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mihama@pgup.jp

◆第九話:mihama@pgup.jp


「なぁ、ひょっとして。スキミングじゃなくてさぁ、決済されてたんじゃねーの?」

俺たちIT同好会の4人はその日一緒に映画を見に行った。

それはCGを使っていないことがウリのアクション映画で、とにかくストーリーが荒唐無稽でアクションがかなりの命がけでおもしろい。

俺は無論さっちんの隣の席に座った。

そして自分のコーラを故意にさっちんに飲ませ…

「ああ間違えたさっちんはウーロン茶だったね」といって取り戻し…

最後にさっちんが口をつけたストローを自分の口にふくんだ…直後にかのえ君に殴り飛ばされた。

非接触ICカードの一件。

そう、ピージーアップ社が関わっていると思われる事件。

属室長(さっちんのお父様)の会社が被害にあい、彼(属室長)──つまり俺がお義父さんと呼ぶかもしれない人──が責任を問われている事件にもその会社(ピージーアップ社)が関与していると思われる。

映画の主人公が高速道路を走るセダンの上を飛び越えているとき。

炎の柱の間を駆け抜けているとき。

大量のC4の爆風に吹き飛ばされながら敵に飛び蹴りを決めたとき。

俺は考えていた。

この小説の第5話で警察の権力に気おされて説明されるまま「スキミング」と思い込んでいたけど、非接触ICカードの仕組みを考えると、第6話のクラッキングで入手した情報を考慮すると、違うのではないか?

確証は無いが心に引っかかってしようがないと言う気持ち…映画を見ながら誰に話すわけでもなく「決済されてたんじゃねーの」と俺は口にした。

「情報を整理しよう」

たお先生がすばやく鋭く俺の一言に反応して、真剣な表情でつぶやく。

彼の言葉は往々にして重く、他の3人の脳を叩き起こし活性化させる。

映画は本当に面白く結末が気になるのだが、そそくさと映画館を後にして俺たちの足は学校の理科室へと向いていた。

俺がホワイトボードの前に立ちマーカーのキャップをキュポンと引っこ抜く。

「俺の考えはこうだ。」

ホワイトボードにピージーアップ社を示す丸と踏み台にされた会社を示す丸を書いた。

「先ず”踏み台にされた会社”…つまりはICカードの加盟店を疑うべきなのだ。」

「お前の言い方だと…被害者じゃないってことは、犯人の協力者だってことか?」

「警察の説明だと”被害者”だよね?そこから既につまづいていたってこと。」

「二人共そのとおり。」

俺は純粋な賞賛の気持ちからさっちんの亀さんの方の頭をなでなでしようとしたのだが、かのえ君のパイルドライバーの餌食に。

この一撃で俺の優秀な脳細胞が何億個死んだだろう?

「かのえ君、これ、柔道の技だっけ?」

「煩ぇよド変質者、説明を続けろ。」

トンボを切ってホワイトボードの前の正しい位置にシュタっと立った。

「うむ。踏み台にされたと言い張る加盟店はおそらく被害者を演じるようにとピージーアップに教え込まれている。」

「なるほど、被害者であれば罪を追求されない。絶対に安善だと言い含められた…ってことだね。」

俺はすかさずさっちんの亀さんの方の頭をなでなでしようとしたのだが…

かのえ君がもんのすごい殺気を超指向性──平たく言うならピンポイント──で俺に放ってきたので思わず手が止まった。

なんだよう、さっちんはお前の恋人なのかよう?いいセンまで行ってるかもだけど、まだ違うだろう?

…話を続けよう。

「そう、攻撃者は遠距離型のスキマーを使って強制的に決済をして、自称被害者の口座に金を集める。」

「そして攻撃者が自称被害者の口座から…たとえばそう海外の口座に振り込む。そうなんだね。」

「ああ、そうだよマイスイートさっちん。」

俺はさっちんの亀さんの方の頭を…(中略)…かのえ君に…(以下略)

「自称被害者の口座には少なくは無い金額が報酬として残される。そういうシステムか。」

「そう例えば100万円不正に決裁したならば20万円を自称被害者の口座に残して80万円をひっこぬく。自称被害者は”踏み台にされた”と声高に主張し銀行口座をクラッキングされたことにすればよろしい─そう教育されている。」

