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表稼業と裏稼業

◆第八話:表稼業と裏稼業


さっちんのお父さんは大手通販サイトの企画部属さっか室室長である。

いつまでも”さっちんのお父さん”ではどうにも話のテンポが悪いので、以降「属室長」と書かせていただく。

属室長は彼の同期が入手した情報を信じて、ピージーアップという派遣会社から20人採用した。

派遣社員の評判は極めてよく単金も低い。企画部室長としては鼻が高い。

万事上手く行った、上々だと安心しきっていた矢先に事件は起きた。

個人情報が45万件、持ち出された。

その犯罪に用いられたのが企画部属さっか室所有の端末であることが判明した。

新聞沙汰になり、テレビニュースでも大々的に報道された。

当然、属室長はその責任を追求された。

「お父さんが会社、クビになりそうなんだ。」

可愛いさっちんのそんな暗い顔、俺は見たくないよ。

さっちんには太陽のような笑顔が良く似合うんだよ。

朝からずっと元気がないからせめて体だけでも元気にしてあげようかと思ったけど、なんだい聞いてみればビックリ、そんな理由なのかい?

刹那の快楽でちょっとでも心の苦痛を癒してあげようかと考えていたのだけれど、なんだよう…驚きぃ、そんな理由なのかい?

「情報漏洩があったみたいで…いたっ。」

さっちんが痛がったのは残念な事に俺がさっちんの処■膜を破ったからではない。

かのえ君がさっちんの額をはたいたからだ。

「ばぁーか。それなら、俺たちの専門分野だろうが。」

「え──手伝って、助けて…くれるの?」大きな瞳を潤ませてのっぽのかのえ君を見上げるさっちん、可愛いな見惚れるぜ。

かのえ君は後ろ頭をぼりぼりとやりながら「つまんねーこと聞くな。」と照れ隠しにそっぽを向く。

「あ─…ありがとうっ!」

あーーーーっっ!さっちんが!さっちんが!!俺のさっちんが、かのえのクソ野郎に抱きついたーーーーっっ!!!!

俺の両方の眼球は飛び出しそうになった。いや、一回飛び出してまた戻ってきたのかもしれない。

ちくそっっ!!その手があったかっっ!!

そうすればっ!さっちんの好感度を高めつつっ!スキンシップをっ!さっちんの方からっ!!

