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Let's get it started

◆第十話:Let's get it started


警察によるピージーアップ社強制捜査の日程が決まった。

目的はもちろん、三浜四朗のPCの押収。

さて、ここで大きな問題がある。

警察が正規の手順を踏む以上、三浜四朗にはデータを抹消し、証拠を隠滅するチャンスがいくらでもあるのだ。

銀行の太田氏はある程度その問題について認識してくれている。

だから太田氏は五嶋警部に間違いなくその問題を伝えてくれているはずだ。

その証拠に警察の動きは極めて速かった。警察もデータを抹消される前に押収すべく動いてくれている。

でも実はそれでも全然遅いんだよね~(笑)。

” 太田氏はある程度”…そう、ある程度なんだよね~。いや、これは俺たちの都合なのだが…。

あんまり話すと俺たちが違法行為をしたってばれちゃうので、詳しく事細かに全部は───言えなかったんだよね。

ハードディスクはユーザーがファイルの削除を実行した直後ならば、まだファイルのデータは磁性面に残っていてですね、比較的容易に復旧可能なのですよ。

警察の連中はその手の技術はある。警察も馬鹿じゃないから、そこら辺は考えて行動をしている筈だ。

前回9話はちょっと文字の量が多かったので、この最終話の冒頭で説明させていただく。

実は三浜四朗のPCにはNullを複数回書き込んで、ファイルを磁性面から完全に削除する専用のプログラムがインストールされている。

前回9話の最後でたお先生がデータ保全用のマルウェアを作っていたが、あれは削除されるであろうファイルを別な磁性面にコピーするプログラムだ。

それによってファイルを削除されてしまった後、警察が専用のソフトなどでデータの復旧を試みたときに復旧可能なファイルとして一覧に表示される。

そのマルウェアは首尾よく三浜四朗のPCに感染させることができた。

さて、そこまで頑張れば後は警察におまかせでよろしいかというと、これがまたそういうわけにはいかない。

まだ物理的に破壊される可能性が残っている。

それが三浜四朗の最後の奥の手の筈。

前回9話でかのえ君と”ガチで物理”と話していたのはそう言う意味。

俺たちIT同好会の4名はそれを何としても防ぐ…例によってハッカーらしい非合法な手段で。

摩天楼の24階に三浜四朗の重役室がある。

先ずはビルのセキュリティーを突破してそこまでたどり着かなければならない。

第6話ではセミナーを利用したが、あの会議室は22階。

24階とはちょっと距離がある。

今回の作戦では使えない。

今回はネットワーク越しに三浜四朗のPCにアクセスできればよいという分けではない。

ガチで物理なのだ。

三浜四朗のPC現物まさにその物を確保しなければならない。

今回活躍するのはビルの見取り図。

ピージーアップ社のサーバーを攻略したときに入手済だ。

見取り図によると、地下駐車場のPS(上下水道管の配管スペース)からEV(エレベーター室)に抜けられるようなのだ。

これを利用させていただこう。

このビルでは貨物類の搬入搬出は人が乗るエレベーターと分けられており、この貨物専用エレベーターが地下からRF(屋上)までつながっている。

貨物用エレベーターの前には警備員室があり、常時不審者がいないか見張っている。

従って、俺たちは直接は貨物用のエレベーターを利用できない。

そこでPS。

警備員室からは死角になる駐車場側にPSのメンテナンスハッチがある。

貨物用のEVとPSは隣接しており、内部に壁は無いはず──つまり進入可能ってわけ。

ガイ・フォークスの面を被った俺たちは2本のバールを用いて4人でえいとこじり、無理やりPSのメンテナンス用のハッチをこじ開けた。

この時「バン」と大きな破裂音がして、警備員室の方から「だれだ!」と叫ぶ声が聞こえた。

「ヤバイ」

俺たちはバールを抱えてPSに飛び込んだ。

そしてEVの方へと狭い隙間を進み、エレベーターのカゴが降りてくるのを待つ。

走ってきた警備員は慎重にメンテナンス用ハッチの影に隠れて「誰かいるのか」と威嚇するように叫んだあと、何か自分の腰の辺りをキョロキョロと探して、それから走って去ってしまった。

