第ニ話 神ひかりあれと B-2(1)
B-2(1)
「おはよう。コウ。めずらしいわね」
「……おう。ミツルギ」
「眼の下にクマができてるけど?」
「昨日、一睡もしてねえからな」
「なに? ゲームでもしてた?」
「地雷、踏んだかもしんねえ」
「戦争ゲーム?」
――十六歳まであと数日だった。
(あいつの地雷――だったよなあ。あれは)
十六歳あたりで『ロゴス』の具現者だと自覚した。
どのような状況下で――とはとても訊けない。
問題は、アンリが十五、六歳に見えるということだ。
ジンが具現者になったのとほぼ同じ年齢の『ロゴス』。
サンプル無しに女物の服なんて創れない――と言っていたジンが。じゃあ、モデルも無しに、アンリを創れたのだろうか――とずっと思っていた。
モデルがいるのではないか。
いるとしたら。
今どこにいるのか。
――無自覚の具現者が。
――コントロールできないまま『ロゴス』を発現したら。
――犠牲になるのは、そいつの身近にいる者達だ。
仮定のように話していたが。仮定じゃなかったとしたら。
――最愛の人間をその手で傷つけ、命を奪うことになったら。
――廃人にされてもこの力を封じて欲しかったと思うだろう。
あれが自らの体験を語っていたのだとしたら。
犠牲になったのは。
アンリのオリジナル――か。
(マジかよ)
片手で口許を覆った。
確認することなど、もちろんできない。
だが。あの絶望に満ちた昏い眼と。何よりもアンリを護ろうとする行動原理は。
それが真実ではないかと思わざるをえない。
ちり、と背筋に緊張が走った。
朝の光の中に、漆黒の影が立っていた。黒いコート。黒髪。闇を見るような眼。
「ジン……」
ふい、とジンの視線が動いた。その視線の先に、
「カンシタ――」
「あれ。カミクラ。遅刻じゃないなんて珍しいね」
「その台詞。そっくりそのまま返すぜ。――その荷物は?」
「ああ。昨日の写真をパネルにしてみた」
長辺1メートル近くは40号サイズか。梱包されているため、中身を見ることはできない。
「……」
「どうしたの。真剣な眼をして」
「あ。いや。重そうだと思ってな」
「パネルだからね。かさばるけど。重くはないよ」
ありがとう。心配してくれて――とカンシタが笑う。
いつもの笑顔。
「じゃあ。僕はこれを部室に置いてくるから」
「ちょっと待て。今から旧館に行ってたら、遅刻じゃねえか」
「そうだね」
「そうだね、ってなあ」
「大丈夫だよ。一時間目はツチヤの社会だろ。数学ほどぎりじゃないから」
「おまえ。意外と神経太かったんだな」
「またあとでね」
くすくす、と笑って、カンシタが旧館に向かう。
す、と陽が翳った。
ジンが横に並んでいた。黒塗りの眼が見下ろしてくる。彫りの深い貌は何の感情も浮かべていない。
「眼を離すな」
「お、おう」
カンシタを追おうとして、足を止めた。
「謝ろうかと思ったけどよ」
無神経に立ち入ったことを。
その絶望の理由に触れかけたことを。
「……」ジンは何も言わない。
「今は礼を言わせてくれ。――ありがとう」
「……行け」
「おう」