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ブラックデー

◆第七話:ブラックデー


さて、前回第6話でW社との抗争が本格化した。

だがしかし、今回第7話はそれとはまったく異なる話をしたい。

俺達の物語は真夏が舞台なのだがこの7話だけは季節をすっ飛ばして翌年─

中学3年生の春。


4月14日、ブラックデー。

大韓民国由来の崇高なる記念日である。


バレンタインデーなんて俺たちは知らない。

ホワイトデー?なにそれおいしいの?

今日はその両方に縁がなかった勇者が「ソロ部隊宣言」し、コーヒーなど黒い飲食物で宴を催す。

この世でもっとも偉大なる24時間なのだ。

因みにこの世で2番目に偉大な日は4月4日オカマの日である。

すると4月14日という日は4月1日エイプリルフールと4月4日を露払いに勇躍登場する形になるわけであり、まったく神の悪戯であり、出来すぎなわけである。

我がIT同好会の4人も当然栄光あるソロ部隊であり、放課後ブラックデーを祝うために黒い食料を各々持参して理科室に集うわけである。

まったく何処に出すのも恥ずかしい頼もしい奴らよ。

ソロ部隊こそ英雄!!おーっ!

ソロ部隊こそ聖者!!ヤアアアアアァァッッ!!

ソロ部隊こそ賢者!!はあああぁぁっっ!

ソロ部隊こそ超越者!!ウララララァアアアアッッ!

ソロ部隊こそ勝利者!!イヤッハアアアアアアァァッッ!!

ソロ部隊以外は人にあらず!!ドゥラドゥラドラドラドラワギャアアアッッ!!

「ひゃっふーっ!!板チョコひじきサンドタイカスミつゆだく!ガチうめぇ~っ!!」

「やーぁ、かのえ君。早速直球の馬鹿がはかどっているねぇ~。」

「俺たちにリミッターは不要だぜ。ソロ部隊だけが神に選ばれし真のヒューマンビーイング。」

俺は茄子を液体窒素で凍らせて、カコーンカコーンと釘を打った。

「茄子で釘が打てます。」

「ヒャッハーッ!!」

「ブリリアントッ!!」

ああ、あのですね、何でもいいんですよ。やりゃあテンション上がるんです。

そういうシステムなんです。今日は。

次にさっちんが電子レンジに殻を黒く塗った生卵を放り込んだ。

1分ほどで白身が漏れ出てきて、1分半で大爆発をした。

「いーーーーーっ!やっはーっっ!!」

「バッダース!」

次はたお先生なので正直言って期待はしていなかった。

しかし、彼はやってくれた。

1.5リッターのペットボトルを用いてメントス・ガイザーを実施し、理科室のそこら中をベタベタにしてくれたのだ。

天井なんか酷いことになっている。

「エクセレント!」

たお先生!たお先生!あなた、やってくれるじゃあないですか。痛快、痛快。

俺たちは大笑いをしてコーラでビシャビシャの床を転げまわった。

次に大きめの水槽を超純水で満たし、俺たちの最強過ぎるヘッドレスサーバーを放り込んで電源を入れた。

オーバークロックで酷い温度になっているCPUのあたりからぷくぷくと水泡が立ち昇っているのがおかしくって、皆唇を噛んで笑いをこらえている。

いやー、アンコを丸めて投げつけ合う遊びは面白かった。

遊び疲れて、笑い疲れて、一息入れたときにさっちんが、ふと閃いたように俺にこう聞いた。

「(圷)班長は妹さんや岡さんからチョコをもらえたんじゃないの?」

ぎくり。

流石俺専用愛玩ナマモノさっちん。そこに気づくとわね。どれ、そこに横になりたまえ、性感マッサージをしてあげよう。

いやー、まいった、まいった。

今の一言は致命的ですな。

たお先生とかのえ君の視線がシンクロした状態でぐさっと俺の眉間を貫きましたよ。

ああ、もらったとも霰のチョコはフランベもフライパン返しもまったく関係ない、髪の毛の様に細いチョコレートの糸で編んだミニチュアマフラーでした…どんだけ手がこんでいるのだ。