警備員が何をしに戻ったのかよく判らないがふっと緊張が解ける。

今のうちにとんずらしたいのだが、カゴはまだこない。

1分もしなううちに警備員は戻ってきた。

やはり上手い話は無いものだ。

警備員め、どうやら懐中電灯を取りに行っていた様だ。

マグライトの強烈な閃光が少しずつ俺たちの居場所を削ってゆく。

カゴはまだこない。

いよいよ俺の顔が─いやガイ・フォークスの面がライトで照らし出されるかと思ったとき、警備員室の方から警備員を呼ぶ声がした。

どうやら警察が到着した様だ。

五嶋警部の捜査班の筈、そろそろ登場してもおかしくは無い頃合いだ。俺たちもその時間に合わせて行動を開始している。

カゴはまだこない。

警備員は「大変なんです。ハッチが破壊されているのです。」と必死に警察に訴えている。

ここでエレベーターのカゴが到着した。

エレベーターから降りる男が一人、乗り込む者はいない。

俺たちは天井の非常救出用ハッチからエレベーターのカゴに入り込んだ。

無論バールでこじ開けてだ。

警備員は俺たちが壊したハッチの前を動こうとせず、警察が来るのを待っている。

「あばよ…」

なんていらぬかっこうをつけようとするかのえ君の口を俺は抑えた。

本当ならば俺はさっちんの下のお口を抑えたいのだが………あるんですよ、乙男には夫を受け入れるためのお口がちゃんとっ!でないと子供作れねーだろーがっ!!俺の夢を壊すなよっ!たのむよっ!