くそう、これは、全く…かのえ君に数歩リードされてしまったな…まぁぶっちゃけそれはいいんだ。さっちんが誰を好きかなんてかんけーねーし。

ただ、さっちんの処■膜は俺に譲ってくれ。たとえさっちんが俺のことを宇宙一嫌いでもな、全然かまわない。俺がもらう。それが宇宙の真理なんだよ。

え?あるんですよ乙男には想像の幻物”漢膜”が。いんだよ俺にとってだけ存在すれば。

つまりですな────

「明日は警察」

おおそうだった、その通りですよたお先生。

それを忘れてはいけません。ちょっと怒りに我を忘れていました。

先ずは先日収集したピージーアップのデータを解析せねば。

違法行為までしてデータを入手したのだから俺たちにはそこに必ず答なり証拠があるという確証と言うか、自分の行為に対する自信があった。

今まさにそれが崩れかかる。

ズバリこれというものが何も出てこない。

たお先生は無口だしさっちんは今落ち込んでいるしで、俺とかのえ君の掛け合いになった。

「うーん、海外に会社を作ってそこに金をプールするパターンだと思うのだが…」

「証拠が出てこないな。」

「ピージーアップという会社ではなく重役の誰かに紐付いているのかもしれないな。」

「重役を個別に洗わないとダメか…」

「難しいな。違法なやり方ならば今すぐにでも出きるが、きっとそれだと証拠能力がないな。たぶん太田さんが言いたかったのそこだわ。」

「うぬ…」

「はやまってしまっては、単に事をしくじるだけでなく太田さんからの信頼も失う。」

すると「あ…」と引き攣った声を発するさっちん。

真っ青な顔でブルブルとふるえている。

その表情はやがて激しい怒りに変わった。怒った顔も、か・わ・い・い。

「さ、さっちん。どうしたんだい?」

さっちんはビシッビシッとナイフで突き刺すようにモニタを指差す。

その殺意に満ちた指の先には…属室長の会社とピージーアップの契約の記録。

「おい」かのえ君が俺の肩に彼の肩をガチ合わせる。

何かの合図なんてかわいいらしい勢いではなく、ガツンと「やっちまおうぜ」とそういう勢いだった。

「ああ。」これは俺の「やってやるとも」という肯定の意思表示だ。

そうか、そういうことか。

全部、てめーらのせーか?え?ピージーアップさんよう。

俺らが大嫌いな警察と関わるハメになったのも、俺の”大人のおもちゃ”さっちんの心が曇ったのも、全部てめーらのせいなんだな。


翌日、俺たち4人は警察署に行き五嶋警部と会った。

「さて、では話の続きをしようか。前回は概要程度に話がとどまったはずだ。捜査の進捗は思わしくないが今日はもう少し踏み込んだ話をしよう。」

俺は両手を控え目に突き出して、これから延々と配布資料を読み上げようとしている警部を制した。

「おう、なんだ?」

警部は指に挟んだボールペンをちょいとあげて俺が発言する事を許可した。

「実は事件のあらかたは既に見当が付いているのです。」

「本当か?」警部が声を荒げてテーブルをバンと叩き、その勢いで立ち上がった。

「警部。お願いですから落ち着いてください。」

警察の人間に荒ぶられると本当に怖いな。

寿命が縮む。

この様子だと本当に非接触ICカードのスキミング被害の件は進捗がなくて、警部は俺たちのための資料を作成するくらいしかすることが無かった様だ。

「おお、すまなかった。」

警部は大人げない行動を恥じておとなしく座った。

「見当が付いていると言っても証拠無の僕達の勘なのです。」…ってことにした。まさか違法のクラッキングを行ったなんて言えませんからなぁ。

「勘結構。頼もしいじゃないか。」警部は腕を組んでしきりに頷いている。

「今回の一件はとある会社の重役が裏で糸を引いていると俺たちは考えています。」

「ほう。」

「その重役は海外に会社を持っていて、不正に入手した金をそこに集めていめています。組織によるプロの犯行です。」

「うむ。ずいぶんとはっきり言いきったものだな。」

目が合うと怖いんだが…苦手だなー。

ってゆーか、ガチで犯罪してきたあとなので、心拍数95%くらいだし、話せばしどろもどろだし。

「え、ええ。まぁ。」

「今度は俺の勘を披露しよう。」

「はい?」

「お前たちは、犯人に心当たりがある。それもかなり具体的にだ。」

俺は大きく頷いた。

と言っても恰好良くではなく、自白とか懺悔とかそっちの点頭であり、ここにきてクラッキングしちまったんまじ悔恨。

「きっと、太田さんの銀行を食い物にした…仮にW社としましょう…その会社と同じです。」

五嶋警部は椅子に座りなおし、背もたれにぐいんとのけぞってしまった。

「そいつぁまた、世界が狭い話だな。敵は既知の集団でした…と?」

「でも、おそらくそれが事実です。W社が様々な方法で大々的に荒稼ぎをしている。」

「そうか。分かった。それでは太田の協力が必要だな。」

「その通りです。」

「決まりだ。太田には俺から電話をしよう。」

「え!?いいんですか?」

「何故、そんなことを訊く?」

「いえ、すいません。」

「我々の捜査は本当に暗礁に乗り上げてしまってな。びくともせん。そんな我々の最後の希望…お前たちが言うことだ、たとえ荒唐無稽でも無下にはせぬ。あっと、今回は筋が通っていたぞ。」

