ギルド
数匹のモンスターを倒しながら道を進み、結局10日ほどかけてたどり着いた街はやっぱり立派な城壁で囲われていた。
大きな湖が近いためか、立派な掘りまである。
おっ、魚も泳いでるな。
釣りをしている人は見かけないので禁止されてるのかも知れないが。
レイシャードの都はこのあたりでは王都よりも栄えてると言われてる。
理由は簡単で、領主さんが立派な人だから。
何代か前の王様の妹が侯爵家に嫁いだ時に王領の一部を持参金代わりに与えられたのを、そのまま立派に経営して繁栄させてるようだ。
水源が近いというのも大きいのだろうが、税金が安く治安もいいので商売も盛んになるし人々も安心して暮らせるというわけだ。
ほかにも公共事業として病院を作ったり作物の改良なんかも研究してそっちもそれなりの成果が出てるらしい。
人が集まれば塀で囲まれた都市だ。人口が増えすぎてやばいんじゃないかとも思ったが未開拓地域も多いから都での暮らしに馴染めなかったり食い詰めたりした人間はそっちでがんばったり、故郷へ帰ることになるらしい。
裏通りで細々暮らす人間はどうしても出てくるが、治安がいいのでスラムとまではなってないようだ。
しばらくここを拠点に暮らそうと決めたのは正解だったな!
ここの門番もやっぱり二人。あとは詰め所らしいところに数名。
これまでと比べたら格段に人が来るとはいえ、一日中ひっきりなしというわけではないから妥当な線だろう。
装備も皮っぽい軽装の割に丈夫そうで立派な装いだ。武器は槍。
「通行証は?」
持ってないよ…。要るって聞かなかったのになぁ。
久しぶりに屋根のあるところで休めるかと思ったのにこのまま草原に逆戻りは辛いな。
どこかの農村で働くしかないのか?
「ないです」
「心配しなくてもなくても入れるぞ? 持ってないやつの方が多いくらいだ。ただ探求者ギルドの人間やらだと通行税が無料になったり安くなるだけだ。で、500ルト払えるか?」
よっぽど俺の落胆っぷりが哀れだったのか説明してくれた。
通行証なしで500……王都より高いな。それだけ賑わってるのか?
「ありがとうございます。払えます」
安くとはいえ肉を売っておいてよかった。残金が300ルトを切ったが何とか入れそうだ。
都に入ったらまっすぐ探求者ギルドを目指そう。
今夜の宿くらいなら何とかなるだろうが、かなり心細い。
「そうか。よし、入っていいぞ」
やっと逃げ隠れせずに暮らせる場所にたどり着いた。
長かった……。
感慨に耽ってると後ろから声がかかる。門番さんだ。
「行くところがないなら役場に行くといい。西の方で城壁を拡張してるから働き手を集めてるぞ」
親切なんだろうが、そんなに貧しそうに見えるのか。見えるんだろうな……。
「ありがとう。でも探求者になろうと思ってるんだ」
探求者ってのは獣の素材を探したり薬草とか野草とかいろいろ探してくるところからつけられた名称らしい。
冒険者でよくないか?と思ったのだが、冒険なんてろくでもない。あくまで生きるための仕事であって危険を冒すべきではないって意味合いで探求者と呼ばれてるらしい。でも今では護衛とかモンスター退治とかもやってるので俺のイメージ的には冒険者っぽいんだが。
まぁ、俺のイメージはともかく。狩ってきた肉とか牙とかを売るのはそこが一番いいだろう。ポーションとかも売れそうだし。
「探求者!? いくら若いとはいえ……人生堅実に生きるのが一番だぞ? 悪いことは言わない、命が惜しいならやめとけ」
装備とか見ていってるのだろうか。それともそんなに軟弱そうに見えるのか?
会う人会う人にこんな反応されると自分の選択にだんだん自信がなくなってくるな。
「無理そうならやめときますが、一応狩っていた肉とかあるので」
「そうか、それなら自分の選んだ道だ、がんばれよ!」
哀れむような視線が痛い。
詰め所の中の門番さんは力人っぽい筋骨隆々とした人が多かったからなー…。
いかにもか弱そうに見えるのかもしれない。
金が貯まったら装備を調えよう。そうすれば多少は見れるようになるはず。
通りがかりの人に聞いた看板を頼りに探求者ギルドにたどり着いた。
とはいっても門から続く大通りをまっすぐ歩いて街の中央の露天が並ぶ広場の一角にあるのでよほどのことがない限り迷う人はいないだろう。
石造りの重厚な意匠の建物だ。石の家は木製に比べて圧迫感があるよな。
この街は煉瓦作りの家が多いので余計に目立っている。
ちなみに看板は簡略化されたモンスターの意匠。武器屋は剣、防具屋が鎧の絵だった。分かりやすい。
ギルドの中は、まるで役所のようだった。
広い店内には椅子が並び、カウンターがいくつかある。左から買い取りに受付、売店か。
壁には紙が貼られておりその前で話し合うグループもいくつかある。
受付で登録するのだろう。早速向かう。
間違いなものを見るようにじろじろ見られてて居心地が悪い。
俺より華奢な人が数名いるが魔人だろう。
筋骨隆々とした人や毛皮のある人、鱗のある人や翼のある人もいる。人間とあまり姿が違わないのは筋骨隆々とした人か華奢な人しかいない。力か魔などなにかに特化した方が中庸より強いということだろうか。
魔人って鍛えても筋肉つかないのかな?
