第一話 あかつきのひかりに B-2 (3)
B-2 (3)
この状況で口を開く第三者――と言えば、他にはいない。
三人掛けのソファで、男が身体を起こしていた。
黒い眼が深淵のように昏い。
十代とは思えない、闇を内包したような眼だった。
それさえなければ、二枚目で通るだろうが、貌の造作に眼が行く前に、視線を逸らしてしまいたくなる。
ソファに坐り、長い両脚の間で両手の指を組み合わせている。
左の手首にブラックチタンの腕時計。
「ジン君」
人形が、ぱあ、と明るい声を出した。
男の眼がミツルギの手に抱かれた人形に動き、すぅ、と細くなった。
「なぜ裸でいる」
「はうっ。貌がこわいよ。ジン君」
人形がぱたぱたと腕を振る。
「ジュースをかぶっちゃったから身体を拭いてもらっていたところだよ」
「服は?」
「あ。ここに」
ミツルギが片手で濡れた服を差し出した。
男が掌を上に向けた。男の手に触れた瞬間、服は分解し、次の瞬間、再構築された。
ふわり、と乾いた服が現れる。
「『ロ……ゴス』――」
茫然とミツルギが言う。
男の手から服が離れ、人形の身体を包んだ。まだ分子が未結合だったらしく。
袖を通す、ボタンを留める――といった動作を人形にさせることもなく。
人形の姿を、服を着たそれに変えた。
チェックのブラウス。ジャンパースカート。胸元に大きな飾りボタンがついている。
「前と同じだね。違うのがいいな」
「サンプル無しで女物の服は創れない」
「じゃあいい」
人形がにこやかに笑う。機械仕掛けの人形では絶対に作れない表情だ。
「まさか。この人形――あんたの『ロゴス』か」
「人形じゃないですよ」
答えたのは、人形だった。笑みを浮かべて言う。
「わたしはアンリ。アリアンリリスウェルシエラと呼んでくださいね」
「なっげえよ。呼んでくださいって方が長くてどうするよ。てか――」
男に眼を向けた。
「これが『ロゴス』なら、あんたが喋っているんだろ。人形の口を借りて」
「……」
男が眼を向けてくる。黒く塗り潰したような眼。
「な、んだよ」
「アンリ。来い。部屋に戻る」
「無視かよ」
「え~。もっといたいよぉ」
ぷう、とむくれた人形を、立ち上がった男がミツルギの手から取り上げる。
「なあ。あんた」
足を止め、男が眼だけを向けてくる。
「昨日の『ロゴス』。あの霧を消したのは、あんただろ。会って、礼が言いたかった。――ありがとう」
「……なぜおれがここにいると知った」
「あんたの姿はカメラに映らない。ドアだけが動いた映像をLEMUが見つけた」
「レム?」
「Logos Environmental erosion Monitoring Unit」
「ちっ。盲点だったな」
「何者なんだ。あんた。カメラに何の細工をしている」
「リアルタイムで画像を削除しているのは監視室だ。おれは何もしていない」
「監視室が? どうしてそんなことをする」
「おれの機嫌を損ねたくないんだろうさ」
「機嫌を?」
問いかけて、昨夜の『ロゴス』に思い至る。
あれほどの力を野放しにはできない。可能ならば、監視下に置きたいはずだ。
それができない場合は、最悪、監禁、処分。
だが、それもできないとしたら――
「……った」
「え? 今、なんて――」
「条件を呑むなら大人しくしてやってもいい。――そう言った、と言ったのさ」
「条件?」
「おれを監視するな。おれに命令するな。おれに干渉することは許さない」
黒塗りの眼で男が言う。
「それを監視室が呑んだってのか」
そうだ、と言うように、男が薄い笑みを浮かべる。
機嫌を損ねることを監視室が怖れたのは、この笑みのせいだろうか。
闇を見ているような眼と感情が死んでいるような笑み。笑みを浮かべても、形だけのようで、ぞっとする。
何を体験したら、こんな貌になる。
「話はここまでだ」
これ以上興味を持つな、と言うように男が言った。
「おれに関わるな」