「は、はい。あはは…」

「お前たちに説明をするためにがんばって資料を作っておいたのだが、すべて無駄になってしまった。捨てちまってくれ。」

「申し訳ありません。」

「いや、逆に屁の役にも立たない資料を作るしかできなかった警察の非だ。」

「そんな…」

「しばらくは太田と捜査を進める。こちらから声をかけるまで待機していてくれ。」

俺たちは「もう二度と来ることがありません様に。」と祈って、警察署を後にした。


さて、次に向かうべきは太田氏のところなわけだ。

が、その前に3人を説得しなければいけない。

ちょっと頭をひねった後「さて諸君、俺たちの次の一手だが─」なんて切り出す俺。

「おう!どうするんだ。取り敢えず重役の端末を全部クラッキングするのか?」

「いや、太田さんに会いに行くつもりだ。」

「ん?何故だ。もうあの銀行に用はないだろう。」

かのえ君がどんな顔をするかな、なんて想像しつつ俺は「俺たちが太田さんのPCから不正に個人情報を取得した事実を話すつもりだ。」と言ってやった。

なにっ!!─3人が瞼が裏返るほど大きく見開いた目で俺を見る。

瞬間、時間が凍り付く。

「バカを言うなあっという間に手が後ろに回るぞ!」

「そうだよ!捕まって牢屋に入っちゃったら───」

さっちんと一緒に檻の中か──ウホッ、悪くないな。いやむしろ二人きりで閉じ込めてくれ。

「───僕のお父さんを助けられないよっ!」

あ、あああ、そっちの心配か。

「まぁ、まかせておけ。」

そう言って、俺はさっちんのちいちゃくってきゃわいい頭にポンと手を置いた。

そして思わず、自分の手のさっちんの頭に触れた部分を舐めてしまった。

瞬間、3人そろってドン引き3メートル。

あ、やっちまった。引き攣る俺。

「いや!違う!まて勘違いするな。そうじゃないから。」

「黙れこの変質者。」

「よく聞け、これは俺の田舎のおまじないなんだよ。厄除の。えー、俺の地元のお稲荷さんに由来する言い伝えなんだが─────」

口から出まかせを言うこと30分。

「ほらよ。」

電話で太田氏と会う約束を取り付けているとき、かのえ君が気を効かせて俺に缶コーヒーを投げてよこした。

俺たちは三度太田氏の銀行に向かって足を踏み出した。

そして某銀行のいつもの会議室。

俺が太田氏に洗いざらい白状するのだが、長くなるので省く。

太田氏は俺の脳天にゴチンとげんこつを落としたあと「で、用件は何だ?」と腕組みをして俺を見下ろした。

他の3人は「え?それだけなのか?警察は?俺たち逮捕されるんじゃないのか?」と不思議そうにしている。

だが俺にとってはこれが当然の帰結なのだ。

キワ者の3人とは違い、俺は生粋の優等生だ。だから経験的に知っている。

自分に悪意がなく相手が分別のある大人でなおかつ可能な限り即時に白状した場合、そのときに限り法等から逸脱した行為は非常に高い確率で許容されるのだ。

「用件を早く言え。」

「実はW社については僕達の方であらかた調べがついているのです。」

「そうか。」

「はい。太田さんには五嶋警部から協力要請がいっている筈です。」

「ああ。」

「僕達が調べた情報を使って、出来るだけ迅速に警察を動かしてほしいのです。」

「故意に警察を誘導せよ…と?」

さっか君のお父さんがW社の被害にあっていて、これを至急に解決したいのです。誘導してください。」

「成程、友達のためか。君のようないい子ちゃんがむちゃなクラッキングに及んだ理由がわかったよ。」

あれ?なんか都合が良い方向に勘違いしてくれたぞ?