俺はホワイトボードに両者の関係を示すいくつかの情報を書き足した。

「今回の事件は不正な決済をされた数千人の真の被害者全員自覚が無い。それが特徴だ。自称被害者である加盟店の被害届で発覚しているが、これはおそらく海外に拠点を持つ加害者の安全な逃亡を待って行っている。あーつまりは…」

「悪質で計画的。」

「そう。その通り。」

「だが証拠がある」

たお先生が一気に結論へと跳躍する。

「ええ、そうですねたお先生…そうなんです。この仮説が正しければ、憎きピージーアップをお縄にできる証拠を入手出きるはず──銀行の時は迷宮入りにしてしまったが、今度は違うのです────」

俺はホワイトボードをズダンと殴りつけた。

「──ピージーアップのやつらと直接の攻撃者である海外の企業とのつながりを示す情報を抑えることが出来れば、必ず追い詰めることが出来る。」

「だが、そんなのやつらだって想定しているだろう?」

「だろうな。」

「うん。きっと、警察の動きを察知した瞬間に、証拠隠滅をはかるよ。」

そうだねさっちん。じゃあ俺たち結婚しようか?

「多分、それをさせないことが俺たちの仕事になるね。」

うん、その通りだよさっちん。さぁ今すぐ婚姻届を書いてしまおうか?

「じゃあ、例によって違法行為だな。」かのえ君が不敵に笑う。

「はぁ…そうだね…まっとうにはできないよねソレ。」さっちんがため息をつく。

「おいおいさっちん。俺たちはハッカーだぜ。」俺は”いつかさっちんの身体もハッキングさせてくれ”という思いを込めて言った。

「ふふっ。それもそうか。」かのえ君の不敵な笑み。

先日かのえ君とさっちんがピージーアップのサーバーを攻略したときからずっと、ネットワークトラフィックのログは俺たちのVPSに保存し続けている。

早速メールサーバー宛のリクエストを手分けして調べた。

「”mihama@pgup.jp”かな?」

「そうだね、こいつの宛先の海外のメアド。ドメインが怪しいよ。」

たお先生に意見を求めると縦に頷かれた。

「よし”mihama@pgup.jp”だ。これをちょっと調べて太田さんと打ち合わせをしよう。俺たちが動くのはそれからだ。」

「すると…次はADか。前回攻略済みだから俺(かのえ君)とさっちんの仕事だな。」

ここは流石にちょっと説明が居るかな…ADアクティブディレクトリというユーザーの色々な情報を管理しているサーバーがあるのですよ、ネットワーク上の(機密情報などを保持した)フォルダへのアクセス権などもADで判ります。

と、いうわけでアカウント情報が採取できたのでmihamaが仕事で使っているリモートドライブを4人で手分けして調べた。

「なにも出てこないね。」

「どうやら悪いことはローカルでやっているっぽいな。」

「じゃあ、ローカルPCを攻略するか…順番的にはまだあまり仕事をしていない俺かな?」

「へへっ、俺たちは手空きになるが圷のお手並み拝見といくか。」

俺はIPヘッダまで完全に偽装したパケットを作成して、mihama@pgup.jp宛にメールを送った。

メールの送り主は怪しい海外のメアドのうちmihama@pgup.jp宛のトラフィックが最も多いものを選んだ─無論スパムは省いてある。

メールにはたお先生お手製のマルウェアが添付されている。

実際にはたお先生からマルウェアのソースコードをもらい、感染時のスクリプトを俺が書き替えてリビルドしたものを添付した。

これでmihama@pgup.jpのローカルストレージに何があるのか判る筈だ。

そこまで仕事をしたところで、中学生が学校に居残るのはちょっと好ましくない時間になったのでお開きにし、おのおの家に帰ることにした。

家にたどり着き、風呂に入って部屋に戻るとマルウェアからメールが来ている。

それはファイル検索をして得られた約650MBものテキストデータであった。

添付ファイル自体は圧縮してあるので小さかったのだが解凍してびっくりである。

「おいおい、検索結果だぜ?どんだけローカルにファイル持ってんだよ。」

軽く舌打ちをして兎に角GREPすると面白いようにヒットする。

さっちんのお父様の会社名でも4ファイルヒットした。

俺は”ローカルで間違いない、いける”と確信しEkigaでかのえ君に連絡を取った。

「どうした圷、こんな時間に。」

「起訴可能だ。」

「なに?」常にロックミュージックがガンガンかかって居そうなかのえ君の脳細胞が、続く俺の言葉を聞くためにしんと静まり返る。

「今なら奴のローカルストレージに証拠がある。ほとんど諦めていたがクソ野郎をお縄にできる。」

「奴ってmihama@pgup.jpか?マルウェアがいい仕事をしたようだな。」

「ああ、あーと…三浜四朗だ。mihama@pgup.jpの本名。奴のローカルは隙だらけだ。」Ekigaでかのえ君とビデオ会議をしながらテキストデータをGREPして名前を調べた。