さて、上昇してゆくエレベーターのカゴ。

24階でエレベーターを降りると廊下をふさぐ鉄扉がどんとあって、社員のICカードが無いと中に入れない仕組みになっている。

成程徹底して貨物用だ。

貨物の搬入出はここで社員の立会いが必要になるわけですね。

だが逆に幸いな事にこの閉じられた空間ならば怪しいことをし放題。

たお先生は担いできたバッグの中から開発用の非接触ICカードとタブレットPCを取り出した。

ICカードを鉄扉の横のリーダーにかざして待つこと数秒。

鉄扉の鍵がガチャリと開く。

たお先生はICカードを鉄扉の外側のリーダーに読ませてまた鉄扉を閉めてしまう。

これをもう3回繰り返す。

そのあとICカードライターを取り出して4人分のICカードを作り、俺たちに配った。

これで大手をふってビル内をうろつける。

たお先生は鉄扉の横のリーダーを解体しながら「ここで仕事をする」と俺たちに先を急ぐよう促した。

五嶋警部が到着したならば、そしてその目的を知ったならば三浜四朗がやることは一つ。

俺たちが三浜四朗の部屋にたどり着くまでの間、たお先生はこの場所からネットワーク越しに抵抗をするつもりなのだ。

「ではたお先生、無理はしないでくださいよ。」

彼が作ったICカードを使って鉄扉の向こうに進む3人。

たお先生は忙しく手を動かしながら、俺たちの背中を見送った。

俺は胸のポケットにしまってあるコンデジを確認する。今日はこれが俺の武器だ。

ガイ・フォークスの面を被った学ランの少年3人が絨毯敷きの廊下を走る。

服は私服やましてや学校の制服では足が付くため新しく学ランを購入した。

俺たちを見た社員は皆、風の様に彼らの横をかすめてゆく俺たちを目を丸くして見送る。

ほとんどが呆然と見送ることしかできないが、中には俺たちを呼び止めようとする者もいる。

しかし、俺たちが偽造ICカードを使って扉を開けて次の区画に進むと、喉元まで着ていた”何者だ”という言葉を再び飲み込んでしまうのだった。

ICカードにはそういう力がある。

「ICカード所持者=信頼できる者」という恒等式、ある意味セキュリティーホールだ。

俺のスマートフォンにたお先生からSMSがとんできた。

『急げ。』

警察は今まさにこの24階に向かってきている様だ。

たお先生はネットワーク越しにファイルが削除されてしまうのを防いでくれている筈。

三浜四朗は何度やってもファイルの削除に失敗することを不思議に思い、苛立っていることだろう。

切羽詰まった三浜四朗は物理的にPCを破壊しようとする、必ずだ。

「かのえ君、さっちん。急ぐぞ。」

二人の体力は並外れているので、ペースをあげて苦しいのはむしろ俺なのだが、今はそう言ってしまうしかない。

二人が限界まで速度を増すと俺はついに彼らについていけなくなった。

「先に行け!」

かすれたダミ声で俺は叫ぶ。

とはいえ彼の重役室まですぐそこの処まできており、二人が彼の部屋に入った瞬間を見れたし「だれだ!」と引きつり裏返った(おそらく三浜四朗の)声も聞けた。

俺は胸ポケットからコンデジを取り出し、動画のRECボタンを押して奴の部屋に入った。

「貴様等!何者だ!!」

白髪頭、痩せた長身。高そうな背広。

こいつが三浜四朗か。

彼のPCは高そうなウルトラブック。

今までデスクの上でモニタを開いていたのだが、俺たちに囲まれるやいなやパッと閉じて懐にかくしてしまった。

「何者だ!何が目的だ!」

ここで三浜四朗の内線電話に着信があった。

俺は手のひらを差し出して、彼に電話に出るように促した。

三浜四朗は俺たちに警戒しつつ内線電話に出る。

そして青ざめる。

「わかった。」

その様子から五嶋警部がすぐ近くまできていることがうかがい知れた。

「ちきしょう!」

三浜がウルトラブックを振り上げて、デスクの角にぶつけようとする。

さっちんが「ふっ」と奇妙な呼吸をして縮地術を使い、数歩必要な距離をたったの一歩で詰め寄った。

そのままウルトラブックに抱きつき三浜の動きを止める。

しかし三浜の火事場のクソ力か?さっちんが軽量級なこともあり、さっちんはデスクの反対側に放り飛ばされてしまった。

三浜は向きをかえて外壁側の柱に向かってウルトラブックを投げつけようとしている。

今のリミッターの外れた三浜のパワーならば、ウルトラブックを粉砕出来そうだ。

あたりどころが悪ければストレージは深刻なダメージを受けて、データは永遠に失われるだろう。

しかし、すでにかのえ君が走り、回り込んでいる。

ウルトラブックは三浜の手を離れ空中。

ビュンと横切る一瞬。

飛びついたかのえ君の指先が引っかかり、指二本で辛うじてウルトラブックを捕まえた。

かのえ君はそのままガンと分厚い窓ガラスに激突。

これが柔道の達人の神業で、床ならぬ垂直のガラス窓に対して受身をとり、自分とウルトラブックを衝撃から守った。

ここで警察が到着。

ガイ・フォークスの面を被った学ランが3人。

異常な状況は見慣れているはずの警察官も流石に面食らっている。

かのえ君はウルトラブックを、俺はコンデジから取り出したSDカードを警察官に放り投げた。

今回の場合、SDカードに収めた映像が無いとウルトラブック内のデータの証拠能力がなくなる可能性がある。