岡めぐみさんのチョコはその筋では有名な「義理」包装紙でラッピングされていたが、中身はどう見ても有名デパ地下の限定品だった気がする。

だからホワイトデーは俺もちょっとそれに見合うものを渡さざるを得ず、正直言っていたい出費だった。

リア充とまでは言いませんが、人並みの2月14日と3月14日でした、ハイ。

で、あるからしておそらくたぶんきっと厳密に言えば俺はソロ部隊ではないであろう。

だが、IT研究会会長としてもしくは特別班班長として彼らの上に立つならば、俺はソロ部隊…それもキレッキレにブチ切れたソロのなかのソロでなければならない。

そうだなそれを強調して表現するなら…こう、長めにソーロー…あれ?え?そ、そうろ…ぅ?……ち、ちげーし!む、むしろタフガイだし…いや、いいんだ。話を続けよう、そうしよう、な?

「いや─記憶に無いなー。」

「そうかい?」

と、さりげなく誤魔化す俺を可愛いさっちんは軽く流してくれたのだが「いや待て」とかのえ君がいらぬ感を働かせてきた。

「記憶にないでは済まさぬぞ。圷が2月14日にチョコレートをもらったのか?もらわなかったのか?─しっかりと思い出していただこうではないか。」

その一言を聞いたとき、俺がどれほどの恐怖を感じたのか、お分かりいただけるだろうか?

”これから俺は何をされてしまうのか?”そんなMな男心を刺激される楽しい話ではない。

もし俺が”バレンタインデーにチョコをもらうような人間のクズ”だと知れたら…俺は恥知らずと背徳者という木杭を全身に突き立てられた状態で、失墜した信頼を背負ったまま会長と班長をやって行かなければいけないのです。どんだけ厚い面の皮でも無理。人生にくじけますわ。

……とか悩んだ一息の間に、俺はかのえ君に上半身すっぽんぽんにされてしまった。

かのえ君は男を脱がすのが上手いな。脱がされるの癖になりそうだよ。

などと甘美な衝動に身を任せていると─「え?」

そこから背負い投げで理科室の実験台の上にあおむけに叩き付けられ「ぐぅ」と、背中にはじける苦痛に表情を歪めていると、さっちんとたお先生がまるで事前に打ち合わせ通りみたいなよどみない動きで俺の手足を実験台の足に括り付けたのです。

長さ2mのUSB給電ケーブルで。

俺の顔は下に凸の二次曲線的に歪みあがってゆきます。あ、二次曲線って二次元美少女のヒップラインじゃないからな「凄い勢いで」っていう比喩だからな。

「や、やだなぁ君たち。ブラックデーのお楽しみにしてもやり過ぎじゃあないかい?」

なんとか今の状況を「冗談」とか「洒落」ってことにしてナシにできまいか?だが二人の目がガチすぎる。

そこに、野太い蝋燭を持ったかのえ君登場。

「さぁ吐け。さもなくば貴様──新しい快楽に目覚めてしまうぞ。」

「くっ!」

これは最悪の状態だ。俺─圷朝─最大のピンチといいきってよいだろう。

やめてくれ!違うんだ!ひょっとすると俺は蝋燭が気に入ってしまうかもしれない!

でも、違うんだ!そうじゃあないんだ!

「やめろぉ!▽ョッ□ー!やめろぉー!」

この状況が、まるで自分が本GO猛であるかの様に誤認させた。

俺は自分が上半身をひん剥かれたいんじゃあない!さっちんをひん剥いて全身くまなく観察して記録をとりたいんだ。

俺はMじゃない!無実だ!

だ、だれか!誰か助けてくれ!そうだ先生!田中先生!

田中先生を召喚しよう。先生ならばかのえ君を止めてくれる。

禁呪詠唱!!!!

