第一話 あかつきのひかりに B-1 (1)
B-1 (1)
渦巻き模様の眼が視界いっぱいに広がっている。
数センチの距離に貌があった。
少年とも少女ともつかない貌。
眼だけが赤子の手ほどもある。
「LEMU――」
《『虚無』化の徴候は認められません。相変わらずタフですね。コウ――》
淡々とした声は耳朶で響いていた声だ。
だが口は存在しない。
乳白色のプラスチックボディ。
「監視室か」
ベッドに寝かされていた。正確には固定されていた。胸と腰、腕と脚にベルトがあった。
徴候が認められれば、どうされたか――は考えたくない。
「クリアなら外して欲しいもんだがね」
《失礼しました》
LEMUの貌が離れた。
130センチの子供のような身長。
腰部にスカートのような、あるいはキュロットのようなパーツが存在する。
胸部は薄い。
成長期前の少女に見えなくもないが、どちらかと言えば、少年のボディに見える。
人間の指よりも駆動関節の多い指が、ベルトの解除コードを押した。
自由になった身体を起こす。
「ミツルギは?」
「ここにいるわ」
氷点下の声。壁に背中を預け、両腕を胸の下で組んでいる。
「や、やあ。ミツルギ……さん」
「言い訳は聞かない」
腕組みを解いて、ミツルギが近づいてくる。
「あたしも何も言わない。でも――」
双眸が青い光を放ち、左の頬に衝撃が炸裂した。
「一発殴ってもいいわよね?」
「殴ってから許可を求めんな。てか。ぐーかよ」
「ふん」
ぷい、と横を向く。その眼の下に、薄いクマがあった。
「……LEMU。現在時刻」
《02/28/20×× 21:49:33sec, 34sec, 35――》
「ストップ。26時間も経ってるのか。わるかった。ミツルギ」
「何を、よ」
「心配かけた――だろ?」
「謝るなら、そこじゃないから」
「あ~。気絶させたことか。わりぃ。わるかった。痛かった――よな?」
「それじゃないわ」
「他に何かしたっけか?」
「……」
青い眼が見つめてくる。
何か言いたそうであったが。
「いいわ。もう」
視線を逸らし、髪を掻き上げる。その仕草に。
ふいに、昨日の光景がフラッシュバックした。
黒い球体。霧を呑み込んで、凝縮し、消失した――何者かの『ロゴス』
「LEMU。昨日、おれ達以外の『ロゴス』を検知しただろ。誰のものかわかるか」
《検知していません》
「は? あの霧を消した『ロゴス』だ。相当なもんだったはずだぜ」
《記録には存在しません。霧を消したのはコウの『ロゴス』です》
「嘘吐け」
《意味不明です》
「おれの方が意味不だ。――あの時、監視室のメンバーで近くにいた者は?」
《いません》
「監視対象の『ロゴス』具現者は?」
《3キロ圏内3名》
「100メートル圏内」
《いません》
「――」
「何があったの?」
ミツルギが口を挟んできた。ミツルギはあの『ロゴス』を見ていない。
「あの霧を消したのはおれじゃない」
「コウじゃない?」
「誰だかわからねえが、あれを消すだけの力を持った奴があそこにいたんだよ」
《コウの記憶違いでしょう》
LEMUが淡々と言う。
「決めつけんな」
《別件ですが。本日付で新メンバーが着任しました》
「――」
「新メンバー? 聞いてないけど」
《ミツルギはコウのベッドから離れなかったので情報未接触です》
「ごっ、(ごほっ)――誤、解を招く言い方は止めてよね」
「LEMU。ロゴス環境侵食監視体――」
《なんでしょう。コウ・カミクラ》
渦巻き模様の眼が直視してくる。
「おまえ、何で今、その話を出した」