俺たちは不法侵入者だが三浜四朗のPCには何もしていない───それを証明しなければならないと俺は思った。

三浜四朗のPCにある彼の犯罪を証明するデータは、三浜四朗本人由来のものである、ガイ・フォークスのいたずらではないと。

面食らったとはいえ警察官は俺たちを取り押さえようと、既に手を伸ばしてきている。

あっという間に逃げ道は警察官の壁で塞がれた。

ここで勇ましく前に出たのはかのえ君とさっちん。

二人が警察を蹴散らして俺が逃げるための道を作ってくれた。

俺が捕まれば芋づる式に他の3人も捕まる。

愛するさっちんを守るために、格闘技の心得のない俺は只逃げ切らなければいけない。

十人近く立ちふさがって居た警察官を俺が突破したのを確認して、かのえ君とさっちんが逃げ手に転じて俺の後ろに続く。

必死過ぎて真っ白になった俺の頭と視界。

ふと前を見ると”五嶋警部”。

まずい。

足を緩めれば後ろの警察官に追いつかれる。

とはいえかのえ君とさっちんが後方にいるこのまま俺を先頭に突っ込めば、俺が五嶋警部に捕まる。

全くそうなのだが、無茶だろうがもうやるしかない。

五嶋警部はもう目の前に迫っている、俺に選択肢は無い。

結果は分かり切っているが奇跡を信じて、五嶋警部と格闘技ド素人の俺がやりあうしかない。

俺は覚悟を決めて拳を握り締め、五嶋警部を殴りつけた。

意外なことにその拳は、まるで警部の方から当たりにきてくれている様に、五嶋警部の顔に吸い込まれていった。

「え?」

俺の拳が顔面に当たる瞬間、警部は確かに「お疲れさん」とつぶやいた。

追ってきていた警察官は五嶋警部が床に倒れたのに驚いて、一瞬全員の足が止まった。

その隙に俺たちは次の区画に進んで警察を振り切った。

たお先生にSMSで『撤収』と伝える。

俺たちは避難階段を使って2階まで行き、トイレの横にあるゴミ集積所にガイ・フォークスの面を放り込んで、後は偽造ICカードで悠々とセキュリティーゲートを抜けた。

駅の方へ走り、たまたま停留所に止まっていた走り出す寸前の何処行きかもわからないバスに飛び乗る。

そしてそのまま終点まで。

今まで一度も来たことが無い駅だった。

走りっぱなしで喉はカラカラ。

ファミレスに入りドリンクバーを注文「やったな」と乾杯をした。

その後、五嶋警部と銀行マン太田氏の活躍で属室長(さっちんのお父様)の会社の情報漏洩事件も解決したのだが、ことはそれほど簡単ではない。

なんでも任命責任と言うのがあり、真犯人がいるにもかかわらず属室長はやはり責任をとらざるを得なくなった。

大人の世界は複雑だ。

属室長自身は既に腹をくくっていたそうなのだが、属室長の上司である部長まで巻き添えにしてしまったそうで、属室長はそれを酷く悔やんでいたらしい。

部長は出来た方で退職を迫られたにもかかわらず「こんな事故もある」と属室長を慰めてくれたそうだ。

属室長はそれがまた悔しくて申し訳なくてどうしようもなかったのだと言う。

さっちんの一家は社宅を出ることになり、属一家はさっちんのお父様の次の勤め先の近くに引っ越して行った。

これが理由でさっちんだけ他のIT同好会の3人と家が離れてしまった訳だ。

しかし両親と中学校とで相談して、転校はせずに引き続き同じ俺たちの中学に通いつづけることが決まった。

俺はさっちんの身体にはまだ何もできていないので、本当にうれしかった。

俺はさっちんのかわいらしさの秘密を全身くまなく調べ尽くすまで絶対に離ればなれになりたく無いと考えている。

ここまでが俺たちが中学2年生の夏に起こった一連の事件のお話である。

終了。


最後に俺たちが高校入学と同時にリリースしたスマートフォン用のゲーム「カフェねこやしきにようこそ」のお話を少しだけさせていただきたい。

話はすぐに終わりますので。

季節は進んで、中学2年生のクリスマス。

リヤ充どもを横目に残念な会話をする俺達。

「なぁ圷。」

「なんだいかのえ君。」

「俺たち、神に反逆するんだったよな?」

「え?あ!あ~ぁ。」

忘れていた。そうでした。俺的にはもう本気で全力でどうでもいいのだがな、IT同好会を立ち上げるために言いましたわ。建前上の大義名分を。

「もう俺たち3年生になるぜ。受験だぜ。なにする時間もなくなるぜ。」

うん、そうだね”メイクセンス!”なんちゃって。

「うーん、じゃあ…これでいーんじゃね。」

俺がサーバーのフォルダの奥から引っ張り出したもの、それはスマートフォン用のゲームのプロトタイプであった。

たお先生の音声合成能力、かのえ君のデジタル静画生成能力、そしてさっちんの何故ワープロを用いないのか謎過ぎるタイピングスキル。

そのポテンシャルをはかるべく、なーんとなくノリと勢いでね、何か作りましたわ。ええ、ゲームを。

「このプロトタイプをブラッシュアップする方法ならば少しの労力で…おそらく3年生になる前にいい感じに仕上がるよね?」

「なにそのやっつけ。」

「これ’猫カフェ’のゲームだぜ?ありなんか?うけるの?流行るの?」

「ん?んーん、ぜんぜんありじゃねーの。」軽いな俺。

俺はその場を誤魔化してやり過ごせればそれでよかった。

しかしこれがなんと、流石俺たち超絶ハッカー集団。猫カフェなんてインパクトのかけらもない題材から、癒されるは止められないはとまらないは中毒性の高い反則的なゲームを完成させてしまった。