「血に勝るその契約に従い今命じる!全ての理を超えて我が前に肉と血と魂を現せ!!狂戦士たなかああああああぁぁぁっっ!!!!!!!!」

そして理科室の戸がガラリと開いた。

おおお、せ、先生!!まじで来たのか?やった!!

と、思ったら岡めぐみさんだった。

こ、このタイミングでか?チョコを俺にくれた本人が…最悪なんだが。と、言うか…きゃーっ!半裸ではりつけにされた俺を見ないで~!!俺は心の中で悲鳴を上げる。

彼女は理科室内のメンツと黒い食料品が散乱している状況からすぐにブラックデーに思い当たった様だ。

最初はちょっとぎょっとした表情を見せたが、それを理解するとすぐにニヤニヤといたずらっ子の顔になった。

かのえ君がスタスタと彼女に歩み寄る。

「丁度いい。今、圷の異端者尋問を行っていたところだ。君は去る2月14日、被告圷朝にチョコレートをあげたか?」

岡めぐみさんは膝を何度もたたきながらげらげらと笑い「さぁ?忘れちゃったわー。」と言って帰ってしまった。

廊下の遠くの方からいつまでも彼女の笑い声が聞こえてくる。

柔道の達人であり、物理的に強者であるかのえ君のドスの効いた視線で俺の肝が絶対零度。

かのえ君の中ではたぶん俺、有罪だ今。

くっ!勇者召喚は最悪の結果に終わった様だ。

ではどうする─おお、そうだ逆に召喚されてしまえばいい。オヤジでもおふくろでもいい、今すぐ電話をくれ。そうしたら適当に演技して誤魔化して家に帰れる、バレンタインデーの話は後で有耶無耶にしてしまえばいい。ブラックデーをやり過ごして明日になれば4月15日になればみんなの頭も冷える。

するとまさに俺のスマートフォンに着信あり。俺は心の中でガッツポーズをとった。着信音からして俺の家族だ。

かのえ君が俺のスマートフォンを手に取った。そして俺には渡さず勝手に電話に出た。

「ああ。霰ちゃん?」

霰…だと?こ、このタイミングでか?このタイミングで我が家きってのトリックスターか?チョコを俺にくれた本人がか?最悪なんだが。

「んー、いや。お兄ちゃんの携帯であってるよ。俺?朝の友達。そうそう。」

かのえ君、絶対に聞くわチョコの事…

「でさ、ちょっと絶好のタイミングというか聞きたいことがあるんだけどいい?」

…ホラホラ~。

「ひょっとしてさぁ。今年の2月14日、2か月前ね、お兄ちゃんにチョコレートあげた?」

かのえ君はその質問の後少し霰さんと話をして電話を切った。

さっちんが「どうだった」と聞く。

かのえ君が「圷の妹霰ちゃんは”芸術作品ならあげた”…と言っていた。」と難しい顔をする。

「うーん、どうしようか?白黒はっきりしないねぇ。」

さっちんのため息に押されるようにかのえ君が近づいてきた。

怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い!!

「圷。霰ちゃんから伝言だ。帰りに牛乳を2パック、買ってきてほしいそうだ。」

「え?あ…ああ、分かった。じゃあ…そろそろ俺、帰らないと…」

くるりとたお先生の方を向くかのえ君。

「疑わしきは罰する…で、いいですよね。」

だにっ!

しっかりと頷くたお先生。

だに、だにっっ!!

