第ニ話 神ひかりあれと A-3
A-3
また来たのか、と思ったが、イグチ達ではなかった。
「カンシタ」
同級生の男子生徒だった。名前の並びで席が近く、わりとよく話す。
カメラのキャリーバックを肩から下げている。
天気が良ければ、朝日が綺麗だったと遅刻し、雨なら雨で、花が綺麗に撮れるからと授業を抜け出していく。曇りの日にも出て行こうとするので、問い質したら、太陽光線が薄い方が対象物の輪郭がくっきりするから、とか言っていた。当然のことながら、出席日数はぎりぎりで、どちらが先に留年確定になるか――クラス内で賭けの対象になっている、とはミツルギの話だ。
「ちょうどよかった。見てもらいたいものがあったんだ」
写真部に寄ってかないか――と誘われた。
物静かなタイプで、自己主張もあまりする方ではない。
「いいけど。めずらしいな。何か、いいのが撮れたのか」
「いいかどうかは主観の問題だけどね」
案内されたのは旧館だった。
エレキの音がでかくなる。
ベーシストが替わったのか、さっきよりはノリがいい。
軽く同調しながら、カンシタの後に続く。
「それにしても。カミクラにフィギュアの趣味があるとは知らなかったよ」
「趣味じゃねえから」
「アンリです。アリアンリースフェルナンデスと呼んでください」
「そのネタはもういいっつーの」
「ええ~。そんなあですぅ」
「すごいね」
くすくす、とカンシタが笑う。
「反応がリアルで個性的だ。カミクラがカスタマイズしたの?」
「あ~。実は預かりものでね。わりぃが、触ろうとしないでくれよ。危険だから」
「危険?」
「そいつ。アンリを預けた奴のことだが。常識のねえ野郎でさ。アンリに近づいたってだけで、何をしでかすかわかんねえからよ」
「カミクラに常識が無いって言われたら相当だね。でも。その人。カミクラのことは信用してるんだね」
「は? なんで?」
「え。だって。信用しない奴に大事なものを預けたりしないでしょ」
「……」
「今度訊いてみたら?」
くすくす、と笑いながら、カンシタが階段を上がっていく。
写真部の部室は、元は視聴覚準備室だったようだ。
3階の奥に視聴覚室と表示された教室があり、その手前の部屋だったからだ。
カンシタが鍵を開けた。
「鍵をかけてんのか」
「作品があるからね」
カンシタに続いて、中に入った。
「わあ――」
声をあげたのは、アンリだ。
全ての壁にパネルがあった。
大きいものから小さいものまで。数百枚に及ぶであろう四角形の中に、風景が切り取られ、老若男女の一瞬の表情が写し留められていた。
まるで、幾つもの時間と空間が、その小さな部屋に凝縮しているような。
そんな錯覚を起こす。
「すげえな」
思わず口をついて出た。
その時が止まったような空間に。
鳥が舞う。
鳥の翼が。
鳥の眼が。
足が。
嘴が。
羽が。
パネルの中に混ざっている。
いつしか。鳥の写真だけを眼で追っていた。
「この鳥は?」
「僕が撮った」
「へえ。生きてるみたいだな」
気がつけば。鳥だけが浮かび上がり。
鳥の群れが窓に向かって飛翔していく――そんな幻視に捉われた。
窓には板が打ちつけられ、窓の外を見ることはできなかったが。
そのまま外にまで飛んで行ってしまいそうだった。
「窓の向こうには本物の世界が広がっている」
カンシタが言った。
視線を向けると、PCにバックから出したカメラを接続しているところだった。
「鳥たちはそれを知ってるんだ」
「文学的だな」
「この世界はすでに滅んでいて、僕たちは偽りの世界に焼きついた残像みたいなものにすぎない。――聞いたことないか。そんな噂」
「都市伝説だろ」
「かもね」
カンシタの眼に、青白い光が映った。液晶の光だ。
部屋の中央にひとつだけ置かれた古い机。その上に置かれたPCをカンシタの背後から覗き込んだ。
画面には――
屹立する高層ビル群。
ダークグレーの墓石のようなビルの上に。
青白い雪肌の。逆さまになった山が浮かんでいた。