ティザーサイトを立ち上げ、少しずつ情報を公開してゆくと口コミで評判となり、問い合わせのメールが殺到。

PVを公開すると人気は爆発。

俺たちはサーバーの能力から6千人というユーザー数の上限を儲けざるを得なくなり、急ぎ抽選会の準備と公示をせざるを得なくなった。

季節はさらにビュンと進んで俺たちも高校生、いよいよ俺たちのゲーム「カフェねこやしきにようこそ」をリリースする日がやってきた。

ここでかのえ君が「なぁ、俺たちのゲームの仕組みってさ、ほぼ犯罪じゃね?」と俺に問いただす。

「…………………」いーまーさーらー。

ええい、言ってはならぬことを。みんなあえてそこには触れずにいたのに。

犯罪…たしかにね、フロントカメラの映像とか本人の許可無しに収集しちゃってるしね。

「なぁ、俺たち…神が定めた運命には勝てるかもしれないが、人が定めた法には屈するのではないか?ぶっちゃけ逮捕されね?実装した色々な機能がまんまイリーガルだよね?」

ながい、ながーい沈黙のあと俺の高笑いが理科室に響き渡る。

「何を行っているんだいかのえ君。僕達は紳士だよ。」

「え?紳士?つかなにそのしゃべり方。」

「僕達は紳士同盟を結成し、しかるべき戒律を定めてそのうえで神への反逆という大義を成すのですよ。」

「だからなんだよそのしゃべり方。」

ここでさっちんが「僕は圷くんの意見を全面的に指示するものであります。」と俺の無理やりなつじつま合わせに賛同した。

ああ、愛しているよマイスイートハート。君は僕のものだ。

たお先生も俺の隣に立つ。

どうやら俺の言わんとしていることを判ってくれた様だ。

もう俺たちは、事ここに至っては、そう考えるしかないんですよ。

そうですよ、人間は自分を騙すことが出来るのです。

黒いものを白く見ることが出来るのです。

俺たちにとってカラスは基本白い、黒じゃない、それが真でもよろしいのです。

俺たちが自分を騙す理、それが紳士という概念。

俺たちは「猫屋敷紳士同盟」を結成し、日常的に紳士然としてふるまい口調もかえ、俺たちのアレな行動のすべてを肯定してしまった。

当然の様に紳士同盟の主席をおうせつかった俺の第一声───「Let's get it started」。

さぁ、始めよう。


私の名前は岡めぐみ。

これから少しの間、私の思い出話にお付き合い下さい。

………と、いいますか今回で最後ですね。

お付き合いくださった皆様、本当にありがとうございました。

「あ、いたいた。番長ーっ。」

……………………………

中学2年生になって学級委員になって半年経って、私は”番長”と呼ばれている。

「ねぇ、その呼び方やめない?」

私を追ってきた二人の女の子はポカンと顔を見合わせて、そしてクスクスと笑った。

「だってぇ、ねぇ?」

「可憐な女子中学生に向かって”番長”とわどういう了見なんよ。」

「可憐ww」

「かれ…んww」

「草生やす所じゃないから。」

「だって、不良っぽいコたちも黙らせちゃってるし、変な話し男より便りになるし。」

「そ…それは。」

「ほんと、めぐちゃん…いやめぐ様、一部の女子に大人気。」

「めぐ様やめい!」

なにそれ、私今何処に立っているの?宝塚劇場の銀橋?

えーっ、ヤダー、ちょっと趣味じゃないー。

私は強くなるために人の3倍は勉強を頑張っている。でも、田中学年主任が主催する特別強化プログラムに私は選ばれなかった。

悲しい事実なのですが、私がどれだけ命を削って頑張っても、圷くんたち天才の足元にも及ばない。

私の成績は悪くない、むしろ良い方だが、頂点に君臨する圷くんたちには大きく水をあけられている。

私は圷くんに「あんたどの高校を受けるの?」と聞いた。

「開天。」

うわ、偏差値がどんだけあっても足らないような超難関校。

でも私は蛮勇をふるって空意地張って「じゃあ私もそこ受ける」と言い放った。

なんでそんなこと言ったのか私にも理由は解らない…もう言っちゃったから後戻りできないけど。

「そうですか」とそっけない圷くんになぜかこっぱずかしくなってしまい、私は苦し紛れの言い訳をします。

「だ、ダメなのはわかってるわよ、私なんか無理だって。でも、結果はわかっていても、挑戦したいのっ。」

圷くんは涼しい笑顔で微笑んでいる。

私も担任の先生も私の両親も、そして圷くんも、私が開天に合格するだなんて夢にも思っていなかった。

開天は記念受験で、私の本命は東松坂だった。

しかし、なんというびっくり、一生に一度の奇跡、私は開天に合格をしてしまった。

正直言って入学したとして、私が開天の勉強についていけるなんて思えない。

東松坂も受かっているので先生とも話して東松坂に進学するつもりだった。

でも、こうも思ったのです。

私と圷くんは小学生の時からずっと一緒でした。

それはもう膿んで腐臭を放つほどの腐れ縁です。

それには実はなにか意味があるのではないでしょうか?