時系列ははっきりとは説明しなかったからな。

「うむ合点がいった。君たちは違法なアクセスまでして事件の解決を焦ったが、最終的に私に話を持ってきた。若さ故の過ちを猛省したと信じたぞ。あとは大人に任せておけ。」

太田氏は「すべてわかった」と微笑み、俺たちをセキュリティーゲートに案内する最中さっちんの不幸を気遣ってくれた。

本当にいい人だ。

銀行を後にした直後、かのえ君が「俺たちの役目は本当に終わりなのか?」と白々しく聞いてきた。

それを俺が鼻で笑う。

警察には動くなといわれている。

太田氏にも任せておけと釘を刺されている。

だ・が・な───俺は鼻で笑う。

「ふ。バカを言うな。法律通りにやらねばならない表の仕事を、大人に割り振ってきただけだ。俺たちには裏の仕事が残っている。」


これはピージーアップ社の一件のカタがついた後の話になる。

俺たちは「カフェねこやしきにようこそ」というゲームを神速で製造していた。

寒さが厳しくなってきたある日、紳士同盟4人で一つの灯りを囲んで、どの様な女性をご主人様に向かえたいかという話題で盛り上がった。

副主席のかのえ君こと閂庚かんぬき かのえ氏曰く─

「小柄で元気一杯で愛くるしい、何をされても憎めない女の子。」

─そんな彼の希望にピッタリの少女が青森県八戸市に居た。

その名も南原ちずる(なんばら ちずる)。

俺たちが中学2年生の当時16歳。

かのえ君はエロ魔王だが、しかしそれだけではないのだ。

ガタイがいい男の多くがそうであるように、彼は小さくて可愛いものが大好きなのだ。

うぷぷーっ。もうかのえ君ったらロリひんぬー属性とかまじ最低ー。

そう南原ちずるは小さくて可愛い。

とても高校生には見えない。

これでも実は小学生のころはどちらかというと背が高い方であった。

そのころの彼女は背丈も力も男の子に負けなかったので、これがまた爆竹みたいな女の子で遊びで興が乗るとそのまんま我を忘れて、男の子を追いかけ回していじめてはよく泣かしていた。

だから彼女が男の子に好意を持たれるなんてことはあり得なかった。

しかし、小学5年生のころから縦方向の成長がピタリと止まり、状況は変わった。

成長期のみんなに背丈なんかあっという間に追い越され、気付けば朝礼などで並ぶときは一番前で手を腰に当てている。

小さな手に細い腕ではもはや男の子をいじめるなんてことはできない。

体育の成績はよかったが男の子と遊ぶことがなくなったので、自然と自分の趣味を友達の女の子に合わせる様になった。

友達が見ているテレビ番組や聞いている音楽をチェックして話を合わせた。

男勝りの爆竹から少女達からなるブーケの一輪へと大転身なのである。

中学生になっても一行に背が伸びる気配はないが、彼女に思い煩う様子は無く至って明るい。

甲高い声でキャンキャンと話し、小さな体をいっぱいに使って感情を表現する。

彼女は誰とでもすぐに仲良くなれてしまう。

以前に男の子と遊び回っていた経験から、男子と話すのも上手くて友達の輪はビッグバンのような勢いで広がってゆくのだ。

彼女のスマートフォンのアドレス帳には尋常ならざる量の電話番号が登録されている。

そして高校生になったある日、トイレに行った帰り。

階段の踊り場でヒソヒソと話をしている男子二人に気付いて思わず壁の陰に隠れた。

二人はどうやら自分の噂話をしているようなのだ。気になって聞き耳を立てた。

「南原ってかわいいよな。」

え──?

「なんかだっこするのにちょうど良さそう。」

「そうそうそう。ちびだけどあれだけ顔が可愛いと許せるよな。」

「あいつ男とも普通に話すから間近で顔を見たことあるけどやべーわ。」

「あの背丈で顔だけ美人だとちょっと違うけど、バランスのとれた小顔で鬼可愛いのね。」

え──────────?

自分が可愛いだなんて考えたこともなかった。

大急ぎでトイレに戻って、周囲に誰もいないことを確認して、鏡の中の自分をまじまじと見る。

たしかに、彼らが言うように顔は小さいと思う。

小さな顔に比較して大きめの瞳と小ぶりの唇─これを彼らは可愛いといっているのか?