「証拠隠滅される前に抑えようぜ。」

「ああ。太田さんを動かすにしても、誰かが証拠を消されないようにデータを守らなければいけない。」

「リモートだけじゃあ難しいな。」

「その通り。」

「それで俺に連絡してきたってわけか。」かのえ君の声はいつでも不敵だ。

「YESだ。」

「成程な。ガチで物理か──いいさ、やってやる。」

”ガチで物理”の意味は次回最終話で判ります。まんまガチで物理です。

「有難う。こんな内容だから顔を見て話したかった。明日朝7時に理科室で会おう。」

かのえ君との打ち合わせが終わった後、たお先生とさっちんに電話で明日の予定を伝え─続けて太田氏に電話をする。

夜の9時を回っているが、太田氏はまだ会社で仕事をしていた。

「夜分遅くに申し訳ありません。」

「いいさ、急ぎなんだろう?」

「はい、火急の用事です。」

「ほう。穏やかじゃないね。」

「実は僕はある通販サイトの情報漏えい事件の調査もしておりまして。」

「ふふっ、」

「はい?」

「いや、手広くやっているんだね。」

「こっちはちょっと別な事情があるのですが──」

「今、ニュースになっているあの件だね。」

「YESです。それで実は同じピージーアップが関与しているようなのです。」

「何…」

「三浜四朗。数字の3に浜辺の浜、名前は数字の4に朗報の朗です。この男のPCのローカルストレージにICカードの事件と情報漏えい事件の全ての証拠があります。」

「君ほどの男がこの時間に泡を食って電話をしてきた……たぶん…それは、いつ消されてもおかしくはない…のだな?」

「まだ三浜四朗が手元にデータを残している方が奇跡です。僕ならばもう消しています。」

「分かった。今すぐにあるだけの情報を私にメールしろ。」

「どうするのですか?」

「お前と一緒だ。これからすぐに五嶋警部を説得する。」

「了解です。」

俺はスマートフォンを肩と頬に挟んでキーボードをタイプしてメールを送った。

電話でメールが確実に届いたことを確認する。

メールの添付ファイルを開く太田氏。

「十分だ。時間が惜しい、切るぞ。」

翌日、早朝に理科室で3人に事情を説明した。

かのえ君には昨晩あらかた話したが太田氏の件は知らない筈なので改めて聞いてもらった。

「フォレンジックが重要」

たお先生の指摘に全員が頷く。

後のことはともかく、今すぐに三浜四朗のPC内のデータを保存しなければいけない。

早速たお先生がノートPCを開いてマルウェアの製造を始めた。

かのえ君はVPSのロガーのメンテを始めた。もうmihama@pgup.jpのsmtpとpopだけ見ればいい。そしてより詳しくパケットを監視すべき。

今日は一日仕事になりそうなので俺とさっちんは買出し。駅前の量販店に向かった。

行く道、さっちんと二人っきり。並んで歩く幸福にそわそわしてしまって。右手が勝手にさっちんの手(もしくは股間)を握ろうとぴくぴく動いてしまう。

量販店のパーティーグッズコーナーでガイ・フォークスのお面を見つけなんとなく4人分買って帰った。

かのえ君が早速それを見つけて「いいなそれ」と指さす。

「じゃあこの理科室も”ダック・アンド・ドレーク”と呼ぶかい?」

続きは次回最終話。最終決戦です。