「ちょっとまて!!」

「今日はブラックデーだ。楽しくやろうぜ兄弟。」

逆召喚も失敗に終わった様だ。

この後の惨劇はこの小説が全年齢向けであるという事由により割愛させていただく。

もうお婿に行けない…


これはピージーアップ社の一件のカタがついた後の話になる。

俺たちは「カフェねこやしきにようこそ」というゲームを神速で製造していた。

寒さが厳しくなってきたある日、紳士同盟4人で一つの灯りを囲んで、どの様な女性をご主人様に向かえたいかという話題で盛り上がった。

さっちんこと属栄さっか さかえ氏曰く─

「まっすぐな黒髪が美しい、日本的で家事万能な乙女。控え目でおしとやか。」

─そんな彼の希望にピッタリの少女が埼玉県さいたま市緑区に居た。

その名も白鳥早苗しらとり さなえ

俺たちが中学2年生の当時13歳。

透き通るような白い肌に桜色の唇、そして黒いダイヤの様に複雑に透き通った黒髪。それらは見た者の魂を吸い込む。

一見控えめな一重瞼は、男の理性を破壊し、湖の底のような深く妖しい瞳に誘い込む罠だ。

抑えた表情はだが逆に、わずかな変化に男共が一喜一憂する。

彼女がその指先で触れたものはすべからく清められ、彼女が通り過ぎた後には幸福の新芽が息吹く。

言葉を発すれば小鳥すら歌うのを止めて聞き入る。

慈愛に満ちた魂と儚げな姿は四季の変化に舞って可憐だ。

彼女が制服を着たならば、そこにファンタジーとしての山村の平和で柔らかい緑が見えた。

彼女が浴衣を着たならば、そこに神様が住まう神社の幻想的で懐かしいお祭りが見えた。

彼女が純白のワンピースを着たならば、そこに妖精達が歓喜の歌を踊る高原が見えた。

同級生の男子達は彼女を神聖化し、恋愛感情を通り越して聖母のごとく崇めていた。

そんな白鳥早苗。

彼女は実は腐女子だった。

彼女のストライクゾーンは非常に広く、王道は無論マイナーもいける。

クーデレ大好き、小悪魔受けは大好物、最襲兵器ktkr、素クール、セバス、リーマン、全部有り有りだ。

V薔担でもあるしTSもぺろりとたいらげる。

年中無休で脳内ピンク、腐ィルターかかりっぱなし。

それが白鳥早苗、だ。

彼女は茶髪のオールウイッグと地味な眼鏡そしてマスクで変装をし、ベーコンレタスバーガーという婦女子のサークルに属している。

本名は明かさず”MAKI”と名乗っていた。

彼女の部屋には大型の裁断機とスキャナーとPC、そして外付けの12TBディスクアレイが鎮座ましましている。

薄い本を物理のまま保有していると親や遊びにきた友人に見つかる危険があるため、即時に本を電子化しているのだ。

腐った友人と楽しく人生を斜め下につき進む日々。

そんな優雅な日々がいつまでも続くかと思われたが、紫色の日常の終焉は人の死と等しく平等にそして確実にやってくるのであった。

「うそ…白鳥さんなの?」

白鳥早苗はインナーイヤーヘッドホンを外すときについうっかりと引っ掛けて自分のマスクをハジキ飛ばしてしまった。

そしてサークルに居た同じ学校の女の子に顔を見られた。

白鳥早苗は学校の有名人である。正体なんかすぐにバレた。

彼女は「誰にも言わないから」と言ってくれたのだが、白鳥早苗は顔を真っ赤にして衝動に任せて逃げ帰ってしまった。

もう、あの楽しいサークルには戻れないと確信した。

嫌な思いをした。

それでもBLは大好きで、仲間を失っても個人の趣味として続けていくつもりだ。

だが、やはり人恋しいものなのだ。

そんなとき、心にぽっかりと仲間の形をした隙間ができているときに、なんとなく流して読んでいたウェブサイトで「カフェねこやしきにようこそ」なるゲームを見つけた。

猫カフェのゲームらしい。

気楽に遊べるゲームで、当たり障り無く傷ついた心を癒してくれそうだ。

ユーザーは6千人限定。

ゲームは前評判が高く倍率は100倍を越えると噂されている。

この抽選に受かったなら、どん底に落ちた自分の運勢を上向きに立て直せるのではないかと、そう思った。


私の名前は岡めぐみ。

これから少しの間、私の思い出話にお付き合い下さい。

前回、私が中学生になったところで話が終わりましたが、時間をちょっぴり戻して、中学生になる直前、私が強くなろうと決心したその瞬間のお話をさせてください。

圷家では霰ちゃんに対して先輩面をして姉貴風をビュービューと盛大に吹かせている私。

小学校では内気で、いつも誰かの後ろに隠れている私。

圷くんはそんな私の一種の内弁慶とも言うべき矮小さに対して何も言いはしない。

圷くんのお父さんとお母さんは圷家での私しか見ていないので、私が小学校でも活発な子供なのだと信じている。

霰ちゃんもそう…の筈。

私と霰ちゃんはもちろん圷くんも同じ小学校だが、3つ年下の霰ちゃんとは校舎が違うため登下校以外で顔を合わせることはない筈でした。

いいえ、登下校だって──彼女はいつもギリギリまで布団から出てこないので、時間に余裕を持って出かける圷くんにいつもおいていかれるし、帰りだって放浪癖が酷く校門を出たらいきなり明後日の方へ向かって走り出すので、寄り道をせずまっすぐに帰宅する圷くんと一緒になることはありません。

私は登下校時はいつも圷くんと一緒なので、結果的に霰ちゃんとは滅多に一緒になりません。私が圷家に入り浸っているとそのうちに霰ちゃんが帰って来て一緒に遊ぶのです。

しかしある日の昼休み、廊下をダッシュしてゆく霰ちゃんが半分開いた教室の入り口から見えた。

きっと圷くんに用事があるのでしょう。

私はいつもの様に元気のいい友達たちの中に音もなく埋もれております。

霰ちゃんはきっと私なんかには気付きもせずに、最大戦速で戻っていくのだろうと思ったのですが、驚いたことに私の教室の前で急ブレーキをかけて教室内に顔を突っ込んだのです。私を探しているはずです。