自分より可愛い女の子なんて山ほどいると思うのだが…。

さらに日々は飛ぶように過ぎて、友達の家にお泊まりをしたとき。

南原ちずるのパジャマ姿を見た友人が「きゃーっ、かわいいーっっ。」とはしゃぎ出したのだ。

まだ、自分が可愛いだなんて信じてはいなかった彼女はテンションの上がった友人を無視して布団に入ろうとしたが、写真を撮るなどとせがまれて寝かしてくれない。

友達と並んで写真をとり、スマートフォンで見る。

「あ、」

南原ちずるは友人も十分に可愛い女の子だと思っている。

けれど、並んで写っているこの画像を見て”ああ、確かに自分の方が可愛いかも”と思った。

友人はしきりにイーナイーナと羨ましがっている。

「顔は小さくて輪郭が綺麗だし、目はパッチリしてうるうるだいしー。反則ーっ。」

そんなことがあって、彼女は自分が特別に可愛いのだと自覚する様になった。

彼女は昔っから非常にシンプルな思考回路だったので、自覚してからは「私可愛いから」とはっきりと言うようになった。

もちろん彼女はそれで何か得をしようなどとは考えないし、自分の可愛さを見せびらかしたり武器にすることもない。

自覚しただけで、それ以外は何も変わらないのだ。

星の数ほどもいる彼女の友達たちがなにやらSNSで盛り上がっている。

どうやら「カフェねこやしきにようこそ」という近々にリリースされるゲームについて話をしている様だ。

前評判が高く、リリース前の潜在プレイヤー数の概算は数万から数十万と見積もられている。

しかし、リリース時にプレイ出きるのは抽選で選ばれたたったの6千人だけというので、それがまた話題になっているようなのだ。

南原ちずるは友達とゲームの話をしている流れで、得に興味がないにもかかわらず、「カフェねこやしきにようこそ」の抽選会にエントリーした。


私の名前は岡めぐみ。

これから少しの間、私の思い出話にお付き合い下さい。

中学生になって、私は明るく活発な女の子になった。

それに比べて圷兄妹は相変わらずだ。

圷くんは静かなる優等生だし、霰ちゃんは元気一杯でいつも何かをやらかすリアルトリックスターだ。

圷くんほどではないけれど私の成績も自慢できるほどには向上し、それが私の自信になっている。

彼とは同じ中学で、小学生のときと変わらず一緒に登下校をしている。

そんな私と圷くんをラブラブだとガキ臭くからかう者は未だに居る。

そんなことは微塵も思っていないクセに、本当にからかいたいだけなのだ。

でも、小学生の時とは違い、圷くんは最早私を守るためにいたずら小僧どもを一喝することはない。

私には余裕があって、何を言われても右の耳から左の耳に抜けていってしまうのだ。

そんないつもの帰り路、圷くんが私に「岡さんは中学生になってずいぶんと変わったね。」とつぶやいた。

自分の意見にいまいち自信が無かったのか、言ってよいものか迷ったのか、ぼそっとうっかりすると聞き漏らすほどの小さな声だった。

「学校でのこと?あのねイメチェン。家に帰ってからはいつも通りでしょう?」

「うーん。」

「なによ。」

「いや、むしろ家に帰ってからの方が変わったと思う。」

「え?」─私はドキッとした。そんなことは無い筈だ。”家に帰ってからの私”に合わせて”学校での私”を改造したのだ。

「なんか、いい意味で強くなった気がする。」

私はドギマギしてしまって声が出ない。

「強くなる」それは圷くんにはまだ言っていない私のテーマだ。

見透かされた───。

「前はなんか…なんつーかなぁ、顔の表面の一皮だけで突っ張っていた感じだけど、今はねへそから腹の底から強さが練り出てきている感じがするんだ。」

「そ、そうかな。」

「そうだよ。」

「た、例えば?具体的にはどうなん?」

「うーん」圷くんは頭をひねっている。

「なによ、ひょっとして言ってみただけ?それ、最低なんだけど。」

「昔はね、なんか危なっかしかったんだ。俺の家で明るく振る舞っていても自分にまとわりつく陰に…ホラ、今だから面と向かって言えるけど岡さんの家って複雑じゃん。本当に危うくって、岡さんの相手は言葉を選ぶし本当に気を遣ったんだよ。」