寒さが厳しくなってきたある日、紳士同盟4人で一つの灯りを囲んで、どの様な女性をご主人様に向かえたいかという話題で盛り上がった。

主席こと圷朝あくつ あした氏曰く─

「心優しく、兎に角人当たりがよい、女神様のような女性。その美貌を誇示すること無く嫌味のない微笑みを絶やさないヒト。」

─そんな彼の希望にピッタリの少女が東京都荒川区に居た。

その名も桜野まり(さくらの まり)。

俺たちが中学2年生の当時14歳。

…って、圷朝本人が語り部なので白々しいですな。

まぁーがっつり語らしていただきますわ。

いいですか皆さん、よーーーーーーーーーーーーーっく、聞いてください。

桜野まり、彼女は女神です。

聖なる乙女なのですよ。

見た目が美しい女性なんてそこら中にいるのです。

そりゃあもう石を投げれば当たるくらいですよ。

でも、心が美しい女性となるとはなしは別です。

あああ、女性なんて気安い物言いをしてしまった!俺!死ね!くたばれ!

心が美しいと言うのは絶対なる知性なのです。

ただ、誰にでも優しいとかですね、そんな考えのない八方美人じゃあ全然ダメなんですよ。

悪気は無い?涙を浮かべれば何でも許される?なっちゃあいませんね。最!悪!

女の子の武器を矛盾にごまかすなんて、最低です。ブタのすることです。いやブタに失礼だな。

桜野まり、彼女には問題に立ち向かう勇気と立ちはだかる壁を打破する能力を持っています。

この世に並ぶ者啼き無双の才能。

そこいらのぼんくらどもにはそれを理解できないであろう。

彼女が神に頂戴した才能の本質をぼんくらは理解できない。

彼女がそのような強さを有しているのに俺が彼女を「英雄」と呼ばないのは、彼女が一人の可憐な乙女だからです。

彼女は暴力に怯え、お化け屋敷に入れば恐怖に全身をふるわせる。

桜野まりは一人のか弱い美少女でしかない。

でも、彼女は聡明であるが故何をすべきか分かるから、そしてその澄んだ瞳はまっすぐに真実を見ていて、自分に嘘をつかないから、美しい行いが出来るのです。

そうです、彼女こそが美しい存在なのです。

ダイヤモンドや金なんてただ希少で贅沢な光を身にまとっているだけです。

高値で取引され人間の醜い煩悩に翻弄される只の鉱物じゃあありませんか。

ああゲスゲスしぃ。

彼女は美しい、そして彼女は美しい答えを導き出せます。

必要があれば人に頼ることも厭いませんが、それはなりふり構わないなどというゲスな要領の悪い行いではなく、筋の通った行いなのです。

彼女は人当たりがよく、穏やかで心が優しいですので逆に流されやすい人間だと誤解されがちです。

でも、違うのです。

彼女は俺が知り、理解できる限りもっとも美しい。

さて、前置きはそれくらいにして、彼女のエピソードを始めましょう──あ…

いけね、行数が尽きてしまった。

くそっ!しまった、なんという不覚!!

最早自刃してこの一生に一度の不始末の責任をとるしかないのか!?

あゝ桜野まり様、どうかその汚れなきみ手に接吻をすることをお許しください。

俺はあなたへの信心を明らかに示したいのです。

あゝ女神よ、我がすべてを捧ぐ女神よ。

俺のさっちんの思いが「変」と表現されるならば、俺の桜野まりへの思いは「崇拝」だ。

健全な精神は健全な肉体に宿る。

俺はさっちんで体を健全にし、桜野まりで心を健全にする。

見よ!俺が!俺こそが青少年だっ!!


