第一話 あかつきのひかりに B-3 (1)
B-3 (1)
「――で。六時間後になんで同じ車に乗ってんのかね」
輸送車両の車内で、男は対面に坐っていた。
服装は変わっていない。ストライプ入りの黒いシャツ。黒のスーツ。黒い靴。
足を組み、腕を組んでいる。
「……」
「無視かよ」
「……昨夜と同じポイントで黒い霧が確認された。直後、監視カメラは分解。消失」
低い声で男が言う。黒塗りの眼を向けてくる。
「この情報に間違いはないか」
「ああ。そう聞いてるぜ」
「未確認ながら、同じ霧が発生したというなら、昨夜の霧が残っていた可能性が高い。なら、おれが消滅し損なったのだろう。同行の理由だ」
「アフターサービスってやつか。意外だな。後は知らんとか言うと思ってたぜ」
男が肩をすくめる。胸のポケットから、人形が貌を覗かせていた。
胡桃のような眼が、室内灯の光を反射している。
眼が合うと、にこり、と笑う。
「……その人形。あれからずっと出したままなのか」
「……」男は答えなかった。
「んなわけねえか」
具現化した『ロゴス』の維持は常人なら数秒。修行僧レベルで数分。
非公式の記録でもまだ一時間を超えてはいなかったはずだ。
六時間は有り得ない。
ジャケットの裾が引かれた。
右隣のミツルギが指で引いていた。
視線を向けると、ミツルギは左手を背中にまわし、軽く動かした。
回線が開いた。指に貼り付けたチップの動きを、耳に入れた端末が音声に変える。
>アノコ ホントウニ ニンギョウ カナ?
ちらと男に眼を向ける。
男は眼を閉じていた。
同じように左手を背中にまわし、指を動かした。
>ドウイウ イミ ダ?
>ニンギョウ ニハ ミエナイ。フィギュア ノ カラダ ナンカ ジャナイ
>『ロゴス』 デ ツクッテ ル カラ ダロ。イクラ デモ リアル ニ デキル ゼ
>イシ ガ アル ミタイ ジャナイ?
>ソウ ミエル ヨウニ ウゴカシテ ンダロ
>デモ
車が停止した。
後部ハッチが開く。
「話は後だ」
降りると、車両の前方100メートル先に黒い霧が視認できた。
ミツルギと男も降りてくる。
運転席側にまわり、退がれ、と手で合図した。車両がバックする。途中で切り返し、走り去った。
「同じ霧に見えるわね」
隣にミツルギが立った。
空には重い雲が垂れ込め、辺りは闇に近い。
その暗闇に、わだかまるように霧が存在する。肉眼では把握できない。
「LEMU。霧の範囲と侵食速度」
《半径15 m。ドーム形状。中心はポイントα。侵食速度毎秒コンマ0 》
「ポイントαの説明。――いや。いい。昨日の女性が襲われた場所か」
周辺景色に見覚えがあった。
《その通りです》
「侵食は止まっているのか」
《現在は止まっています。発生から3secで今の状態になり、そのまま維持しています》
「経過時間は?」
《59min。約6secで60min になります》
常人の限界を遥かに超えている。
「あの女の人の『ロゴス』かしら」
ミツルギが言った。
「だろうな。――あ。おい。待てよ」
男の後ろ姿に声をかけた。男が足を止める。
「不便だな。何て呼べばいい? おれはコウ。こっちはミツルギだ」
「……ジン」
低い声で男が言う。
「おう。よろしくな。ジン」
「……」ジンが無言で霧に向かう。
「その無口っぷりにはもう慣れたけどな。――と。聴こえたか?」
ジンが足を止めていた。黒塗りの眼を向けてくる。軽く顎を上げた。
見ろ――という意味だ。
「人がいる」