私は卑怯にも、とっさに椅子に座ったまま目を閉じて寝たふりをしてしまいました。

自分の本当の姿を知られたくなかったのです。

霰ちゃんは家に帰ったらきっとご両親に私のことを話すでしょう。

圷家の皆さんに私が二つの顔を使い分けている小賢しい子供だと思われたら、そのあとどの様に振る舞ったらいいのでしょう。

そう思って狸寝入りをしてしまったのです。最低です。

彼女が走り去った頃合いを見計らって、寝たふりの薄目をぱっちりと開きました。

友達たちが私の顔をニヤニヤと覗き込んでいます。

「なにめぐちゃん、嘘寝?」

「今の娘、めぐちゃんに用事あったしょ。」

私は一言も発せず、薄い作り笑い。それだけ。

私なんて、大っ嫌い。

両腕をぶんぶんと振り回して霰ちゃんを教室に招き入れて、彼女の肩を抱き、机の上にあぐらをかいて友達たちを紹介したかった。

元気いっぱいの霰ちゃんが大好き。

彼女の気っ風がよいお姉ちゃんでいたい。

大嫌いな自分を霰ちゃんのそばに置いておきたくない。

私は圷家に胸をはってお邪魔し続けるために”変わろう”と決心をしました。

「決心」というとちょっと語弊があるかもしれません。

それほど力んで一大決心をした分けではなく、もっと自然にそうするべきだ、それが自然なんだと思えたのです。

さて、前回6話で私は「父と君枝さんの家とは縁を切りたい。」という理由で強くなろうと思った──そう書きました。

でも、実は強くなりたい理由はそれ一つだけではなかったのです。

様々な感情があって、いろいろな思いがぶつかり合って…それで「強くなろう」なのです。

私は私のその心の葛藤を少しでも理解していただきたくて、二つ目の強くなりたい理由を書いたのです。

いずれにせよ私の弱さが積み重なっての「強くなろう」なのですが、意外にもそこから私が進むべき正しい道が見つかるのです。圷君に手を引かれて─


わ、私の名前は緑川るり子ともうします。

あの…私の思い出話にお付き合い頂けるとうれしいです。

その…すいません。

文化祭の3日前。

デスマーチは続くよどこまでも。

コンピューター研究会単独の企画である占いソフトは完成した様なのだが、生徒会との共同企画であるARアプリは…あと3日では絶対に完成しないことが確定した。

コンピューター研究会は生徒会に「お前たちがいつまでも決めることを決めず、あまつさえころころと仕様を変えるからだ。」と不満をいい─

生徒会はコンピューター研究会に「お前たちが無能だからだ。工程管理がなっていないからだ。」と文句をつける。

そんな醜い罵り合いを子守歌にして私は仮眠をとった。

1時間して起きると両者はまだいがみ合っている…不毛な。

このARアプリは今年の文化祭の目玉なのだそうだ。

生徒会が「どうにかせい」の一点張りで引かない。

私は朝ご飯にカップ麺を選び、恥ずかしがる様子を微塵も見せずにずるずると盛大に音を立ててすすった。

げっぷぐらい堂々と出きるようになった。

歯を磨くついでにシャワーをかりにいく。

そしてふと、鏡にうつる自分を見た。

ボサボサの髪に眠る寸前で固まったしまらない表情。