そう、思って…「私、開天に行きます。」

それを聞いた先生はにわかにおろおろとして「大丈夫なのか」と何度も私に問いただします。

「普通に考えれば落ちこぼれるでしょう。でも、私には心の支えがいて、それで、頑張れてしまいそうな気がするのです。と、言っても結局は根拠の無い強がりですが。」

私はこれで十年以上、圷くんと一緒な訳だ。

恋人でも何でもない、ただのお隣さんなのにだ。

私と圷くん、不思議な関係だ。


わ、私の名前は緑川るり子ともうします。

あの…私の思い出話にお付き合い頂けるとうれしいです。

………と、いいますか今回で最後ですね。

お付き合いくださった皆様、本当にありがとうございました。

その…すいません。

専門学校時代。

優子ちゃんというお友達も出来、勉強も頑張り、とても充実し、これ以上無い時間を過ごせたと思います。

そして瞬く間に時は過ぎて、今まさに就活開始なのであります。

今晩は優子ちゃんと二人でタイ料理屋。お酒もちょっと入ってます。

「ねぇ、優ちゃんは将来、どう考えてるの?」

「私はUCSK一択です。」

その鼻息の荒いどや顔に一瞬ポカンとする私。

「うんと…えっと、で─」

「で?」

「何やりたいの?」

「何って?」

「うんとぉ、スタンドアロンアプリ?WEBアプリ?組み込み系?ドライバー?ゲーム?OS?…ってかんじ?」

なんか3話あたりで私、誰かに同じ質問された気がするです。

優子ちゃんは全然要領を得ずに首を傾げております。

それはもう不思議そうにデス。

え?ええっ?わ、私が変な事を言ったのでしょうか?

「私の仕事なんて、入社した後会社が決めるんでしょう?」

がちょーん。

いや、すばらしく日本人らしいです。

「そ、そういう…ものなの?かしら。」

優子ちゃんはケラケラ笑っている。

「そうよう。なるべく大きな船に乗ってー、世間の荒波なんかものともせずに社会人やってぇー、結婚してさー。あ、でも今時の旦那さんの収入だと専業主婦は無いかも?朝10時から午後4時とか奥さんも仕事してさ、ちょっと頑張って貯金しなくちゃ…ね?」

おおう。

なんたるすんばらしぃレールの上。

私にも見えます。

引退するまでの安全で安泰で幸福な人生が、瞬時にすばーっと目の前に広がるのです。

国の借金と安全は売るほどある日本国において、それは極めて真っ当で、大正解大成功の人生なのかもしれません。

「そ、そうね。うんっ!」

「るりちゃんもUCSK狙おうよう。」

「か、考えておく…っぽい?」

「ぽい?まぁいいわぁ。今日はもうちょっと飲みましょう。」

「それは賛成であります。」

追加の注文をしているとき、私のスマートフォンがぶるんとふるえた。

メールが来た様です。

”おめでとうございます!あなたはゲーム「カフェねこやしきにようこそ」の抽選に当選致しました。”

「お、」

”下記のリンクからユーザー登録をしてください。”

「うぉ、」

”ユーザーIDはメールアドレスをお使いください。”

「ほーーっ、」

”初期パスワードは「xB5#@hjP」です。”

優子ちゃんがむにゃむにゃと奇声を漏らす私に「どうしたの?」と声をかけます。

スマフォを持つ私の手は情けなくガタガタとふるえております。

「優ちゃん。私、UCSKだめかも。」

「なんで?」

「たった今、運を使いきっちゃった。倍率100倍以上の抽選、とおっちゃつだぁ。」

これが私と「カフェねこやしきにようこそ」の馴れ初めです。

私は専門学校でけっこう真面目に勉強をしていたものですから、そのゲームの作りのよさとか作り手の技術力の高さが理解出来た…とか、ちょっと偉そうですが。

そしてゲームにどっぷりとはまり、憧れ、私もこのゲームに関わりたいと夢を抱き──ついに運命といってしまっていいでしょう、その求人広告を見まして、はひ。

私は日本人らしい安定した将来を捨て、圷くんたちと荒れ狂う海に小さなボートで漕ぎ出す道を選んだのです。


【紳士同盟十戒】

その10:紳士たる者、志を同じくする者を支えるものである。

紳士同盟十戒には紳士同盟の特定の誰かを牽制するようなギスギスした戒律もありました。

ですので最後は美しく爽やかに締めくくりたいと考えたのです。

4人力を合わせて頑張ろうと。

ああ、なんていい話。

俺は力ではなくさっちんと身体を合わせたい…嫌がるのを力ずくならいいな…


このお話は”猫屋敷紳士同盟”に続きます。

最後まで読んでくださった方、有難うございました。

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