第ニ話 神ひかりあれと A-1
第二話 神ひかりあれと
A-1
ビルに光が当たるや否や、窓の縁で羽を休めていた無数の鳥が一斉に空に飛んだ。
艶やかな羽に光が反射し、ビルとビルの間にきらめくような光が乱舞する。
ほう、と息を吐いて、少年はシャッターを切った。
連写音が響く。
距離にして30メートル。鳥に気配を気づかれる心配はないが、今眼にしている躍動感をカメラに収めるには難しい距離だった。イメージとしては、モノトーンに沈むビルを背景に、輝くような鳥の姿を入れたいが、思ったようなものはまだ撮れてはいない。
群れ全体を広角で捉え、背景を望遠でぼかし、鳥の羽の一枚一枚をズームしたい。
カメラでは不可能な画像。
肉眼の方がよっぽど自由自在だ。
ビルを始点に、鳥の集団が対数螺旋を描いていく。
翼が翻るたびにシャッターを切りながら、眼の端に、色のついた光が射し込むのに気がついた。
(虹か?)
貌を上げて、唖然とする。
ビルの上空に景色が浮かんでいた。
逆さまになった山並みだった。峻厳たる稜線がくっきりと見える。
雪を被った山肌には、ビルの向こう側から貌を出した太陽とは、明らかに角度の違う光が当たっていた。薄青い雪が、ちらちらと金色の光を反射している。
眼の端で見たのはこの光だろう。
山裾に広がる蒼々とした樹海は、空に向かって茫漠と広がり、大気に溶けている。
蜃気楼――
ここまで鮮明なものは見たことがない。
反射的にカメラを持ち上げてシャッターを切った。
液晶画面にぼやけた画像が映る。
オートフォーカスをOFFにして、ファインダーを覗き込んだ。
距離感が掴めない。
遠すぎるのか。肉眼ではこんなにも鮮やかに見えるのに。
一瞬迷ってから、望遠をカメラから外した。
消えるな――と念じながら、バックに手を伸ばした。
投げ込むように望遠を入れ、広角レンズを抜き取る。
カメラに装着。脇を締めて、カメラを構える。手前のビルにピントを合わせ、空に向けた。薄くなりかかっている。
来い――と思いながら、シャッターを切った。
もう一枚。
覗き込むファインダーに、黒い飛翔体が入った。
眼を上げる。
数十ものドローンが蜃気楼に向かっていた。その飛翔する先で、蜃気楼が霧のように消えていく。目標を見失ったドローンの群れが、楕円形に空を旋回する。
鳥の姿はもうどこにも見えない。
ドローンに追われたか。
それとも。
本物と見紛うばかりの。
あの蜃気楼の風景の中に飛び込んでいったのか。
(有り得ないか)
ふ、と息を吐いて、視線を落とした。
カメラの液晶。
ビルの上空に浮かぶ逆さまになった雪山が。
鮮やかに切り取られていた。