よれよれのジャージをだらしなく着ている。

バキン!

思わず鏡の中の自分を殴りつけた。

「はつつつつ。」

ガラス板は思いのほか頑丈で固かった。

私は、己れのそのデスマーチにやっつけられた姿が、この私…緑川るり子という女にあまりにも似合っていて…それを認めたくなくって思わず罪の無いガラス板に手を出した。

…いや、本当に…どうなんでしょう。

私がこのままプログラマーの道を選んだとしましょう。

するとですよ、今、鏡にうつっているこの姿が、間違いなく数年後の私その物なわけです。

悲惨ですよね?

でも…ですね。ある意味…ですね。

ここまでサマになっているとですね、私の天職なのではないかとですね、思えてきちゃう訳なのです。

私はシャワーを浴びた後、髪を丁寧にまとめよれよれのジャージは水泳部所有の洗濯機に放り込み、まだ一度も着ていない洗いたての匂いがする体操着に着替えた。

少しでも表情をシャキッとさせるために部室に何十本も並べてあった栄養ドリンクを2本飲み干した。

正直、エナジードリンクならまだしも栄養ドリンクをぐい呑みする女子高生ってどうなんだろうという戸惑いはありましたが。3秒くらいですが。

でもですね、私だってですね女の子なんですよ。

できることなら可愛く見られたいんです。

あの、ほんと、そういう気持ちって当然ですよね。女子として。

今にも閉じそうでいてぬすっとビミョーに開いている目とかですね、今にも鼾を発しそうな口の開き具合とかですねどうにかしたいのです。

部室に戻ると生徒会が他の部に声をかけてプログラムを書ける人材を調達してくると、そういう提案をしている。

プログラムの製造に関わった──ちょっとでも経験のある私には分かる─無意味だ。

そういった増員は一月前であれば有効だったでしょう。

でも残り3日、3日なのです。

どんなに有能なプログラマでもこの土壇場で突っ込まれても、仕様や状況を把握するだけで1~2日かかり~、開発環境のセットアップに半日かかり~、残った時間ではたいした活躍はできません。

逆に彼らの面倒を見るために、このプロジェクトのエースにしてポイントゲッター葵杏奈部長の時間がごっそりもっていかれるわけですね。

彼女の時間をあけるべきですよね?彼女が自分の仕事に専念できるようにするべきですよね?その方が仕事進みますよね?

なんで、そういう計算ができないのか?ブラックだなーもう。

心の底からそう思います─んじゃもー私しにそーなんで以下次号です。

…あ、ネタバレですが、この最悪の状況。実は次回、私のアイディアで収束いたします…アィディアってほど大したものではないですが。

終わらない仕事はない。ただ終わり方は仕事それぞれ…それが教訓です、うん。


【紳士同盟十戒】

その7:紳士たる者、己れを滅して主人を癒す努力をするものである。

俺たちに「次」はない。死ぬ気でお主人さまをゲームに繋ぎ止めましょうねという悲痛な背水の陣宣言です。


次回、第八話「表稼業と裏稼業」

ハッカーだけに裏稼業。

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