第ニ話 神ひかりあれと A-2(2)
A-2(2)
「カミクラコウ。おまえもあと一回で留年だと言っておいたはずだぞ」
「やあ。聞いてはいたんスけどね」
金と黄緑に染め分けた髪に手をやって、カミクラは笑った。
二重三重に巻いたレザーバンドが手首で揺れる。
学生服のボタンは全開。
悪びれる様子は皆無だ。
ツチヤの頬が引きつった。
「職員室に来い。留年通知書を渡してやる。――いいですね。先生も」
「確かに前言撤回したくなるような遅刻っぷりですが――」
新任教師が口の端だけで苦笑する。
「ここは公平に見逃してやりましょう」
「しかしですね――」
「彼を遅刻にした場合、先の生徒も遅刻になります」
黒塗りの眼が向けられ、ひやりとする。
「一度免除したものを、他人の行為によって不可にするのは理不尽というものですよ」
「それは。そうですが――」
ツチヤの眼がカミクラに動いた。その視線の先で、カミクラが左手をひらひらと振る。
ひくひくとツチヤは口許を動かしたが、
「席につけ。ボタンも留めろ。――数学のハマザキ先生が一昨日体調を崩されて、入院された。春休みまで二週間ほどだが、こちらの先生が非常勤で来られる」
新任教師の紹介を始めた。
「サカシマジンイチロウ先生だ。先生はアメリカの大学で……」
>なんでジンがいるんだよ。
>知らないけど。ジンさんに感謝するのね。
>感謝ぁ?
>遅刻にならなかったじゃない。
>なあんか、嫌な予感がするんだけどよ。
ツチヤが、じゃあ、後はよろしく、と言って、教室から出て行った。
足下に置いたバックに手を伸ばしたのは、無意識だった。
授業開始の気配を感じて、筆記具を用意しようとしたのかもしれない。
刷り込まれた条件反射のようなものだ。
これに爆弾を仕込まれたらアウトだろうな。誰も警戒しない。
ふと、そんなことを考えたが。
そのままファスナーを開けた。爆発は――しなかった。
「はあ~。苦しかったですぅ」
澄んだ声が響いた。
「アンリ?」
体長30センチの人形が、バックから半身を出して頭を振った。
赤みを帯びた猫っ毛が揺れる。
淡いピンク色のセーラー服を着ていた。デザインはミツルギが戦闘時に使うセーラー服と同じだった。長袖のワンピースタイプ。袖口と襟は白い。
「なんだってバックの中に――」
「かっわい~。カミクラ君の人形?」
隣の席のホシナが口を開いた。小声だったが、静まり返っていた教室には、決して小さい声ではなかった。全員の視線が集まる。アンリの声も響いたが、位置まで特定できなかったらしい。聴き慣れたホシナの声で、みんなの眼が動いた。
そのタイミングで、
「おはよう。コウ君」
アンリがにこやかに笑った。
わっ、と教室がざわめいた。
「オートフィギュア?」
「すげえ。精巧」
「表情まで動くじゃん」
「ええ? カミクラ君ってそういう趣味あったの?」
「わあ、だよねえ」
「待て。これは――」
「カミクラコウ――」
机の上に男の手が置かれた。手首にブラックチタンの腕時計。
右手を腰に当て、ジンが身体を軽く折っていた。
黒塗りの眼。一瞬で教室が、しん、となる。
「『これ』はおれが預かろう」
ジンの手がバックに伸び、アンリを掌に載せるようにして持ち上げた。
教壇に戻り、アンリを教卓に置いた。
全員の視線を浴び、アンリが照れたように手を振る。
誰も口を開かない。
アンリの背後。教壇にはジンが立っている。
「では。授業を始めよう」
ジンの声が響いた。