知らなかった。私が圷くんにそんな気苦労を強いていたなんて。

「今は本当に気安いものさ。今の岡さんならば一緒に居て落ち着くというか、気が休まるよ。」

そんなことを言われた私は不覚にも顔を真っ赤に沸騰させてしまった。

それは額に汗が滲むほどで、手のひらで顔を扇いだ。

「霰さんも、今の岡さんならリミッターを解除して全力全壊で相手できそうだってさ。なんか岡さんの変化に気付いている様だよ。」

あの霰ちゃんの全開か…え?全壊?壊す方?そりゃあちょっと恐ろしいな。

「知っているよ。」圷くんが私に微笑んだ。

「勉強やトレーニング、頑張っているんだろう?岡さんは強くなったんだ。強さを弛まぬ努力で勝ち取ったんだ。」

私は深々とうつむいて顔を隠し「今の私、どうよ?」と質問をした。

圷くんは待ってましたと言わんばかりに、嬉々として私の質問に返答をする。

「小学生のときより、ずっといいよ。霰さんも今の岡さんの方が好きだと思うよ。」

私は下劣な下心から強くなろうと決心した。

しかし、私は圷くんに教えられた。

”強さというのは実は自分のまわりの人々をちょっと幸せにできるのだ”

その意味を今、圷くんが教えてくれた。

私は母親を失い、新しい家庭に私の居場所はわずかしかない。

でもそれは私が弱かったが故の当然の帰結だったのだ。

私は凡人だから強くなると言っても限度がある。

私は自分の身の丈似合った強さが欲しい。

私は最初、甘ったれの弱虫で、皆を不幸にした。

次に間違った強さを追い求めて人の道を外しかけた。

そして正しい強さというものを知った。

今渡こそ、今渡こそ─


わ、私の名前は緑川るり子ともうします。

あの…私の思い出話にお付き合い頂けるとうれしいです。

その…すいません。

文化祭の3日前─生徒会との共同企画であるARアプリの製造が暗礁に乗り上げ、そのまんま速攻で進退極まって明日を失った。

少なくとも文化祭の初日に最大の目玉であるARアプリがないという涙なくしては笑えない前提で話を進めなければならない。

緊急で生徒会とコンピューター研究会の打ち合わせが行われた。

んでんでんでんでんでんでっ私は問うのです。

「何故、私がここにいるの?」

私は葵杏奈部長にキリキリと問いただしたです。

どゆことなんですーかぁ??

