理長ミルクが飛び込んで来た。


「ミルク?」


「坊っちゃま酷いです! 新作の料理を、私に内緒で作ってしまうなんてッ」


「……あー。 忘れてた」


 そうだった。ミルクは、当時三歳だった俺の天然酵母作りを嬉々として協力して作ってしまうほどの料理バカだった。

 前世の記憶の大雑把な男の料理しか知らない俺の料理にも、並々ならぬ興味と情熱を傾けていたのだ。さ いつもなら休みは週一しかない彼は大抵我が家にいるので、声をかけずとも張り付かれていたため意識した事はなかったが、彼には裏切り行為に思えたらしい。

 最後の工程しか残されていないのを見て取ったミルクは、かなりショボくれてしまった。


「…………せめて、最後の仕上げは私にさせて下さい」


「あ、ああ。 頼む」


 ずどーんと落ち込みながら、サフライからタネが乗った鉄板を受け取り、それでもパン釜で綺麗な焼き目を入れていく。

 哀愁漂う器用なミルクに、俺はなんだか申し訳なくなり妥協案を出してみた。


「……あ〜っと。 これは簡単なレシピだし、もう一個別のものも作ろっかな?」


「本当ですか坊っちゃま!!」


「ほ、ほんとほんと。ね、兄様!」


「そう、そうだな! 俺も物足りナカッタンダー!」


「坊っちゃま、私めもお手伝いさせて頂きます!!」


 俺たちの猿芝居に、いとも簡単にいつもの爛々とした輝きを取り戻したミルクは絶好調だった。





「それぞれ冷蔵庫と保温室、食べきれないものは時間停止部屋に入れておきますね」


「悪いな」


「ありがとうミルク」


 やりきった笑顔で後片付けまで進んで手伝ってくれたのは有り難かったが、ミルクは今週の休みがなくなってしまったのでは……?

 後で父様に別日の休みがもらえないか交渉してみよう。 そうしよう。 ブラック反対。


「なあ、晩飯の後で出そうぜ!」


 お菓子作りの醍醐味、出来立てを味見した兄は相当気に入ったのか興奮気味だ。

 出来立てはまた別格だし、甘い普通お菓子なんて滅多に食べる機会がない上にとても高価だからな。

 俺の家族は伯父が半年に一度土産を持って来てくれるくらいで、あとは自然由来の森の恵みだよりだし、村人達も言わずもがなだ。


「みんな喜んでくれるといいですね」


「ぜってえ喜ぶって! 喜ばないなら俺が全部食ってやる!」


 満面の笑みのサフライに、俺まで釣られて笑った。




「どうぞ」


 食後、何故か休みの筈のミルクが再登場してみんなに甘味とお茶を配っていく。

 サフライが食事中にも散々宣伝していたから、否が応でもハードルが高くなっているような気がするのだが。


「……どちらも見たことがないな」


 ぽかんとした父の言葉に、その場にいる全員が頷いた。

 伯父なんてもう、単に甘党故なのか商人魂に火を点けてしまったのかどちらかわからないが、甘味と俺を見る目が完全にギラついていて大変な事になっている。 正直食べられてしまいそうだ。


「んんっ、これはなんというお菓子なのだ?」


 一瞬変な空気が流れたけど、父が咳払いして話しを戻してくれたので、気を取り直して甘味の説明をする。


「こっちのひとくち大のやつは、スイートポテトっていって、前に母様とガハンス兄様と一緒に取ってきたさつま芋で作ったお菓子だよ」


「さつま芋は、石焼にした方が美味いんじゃなかったか?」


「素材に手を加えないのならそれが一番美味しいと思うけど、このお菓子は蜂蜜とかバターが入ってるからこれはこれで美味しいと思う」


 前回、俺が採集してきた穀物たちをみんなは初めて見たらしく、調理法がわからないと嘆いた家族全員に、簡単な食べ方を教えていた。

 あくまでそれは何も手を加えないで作れるものばかりであったのだが、ガハンスはしっかりそれを覚えていたようだ。

 何だったら、違いを知って貰えるように今度は村のみんなも一緒に焼き芋パーティとかしてもいいかもしれない。


「まあ、好みはあるだろうけど食べてみて?」


「……」


 自分とミルクとサフライの先に食べている者たち以外、恐る恐るスイートポテトにフォークを刺し、口に運ぶ。

 二人が喜んでくれたので不味くは無いはずだが、みんなして声もなく咀嚼しているのを見ていると判決を下される直前の容疑者の気持ちになってくる。




 ーーカタン


 小さくカトラリーを置く音がして音源を辿ると、そこには父の皿が空っぽになっているのが見えた。


「父様、どうでしたか……?」


「実に、美味かった」


「……何、これ? こんなお菓子って」


 うむ。と、噛み締めた父とは対照的に母は衝撃を受けた様な顔で、小さく齧った残りのスイートポテトをジッと見つめている。


「ガハンス兄様と伯父上は……」


 父は満足してくれたようだし、母はよくわからないが不味くはなかったのだろう。幾分肩の力が抜けて、二人にも尋ねてみた。


「私は凄く気に入った。 良ければまた食べたいな」


「なら、ミルクにもレシピを伝えているので材料さえあれば大丈夫です。 それに、今回は沢山作ったので直ぐに準備出来ます」


「ああ、それは良い」


 ガハンスはにこっと雰囲気イケメンな笑顔で応えてくれたのでよかった。


「……こっちにもまだ食べ物があるようだが、これも甘味か?」


「はい。 これは玉子と生クリームと蜂蜜から作られるクレームブリュレと言います。 スプーンで表面を割って崩しながら食べて下さいね」


 クレームブリュレは、先に焼いた部分は冷蔵庫で冷やしておいて、食べる直前に砂糖を振って火魔法で炙ってカリカリに仕上げる工程がある。

 本当は俺がしようと思っていたのだが、そのまま我が家の客室で待機していたミルクが結局全て仕上げてしまったけれど。


「今更だが、私までこのような席に呼ばれて良かったのか?」


「もちろんです」


 何故か居心地悪そうにそう問われたが、伯父には今回の事だけではなくいつもお世話になっている。

 伯父は盗賊退治が終わるまで我が家に滞在する事になっているが、商いをしている場合ではない為、緊急事態の措置として護衛のもの達ごと食費も滞在費も無償で泊まって貰っているのだ。

 商売柄か、伯父は未だにそれを気にしていたらしい。 無論、護衛達には伯父から護衛依頼料が支払われている。


「このクレームブリュレは、トロトロの生地と表面のカリカリになった砂糖の対比がポイントなのです。 伯父上がお砂糖を譲ってくれなければ、このお菓子は食べられませんでしたから」


 まだまだ高くて希少な砂糖は、どんなにお金があっても信頼できる伝手がなければ手に入らない時代だ。 毎回、一キロと少量ではあるが半年に一回運んで来てくれる伯父がいなければ、このお菓子は絶対に食べられなかったものである。


「いや、それは……お互い様だからな」


 俺は、感謝の気持ちを込めて精一杯の笑顔を向けたつもりだったのだが、伯父は食べ終わると何故か疲れた顔をしたまま部屋に戻って行った。

 伯父だけからは感想が貰えなかったけど、お菓子は美味しかったのだろうか?



阿呆回。

ライオンのアレは無かったことに。

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