第一話 あかつきのひかりに B-3 (2)
B-3 (2)
黒い霧の中に影が見えた。
「LEMU。視認できるか」
《確認しました。子供のようです》
「子供?」
《身長110 cm。推定年齢5歳です》
嫌な予感がした。他には考えられない。
「誰だかわかるか」
《画像検索は時間がかかります》
「昨日の『彼女』の関係者を当たれ」
《画像hit。被害者の息子です》
「――」
眼の端で、ミツルギが両手で口を覆うのを見た。
「最悪のチーム編成だな」
口を開いたのは、ジンだった。
「母親の身体を吹き飛ばした男とそれを手助けした女。母親の『ロゴス』を消した男だ。あの子供がこちらを認識すれば、今は小康状態のあの霧が暴走するだろう」
《眼球反応はありません。深昏睡レベルです》
「監視体。おれとの会話は許可してないぞ」
《失礼しました》
「『虚無』化……してるのか」
《そう考えるのが妥当ですね。コウ》
「……」
「おれがやろう」
「ジン――」
「おまえ達の『ロゴス』はあの霧と相性が悪い」
ブラックチタンの腕時計が、ジンの手の中で漆黒の銃に変わった。銃身がやけに長い。
この銃で、昨夜の黒い球体を撃ち出したのか。
それに――と続けた言葉に、視線を上げた。
眼の下に影のある、黒塗りの眼と視線が合った。
「子供をやるのは嫌だろう」
「――」
銃を手に、ジンが霧に向かう。
ほとんどの街灯が消失し、闇に近い街路。
黒いアスファルトに黒いスーツのジンが立つ。
黒い霧に左腕を伸ばした。左手には漆黒の銃。
銃口は霧の中の子供に向けられている。
「……ぁ」
小さな声が聴こえた。
「ジン。待て」
ぴく、とジンの肩が動いた。
「……あ。ま……まぁ――」
母親を求める子供の声だった。
「意識がある。自我があるんだわ」
ジンの手が動いた。身を隠せ――と言っている。
ミツルギの手を掴んで、ビルの影に身を潜めた。遅れて、ジンが飛び込んでくる。
「まぁ、ま。まぁまぁ。まぁあああああ――」
悲鳴に近い叫び声。
黒い霧が、ざわざわ、と動いた。
ジンが銃を持ち上げる。その手を押さえた。ジンの眼が見下ろしてくる。
「殺したくない。頼む」
「……」
ジンの腕から力が抜けるのを感じた。手を放すと、ジンが腕を下ろした。
漆黒の銃が腕時計に戻る。
「だが。どうする。あの霧を放置するわけにはいかない。霧だけを消滅させたとしても。ダメージはそのままあの子供に還る」
「説得しようよ」
全員の視線が人形に集まった。ジンの胸ポケットから上半身を出している。
「アンリ」
「説得して、あの子に霧を消してもらおうよ」
「ジン。あんたの意見か」
「……」
「なんで人形に喋らせるかわかんねえが。説得できるならそれが一番だ。けど、それこそどうする気だ。おれ達が姿を見せたら、霧が暴走するって言ったのはあんただぞ」
「わたしが行く」
胡桃のような眼で人形が言った。
「わたしならあの子も怖がらないよ」
「だめだ」
「ジン君」
「危険だ」
「危険?」
「子供に近づくには霧を抜けなければならない。――危険だ」
「へへえ」
人形が悪戯っぽく笑う。
「不可能だって言わないんだ」
「――」
「方法があるんだね。なら――」
「行かせて」