第一話 あかつきのひかりに B-3 (3)
B-3 (3)
スーツのポケットからジンが紙の箱を取り出した。
マッチ箱のような形態で、サイズは40mm×60mmほどだった。
ジンが中指だけで、中の箱をスライドさせる。中身は直径10mm程度の鋼球が詰め込まれていた。幾つかを、じゃらり、と掌の上に出した。
箱を元に戻し、空いた手で人形をポケットから外に出した。
生後間もない子猫を扱うように、そっと人形を地面に降ろす。
ジンの手から降りて、人形がジンを見上げた。
「いいの?」
「言い出したら、おまえは言うことを聞かない」
掌に載せた鋼球を、ジンが人形の周囲にばら撒いた。
黒光りするそれらが、地面に落ちることなく、人形の周囲で回転運動を始める。
ひとつ、ふたつ、三つ、四つ――全部で八つ。
外側の球体ほど回転がゆるやかだ。人形に近いほど回転速度が速い。
「惑星みたい」
「そうだ。外側の球体ほど重くしてある。霧を引き寄せ、霧全体を回転運動に巻き込み、おまえに近づけさせない。内側の球体は高速回転でおまえの周囲に空気を閉じ込める。それでも、完全に遮断できるかどうかはわからない」
機械のようにジンが言う。
彫りの深い横貌は鋼のように表情を変えない。ただ人形から視線を逸らさない。
「少しでも危険だと判断したら、おれは子供を始末する」
抑制の効いた声は変わらない。
黒塗りの眼で、子供を殺す――と宣言する。
「おい。ジン――」
「大丈夫だよ」
両手を翼のように広げ、人形がくるりと一回転した。
八つの球体がその周囲で公転軌道を描く。
「ジン君のこれがわたしを護ってくれるよ」
「……」
一瞬、ジンの眼の奥で何かが動いたような気がしたが、表情は変わらなかった。
「じゃあ。行ってくるね」
にこやかに人形が身を翻そうとするのを、
「待って。ジンさん。これを」
耳から端末を抜きながら、ミツルギが止めた。
端末を受け取って、ジンがミツルギを見つめる。
「状況を把握していたいんじゃないかと思って。それ、音声も拾えるから」
「……」
無言で端末に視線を落としたジンが、人形に眼を向けた。
人形が貌を上げる。
ジンの指が、端末を軽く弾いた。落下してくるそれを人形が両手で受け止める。
球体は停止していた。
そうしなければ、外部から何かを渡すことはできないのだろう。
球体が再び人形の周囲を回り始める。
同じ軌道を描くものはひとつも無く、回転速度も一致しない。
八つの球体をばらばらに、かつ同時にコントロールしているのだ。人形まで含めれば、九つの『ロゴス』の同時具現化だ。
監視室がどのような条件を呑んでも、この男を手に入れたがるのもわかる気がした。
「持って行け」
「大きいよう」
耳に入るサイズの端末も、体長30センチの人形にしてみれば、砲丸サイズだ。
苦笑しながら両手で抱え、ミツルギを見上げる
「ありがとう。借りてきます」
「アンリちゃん」
ミツルギが人形の名前を呼んだ。
「え?」
「気をつけて」
ミツルギの言葉に胡桃のような眼が大きく開き、次の瞬間、満面の笑みを浮かべた。
「うんっ」