第ニ話 神ひかりあれと B-1(3)
B-1(3)
「で? おまえはどうしたいんだ」
「どうって――」
「友達を監視対象から除外したいのか」
「当然だろ」
「なぜだ」
黒塗りの眼が睨みつけてくる。
ひと通り語った後の問いだった。
「なぜだ?」
おまえが訊くのか――と思った。
監視を許さない――と言うおまえが。
「普通に。学校に行って。自由でいて欲しいからだよ」
カンシタだけじゃない。
イグチも。
隣の席のホシナも。
自分のまわりにいる者はみんな――
「あんたが知ってるか知らねえけど。具現者と疑われたら最後なんだよ」
ジンは貌色ひとつ変えない。
アンリ以外はどうでもいいのだ――と思い至って、頭に血が昇った。
「聞けよ。具現者と疑われたらどうなるか。捕えられて、『ロゴス』を発現するまで薬物を投与される。脳神経系の薬剤だ。子供の方が反応が早い。十歳を超えると、発現率は激減する。だが、それが反応が鈍いせいなのか。具現者でないからなのか確かめる術はない。結果、いつまでも薬物を投与され、ほとんどが廃人になる。オーバードーズでショック死する奴もいる。具現者ではないと解放されるのは一割にも満たない。そんな目に遭わせられるわけねえだろうが」
「知っている」
「知っている?」
一瞬、何を――と思った。
「おまえが言った。知ってるか――という話だ。具現者と疑われたらどうなるか」
「だったら」
「おまえの主張は真っ当だ」
ジンの表情は変わらない。黒塗りの眼も。
「だがそれは。おまえの友達が真実具現者でなかった場合だ」
「具現者だったら、どうなってもいいと言いてえのか」
思わず声を荒げた。
黒塗りの眼が、何も言わず、見上げてくる。
いかなる感情も現さず。
こいつとは解り合えない――そう断じてしまいたくなるような眼だった。
「もういい。邪魔したな」
ジンの前から離れ、背中を向けた。
何を期待したのだろうか。この男に――
こんな闇しか見ていないような男に――
「無自覚の具現者が――」
深淵のように低い声でジンが言った。
「コントロールできないまま『ロゴス』を発現したらどうなるか考えてみろ」
知るか、と思う。
「犠牲になるのは、そいつの身近にいる者達だ」
「――」
眼を向けた。
「家族、友達、恋人――最愛の人間をその手で傷つけ、命を奪うことになったら」
ジンの声が低くなっていく。
黒塗りの眼が虚無を見ている。
「廃人にされても、この力を封じて欲しかったと思うだろう」
「ジン。おまえ……」
いつの間にか、部屋が昏かった。ジンの身体が半分以上、闇に呑み込まれている。
部屋の中に虚無が広がっていく。
「うぷぷ。『嫁』だって~」
アンリの声。
スタンドの光がアンリを照らしている。
赤みを帯びた猫っ毛。
白い寝顔は陽だまりの中の猫のように幸せそうだ。
夢を見ているのだろうか。
「そいつの名前は?」
「え? あ――」
ソファに眼を向けると、ジンの姿が無かった。
虚無に呑まれたわけではない。部屋の照度は元に戻っている。
ジンはクローゼットの前に立っていた。コートを取り出している。漆黒のコートだ。袖を通しながら、問うような眼を向けてくる。
黒塗りの眼が、微かだが薄れているような気がした。
アンリの声を聴いたからか。
「カンシタリウだけど。どうする気だ」
「夜はおれが見張る。監視室が眼をつけているかは、おまえの話だけでは不明だが。いずれにせよ、具現者かどうか見極める必要はあるだろう」
「家に行くのか。住所知らねえぞ」
「住所はわかる。教師だからな」
「ああ。そうか」
「学校はおまえが張り付け。遅刻するなよ」
「し、しねえよ」
ジンの眼が片方だけ細くなった。
笑ったのだろうか。
ベッドに近づき、ジンの手がアンリを持ち上げた。
アンリが胡桃のような眼を開ける。
「……ジン君?」
「出かける」
コートの内側にアンリを入れた。
「寝ていろ」
「ん……」
甘えるような声。
声だけ聴いていれば、恋人同士の会話のようだ。
まさか。
――最愛の人間をその手で……
「ジン。……あんたが具現者だと自覚したのはいつだ」
黒塗りの眼が、凄まじい目つきで見下ろしてきた。
一瞬浮いた殺意が、絶望と無限の後悔に反転する。
ジンの方から眼を逸らした。
「……十六歳まであと数日だった」
漆黒のコートが影のように出て行った。