「なぜって…我が部の唯一の3年生ですし、最上級生が参加していただかないと、ただでさえ心がささくれ立っている生徒会の動脈血が沸騰してしまいます。」

私はここで絶対的な事実を申し上げた。

「わたし、部員じゃないですよね?」

ところが葵杏奈部長はキョトンとしている。

「え?部員ですよ。」

「私、入部届け出した覚えないですけど…」

「いえいえ、先輩にそのようなお手間をかけさせはしませんよぉ~。」

「え!?なに??どゆこと!?どゆこと!?」

私は葵杏奈部長の肩を爪が食い入るほど荒鷲の様につかんで、ぎゃるんぎゃるんと前後左右次元の壁さえ越えて揺さぶりまくった。

「製造でお忙しい先輩に代わって、私が入部申請をさせていただきました~。」

瞬間、私の魂に住まう怒れる邪神が荒れ狂い、脳脊髄液が沸騰します。

「なんばしよっとか!こん、すっとこどっこいがーっっ!!!!!!!!」

葵杏奈部長は全然余裕、うふふと微笑んでいる。

ど、どうせ私なんかが怒ってもちっとも怖くないですよ、分かってますよ。

ふんだ。

で、生徒会室。

テーブルをはさんでズラッと並んだ生徒会の面々の対面に座ると視線がじっと集まり、私のまわりの空気が重い。ってゆーか視線って痛いんですね初めて知りました。

大気中にいるというより、むしろ深海6千メートルにいる様だ──息苦しいですし──背筋ゾクゾクしますし。

死神にでも睨まれたような真っ青な顔でうつむく私に葵杏奈部長が耳打ちをする。

「先輩は何も喋らなくて結構です。我が部の誠意を見せるためにそれなりの面子で打ち合わせに望みたかっただけです。ぶっちゃけ人数合わせです。」

ボロを出すなってことですか?話すなと。らじゃーです。

今のカチコチの私に何か話せといっても無理ですので。

「ARアプリの要求を大幅に縮小してはどうでしょうか?」

「不具合のうち致命的でないものは修理せずにリリースしましょうか?」

「文化祭の1日目と2日目は諦めて、3日目だけのサービスにしては?」

葵杏奈部長は次々に妥協案を提案するが、喧嘩腰の生徒会にことごとく否定され、逆に酷くこきおろされてしまう。

生徒会強いな。

無理だって言っているのに一歩も譲らないな。

すごいなー。

腕の良いプログラマをウィザードと申しますが、今は別な種類の魔法使い…世の理を覆せるタイプが必要です。

「あ、あのう。」

おずおずと手を上げた私の行動が面白かったのか、言葉のイントネーションが変だったのか、一瞬だけ空気から刺が抜けた。

だが萎縮しきった私の心には追い風。

一つだけ提案できた。

「あのですね、段階的にリリースしてはどうでしょうか?」

「段階的とは?」

「クライアントアプリは全機能耳を揃えてリリースするのですが…ですね、サーバー側は評価が終わった順にサービスを開始すればーみたいな。」

最初は私が何か言うのを止めようとしていた葵杏奈部長が、途中からぱあっと顔を明るくして、んで私のアイディアの後を続ける。

「1日目、2日目そして最終日と新しいユーザーエクスペリエンスを提供できれば、きっと皆毎日来場したくなり累計入場者数は飛躍的に増加するでしょう。何よりもそれによって我が校の面目が立ちます。」

いや、私はそこまでしたたかには考えていなかったですけど、葵杏奈部長は口が上手いなぁ。

生徒会の面々はなにやらひそひそと話し合っている。

その私たちから生徒会の視線がそれた隙に、葵杏奈部長が私の方を向いてサムアップ&ウィンク。

いや、私はこの場にいること自体が遺憾な訳でして、そんな褒め方をされてもちょっと複雑ですよ。

生徒会サイドは盛んに意見を出し合っている。

「いいんじゃないでしょうか。」

「ええ、日々新機能が追加されるなんて本当に盛り上がりそうです。」

「うん、これならいけるね。一度に全機能リリースするよりも…なんというか劇的だ。」

「放送部も喜びそうだ。毎日新しいネタが投下されるのだからね。」

結局、トラブル対策はその方向で決まったのだが…よく考えるとですねあと3日で終わるはずだったデスマーチが5日に増えたわけですね。

しかもですよ、それだけではないんですね。

今年の文化祭。

私たち、ARアプリの対応に追われてですね、文化祭なんて一切楽しめないんですねー。

タコ部屋でずっとバグと格闘ですよ。

デスマーチはすべてを奪う。

デスマーチが通った後にはぺんぺん草の一本も残らない。

何故、こんなことになってしまったのか。誰か、私に教えてください。


【紳士同盟十戒】

その8:紳士たる者、常に己れの中の紳士を意識して行動するものである。

最終10話で語らせていただきますが…ほぼマルウェアな俺たちのゲームソフトをリリースするにあたり、自分の中の一握の善意との葛藤があったのです。

高校1年生のエピソードを描いた「猫屋敷紳士同盟」で俺たちは文章にすると誰がその台詞を話しているのかわからない、独特のしかも画一的な話し方をしてますが──なぜそうなったのか?そうせざるをえなかったのか?

まぁ、そういうことなのであります。

すべては10話で…


次回、第九話「mihama@pgup.jp」

最後は中ボス戦です。

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