第一話 あかつきのひかりに A-1
第一話 あかつきのひかりに
A-1
ぐちゃぐちゃと。
繊月のあるかなしかの光の下に。
耳を覆いたくなるような音が響く。
肉を貪り。
血を啜り。
汚らしい咀嚼音をたてている。
アスファルトに散らばる犬や猫の首が。
そこで狩りがあったことを物語る。
ならばこの。血肉に群がる黒い影どもは。
野生化した大型犬か何かの群れだろうか。
「あ~あ~。おまえら」
少年の声が響いた。
「『ロゴス』消費し過ぎだろぉ。獣化の後は『虚無』化だぜぇ」
のろり、と貌を上げた影どもは。
人間の姿ながら。その貌には知性のかけらはひとつも無かった。
べっとりと貌を返り血で染め。
口中の肉を嚥下して牙を剥く。
凄まじいまでの血臭と。
最後に歯を磨いたのはいつか不明の吐き気を催すような口臭。
その悪臭に。
少年は軽く笑う。
金と黄緑に染め分けた髪。
十六歳なのにローティーンに見える貌。
165センチの身長はさほど高くないが。
パンク系のTシャツとスキニージーンズ。
上にレザージャケットを羽織った肢体は、すらりとしなやかだった。
立っているだけでも、身体能力の高さがうかがえる。
炎の輝きを宿した眼は、牙を剥く影どもを見ても、怯む様子はまるで無い。
その眼が。
影どもの身体の下に転がるもの――
犬や猫の死骸に混ざって、血に濡れながらも白い、明らかにひとの手足を視認した。
て、め、え、ら。
「地獄で腐肉漁りでもしてやがれっ」
炎のように燃える眼で、吠えるように叫ぶ。
びくん、と震えた影どもが、闘争本能だけで少年に跳びかかる。
少年は右手を前に差し出した。
二重三重に巻いたレザーバンドが手首で揺れる。その瞬間。
脊髄から脳を貫いた『ロゴス』がレザーバンドを媒体にして具現化した。
金色に光る狼。
「っけえ――」
流星のように金色の尾を引きながら。
放たれた金狼の牙が影どもを端から斬り裂いていく。だが。
「やべっ。洩らした」
闘争本能よりも生存本能を優先した影がいたのだ。
少年に跳びかかりかけ、寸前、身を翻した個体が。
何物も顧みず、ただその場から逃走を図り。
気がつけば、金狼の爪も牙も届かない距離を稼がれていた。
「なにやってんのよ。コウ」
凛、と冷たく、名前に、(この役立たず)とルビを振っているに違いない響き。
苦笑するしかない。
「わりぃ。頼んだ。ミツルギ」
「イタリアンバニラジェラート。メロンマスカルポーネ添え。カプリ店」
「たっけえよっ」
「トルタ・カプレーゼ。エスプレッソ付き。トラットリア・カターニア」
「新しい店かよ。安いんだろうな。てか。逃がしたら缶コーヒーだって奢んねえぞ」
「逃がす? あたしが?」
冷笑が見えるような声。
次の瞬間、紅く光る鋼の槍が、ざん、ざん、ざん、と逃亡する影を貫き。
立ったまま手足を串刺しにされた影が、つんざくような悲鳴をあげた。
「誰に言ってんのよ」
さらり、と長い髪を片手で掻き上げて、氷の美少女が言う。
青みがかった氷のような髪の色。眉も睫毛も白い。
細い柳眉の下で切れ長の眼が青い光を放っている。
白とヴァイオレットのセーラー服。ワンピースタイプ。
ベースがヴァイオレットで、袖口と襟が白い。
セーラーカラーというより逆さまにした百合の花のような襟だ。
スカート丈はミニだが、黒のスパッツと編み上げブーツで足を覆い。
露出している肌は。
白い貌と白い手だけ。
手にしていたヘアピンを口に咥え、一本ずつ掻き上げた髪に戻していく姿は。
氷の女王さま――と言ってもいいが。
見た目によらず甘党である。
手足は細く長く、腰も細い。
摂取した糖分の全てはぷっくりと膨らんだ胸にいっているのかもしれない。
「じゃあ今度の休みに」
奢ってもらうわね。コウ――(この下僕)とルビを振りながら、ミツルギが言う。
「おめ。ぜってえ十年後には太ってるぜ」
「将来の体脂肪率より目先のスイーツよ」
「意外と刹那だなあ」
苦笑し、肩をすくめた。
「まあいいや。約束は約束だ。奢らせていただきますよ。女王さま」
「その呼び方好きじゃないわ」
ふん、と拗ねるように鼻を鳴らしたミツルギの声に――
《『ロゴス』反応検知しました。現状確認願います》
耳の奥で淡々と響く声が重なった。