私の名前は岡めぐみ。

これから少しの間、私の思い出話にお付き合い下さい。

私は自分と自分のまわりの人たちを幸せにするために強くなると決めた。

必死で勉強したし、体も鍛えた。

それでも勉強は圷くんにてんでかなわなかった。

でも、それでいいと思った。

一番になれなくても十分に強ければ幸福を作れる…そう、信じている。

圷くんにはずっとずっと、私が越えることの出来ない巨大な壁で居ていて欲しい。

不可能への挑戦が、強くなる一番の近道だ。

そんなある日、

「え!?私が学級委員?」

青天の霹靂、

中学2年生のとき、圷くんが同じクラスに居るのに私が推薦されたときは、思わず立ち上がって驚いた。

圷くんは「なぜ驚く?適任じゃないか。」と微笑んでいる。

結局私は万年委員長の彼に数票差で競り勝ち学級委員になってしまった。

彼は背負っていた重い荷物を下ろしたばかりの様に「うーん」と背伸びをしている。

ひいいいいい、え、えらいこっちゃああああ。

学級委員になった私のお手本はやはり圷くんで、私は彼が何をやっていたのか思い出しながら役目をこなした。

授業中におしゃべりをしている生徒が居て、私はとっさに注意をしようとしたのだけれど、圷くんはそんなことをしていなかったなと思い出して何も言わなかった。

その日の帰り路。

圷くんは私の用事がすむまで待っていてくれるので、今日も帰りは一緒だ。

「岡さん。」

「なっにぃ」私はかるく返事をしたのだが、彼の目は真剣。思わずひっくと息をのんだ。

「今日、おしゃべりをしていた生徒を注意しなかったね。」

「うん。なによ、アンタだってしたことないでしょう?」

彼は「やはりそうか」とため息をつく。

「なーに?なによう。」

「岡さんは俺の真似ではなく、岡さんにしかできない学級委員をすべきだ。」

「え?」私はドキリとした。

「みんな地道にコツコツとがんばる岡さんを見て票をいれたんだ。」

「そういうのは──うれしいけど。」

「授業中のおしゃべりに真面目な生徒達が迷惑していたし、注意しない岡さんにがっかりしていたよ。」

「私、そういうの気にしないから。」

「ああ、自分にまっすぐで、いいことだと思うよ。でもね、彼らと俺も同意見だってことは覚えて置いてくれ。」

その一言はぐっさりと私の胸に突き刺さった。

確かに、今の私なら注意する方がより私らしい。

翌日、授業中におしゃべりをしている生徒に早速注意をした。

きっと睨みつけ「だまれ」とひらがな3文字で。

休み時間にタチの悪い生徒達が「あいつ調子こいてる」と私の悪口を言っている。

小学生のころの私ならそれを聞いただけで足がガクガクとふるえて、逃げ出すか圷くんに助けてもらうかのどっちかだった。

今は違う。

彼らの前にスタスタと歩みい出て「私、これでも小学生のころはいじめられっ子だったんだわ。あんまし虐めないでくれるかな?怖くってさ、アンタらに何するかわからないから~。」と逆に脅してやった。

学級委員になるとやたらと目立って、そんな風に本来ならば関わらなくてもすむはずの連中に目をつけられてしまう。

つまりは良い事ばかりではない…いや、正直に言って苦労が多い。

蔭口なんか本当に日常茶飯事だ。

応援してくれる生徒も確実にいて…でも大っぴらには指示してくれないが、トイレとかでそっと労いの言葉をかけてくれる。

でもやはり、学級委員なんて積極的に引き受ける役目ではないと思う。自分にとってマイナス要素の方が確実に多い。

圷のやろうよくこんなことずっーとやっていたものだなぁ~。

ある日の帰り路。

圷くんが「俺は本当に自分が必要だと感じなければ動かない静の委員長だった。岡さんは動の委員長でいいと思うよ。」とゆく道をまっすぐ見ながら淡々と語りかけてきた。

彼は学年トップ一握りだけを集めた精鋭部隊”特別強化プログラム”への参加が決まった。

やはりこの男は私にとっての難攻不落の絶壁なのだと思う。

夏休み明けのホームルームで私は圷くんを副委員長に指名した。

彼は口をポカンと開けている。誰かが「さすが夫婦」と私たちをからかう。それを聞いてゲラゲラと笑う私。

私たちのことを”夫婦”なんて行っている奴ほどそんなこたぁ考えていないのだ。

「気がついたことを色々やりだしたら手が足りなくなりました。急遽、経験者をスカウトしたいと思います。」

「え~、せっかく今年は解放されたのに…」圷くんが酷くうろたえている。なんか、愉快だ。


わ、私の名前は緑川るり子ともうします。

あの…私の思い出話にお付き合い頂けるとうれしいです。

その…すいません。

も、もう高校生のころのお話はいいかなと思います。

色々ありました。話は尽きません。

でも、あと残り2話しかないのです。

そろそろ、専門学校時代に話を進めなければいけません。

じ、次回には短大を卒業して圷くんが代表を努める「カフェねこやしきにようこそ」というゲームの運営会社に、面接を希望するところまでたどり着かなければいけないのです。

が、がんばって参りましょう──私が…

で、専門学校に入ってですね、もう面食らったわけです。

私は学校に入ったらひたすらプログラミングの勉強をしていればよいと、そう思って居たのです。

毎日ゲrぉおっと、乙女があぶないです。

毎日一口嘔吐するほどプログラムに明け暮れた経験ならば葵杏奈部長にはめられてですね…もう十分にあります。

おなかいっぱいです。その手の耐性には自信あるのです。

ところがですね、話が違ったのです。

プログラム言語だけでなく、本当にたくさんの勉強をするのです。

セキュリティーとかもちろん数学とか。

有限オートマトンとかNL完全性──とか、そういう専門的な説明を書いてもいいですか?だめですか。そうですか。

ちょっぴりですが法律や経営的な知識もお勉強しますね。

どう説明したらばー、えーと、うん…コンピューターのシステムって作るまでも大変だし、作ってからがまた大仕事なのです。

だからコンピューターのシステムが企画されて設計されて作られて運用されて…とシステムの一生を通じて勉強するのですね。

うーん…とぉ…でぇすねー

ウォーターフォール・モデル、フォールトトレラント設計、FIFO、OSI参照モデル──

あ、すいません。もう書きません。

ちょっと覚えたての色々をですね…すいません。

因みにこの小説でITの専門用語を必要なだけ全て使ったら、駆け出しのIT技師程度だと理解に難儀してしまうでしょう、IT同好会とピージーアップ社の対決とか。普通の人ではまず読めないと思います。

とわ言え都度説明文を入れるとリズムよく読めないので専門用語は務めて最小限にしているのです。

まぁそんな内輪の事情はさておき…

専門学校では優子ちゃんという女の子と仲良しになり、たいていは一緒におりました。

優子ちゃんは一言で言いますと…のーーーーーーーんびりしたお方です。

放っておくと全身に雀がとまってしまいそうです。

私たちは目が合った瞬間に”同種族だ”と直感しまして、会うべくして会った心の友だと、なんといいますか一緒にいるのが当たり前だったのです。

私たちコンピューター畑で生きる人間向けに情報処理技術者試験という国家試験があります。

専門学校に入って勉強しなければならないことの多さに全身の血の気が引いてしまった私は、優子ちゃんを誘い一緒に頑張って情報処理技術者試験のレベル2まで在学中に合格しようと、そういうふうに誓いあいました。

誓いあいました…ました……

ゆ、優子ちゃんは私の巻き添えかも。でも前向きな野望なので許されるかも。

勉強をするのに具体的な、達成感を感じられる、そういう目標が欲しかったのです。

で…その…目標が大きいと、一人だと心細くって魂がぼっきり折れそうだったので、ぶっちゃけ旅の連れが欲しかったのです。

優子ちゃんは新潟から出てきて一人暮らしをしているので、お勉強会はたいがい彼女の部屋です。

私が過去問にチャレンジして散々な点数でべったりとコタツに突っ伏していると、彼女は私の口の前に飴玉を一つ差し出します。

「脳には糖分が必要なのよ。」

私は口を突き出し、彼女は指を伸ばし、口の中に飴玉が滑り込んできて、じゅわっと甘さが広がります。

「ふっかーーつっ!」

私は腕を天井に突き上げて間違ってしまった問題の解説を読み始めるのです。

「うふふ、がんばってぇ。」

優子ちゃんが女の子らしい柔らかい動きで胸の前で手をふります。

「絶対、合格しようね。」

私は両手でVサインを突き出し盛んに手をふります。

「うん、一緒に。」

彼女が名前の通りの優しい笑顔で私の手を握る。

なんかほっとする。

「ちょっとお茶にしましょうよ。」

「うん。」

二人で肩を寄せ合って、古本屋で買ってきた文庫本の小説を一緒に読んだ。

だからまだこの時は卒業したらどの会社に入って何をしようだ何て考えてはいなかったのです。

毎日毎日、沢山のことを覚えて、様々な技術を身につけるのに必死でした。


【紳士同盟十戒】

その9:紳士たる者、日常をおろそかにするべからず。

これはもう戒律として採用すべきか大激論でした。

最終的に、日常をおろそかにすることで怪しまれ…結果足が付き警察の御厄介になるのは好ましくないという理由で採用されました。

簡単に言いますと「ファ■■ンは一日一時間」的な。あ、ちょっと違うか。

でも反対意見はネトゲ廃人の言い分とほぼ同じでした。なっ!かのえ君。


次回、第十話(最終回)「Let's get it started」

さぁ、はじめましょう。

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