悪目立ちしないように’一人で旅するうちに筋肉のついた魔人’ってことにしたいんだけどなー。
筋肉がついた、といっても肉体労働の多いこの世界では俺程度なら華奢な方に入ってしまう。
魔人に比べればマシだが、人間一般の中でさえもっと鍛えろって部類に入る。
まぁ、レンの身体が弱かったせいもあるのだろうが。
「すみません、ギルドに登録できますか?」
受付のお姉さんは結構美人だった。
二十代前半かな? 藍色の髪に茶色っぽい目をしている。
俺は髪をずっと染め続けるのも何なので数日前から黒に戻してある。
この世界は髪とか目が色とりどりで面白い。
茶色が一番多いが黒や金、果ては青とか緑。ピンクと何でもありだった。
覚えやすくていいと思ったのは秘密だ。
外国人の顔って覚えにくいんだよ……。映画とか見てても主人公レベルしか覚えられなくっていきなり活躍して死ぬ脇役とかに混乱したことがある人は多いはずっ。
おまえさっき死んでなかったか?とかね。犯人がいきなり仲間になったように錯覚したときは映画はレンタルして家でみることに決めたくらいだ。
そんな俺でも藍色の受付さんなら覚えられそうな気がする、髪色のレア的に。
「……はい。登録料に500ルト頂きますがよろしいですか? 登録されますとギルド員の印に腕輪が配布されます。身分証明と通行証になりますのでなくさないように気をつけてください。再配布にも500ルトかかります。こちらは一年ごとに変更されます。次の変更は半年後で変更月より一月で現在のものは使えなくなりますので、その前に交換をお願いします。手数料は300ルトになります」
一気に説明してくれたが、金が足りない。現在の所持金は276ルト。これだけあれば数日は暮らせると思ったのに。
「すみません、先に肉とか牙を換金出来ますか?」
荷物は城門が見える前に出しておいたので怪しまれないだろう。
重い思いをしたが、正解だった。
「はい。換金でしたら買い取り窓口にどうぞ」
にこりともしない受付のお姉さん。愛想はないが、呆れた顔もしないのでいいとしよう。
「じゃあ、先に換金してきます」
買い取り窓口に並ぶ。最初からこっちに並ぶべきだったんだな。余計な恥をかいてしまった。
「兄ちゃん、人間か?」
前に並んでた人が振り返る。俺より頭2つはでかい。力人だろうか?
「ああ」
魔人に筋肉がつくかがまだ分ってないので素直に頷いてしまう。これで誤魔化せなくなってしまったが……諦めるか。
嘘で塗り固めてもばれたときのリスクが怖い。
「珍しいな。人間なんて腕の一本でもなくしたら取り返しがつかないだろうに」
「いや、再生するのは力人くらいだろ?」
魔人とか翼人も再生能力はない、はず。あったらさすがに人間不利すぎだろう。
「そうだな!」
笑われてしまった。
「だが空も飛べない、身体は弱いし魔法もろくに使えない。それで探求者になろうなって物好きは滅多にいねぇよ」
なるほど。それもそうか?
「魔人ほどじゃないけど、俺は魔法も得意なんだよ」
魔人にも勝てると思うが謙遜しておこう。嘘じゃないぞ、ただの謙遜だ。謙遜は日本人の美徳なんだ。
「へぇ。魔人もあんまり探求者にはならないからなぁ。なんかあったら頼むぜ」
あの華奢な人間に長旅は酷だろうな。
「おう。俺は隼人。あんたは?」
名字は貴族くらいしか持ってないので名前だけ名乗る。やっと本名が名乗れてちょっと嬉しい。
「俺はゲイル。よろしくな」
ゲイルの番が来て彼の売り物が見えたが、肉とか牙で俺と似たような感じだった。
実力は分らないがまだ駆け出しっぽいし仲良くできるといいな。
「アルゴルゥグの肉が4キロ、牙が2組、角が2本ですね。ジグルは肉が3キロ、皮が3枚、爪が6本。合計で9100ルトになります」
おー、なかなかの大金だ。アルゴルゥグは強い分高く売れるな。
ジグルってのは大型犬並みのサイズですばしっこかったが魔法で頭を狙えば、サイズがサイズなので倒しやすかった。
アルゴルゥグは頭を狙っても魔法の火力次第では怪我ですんでしまう分、手強い。火力を上げすぎると全身潰れるし。あれはなかなかスプラッタな光景だった。
皮が一番高く売れるのに一回もまともな状態で倒せなかったのでとれなかった。ジグルも角がとれなかったんだけど。
火力の調節も身につけないと。うっかりこんがり焼いた肉が大量にしまってある。煮込みよりは落ちるがそれなりに美味いので道中の食料として重宝したが。
登録の続きは簡単で、あとは死んだり怪我をしても自己責任。一応提携病院は多少安くしてもらえるってことや依頼を受けるときは依頼主のところに壁の張り紙を剥がして持っていき、交渉するようにいわれた。大体保証金を払って依頼を受けるようになるが失敗したら保証金は返ってこない。騙されても自己責任。そんな話を聞いた。
自己責任ばっかりだな。ギルドの役割ってのは売買の中継と依頼の提示が主らしい。売買の手数料、あとは武器防具店と病院とかのマージンで儲けてるようだ。
無事に登録が済んだので紹介された宿屋に向かう。こっちも提携店なのだろう。
ちょっとサービスして貰えるらしい。食事が美味いといいんだが。
それにしても、ポーションなんかはどこで売るべきだ?
ギルドが思った以上にただの中継点っぽかったので困ってしまう。
一応売り場もあったが食料や消耗品以外は普通の店で買う方が安くて確実とかで閑古鳥が鳴いてたもんなぁ。
自作の見慣れない薬なんかは買い取ってくれそうには見えなかった。
ここは冒険者が集まりそうな宿で怪我人に直接売るべきか?
で、効果が実証されてほしがる人が増えたらギルドにまとめて売る。
需要があれば売れるだろうし、なければ他のものを作ればいい。
幸い懐に余裕も出来たしいろいろ作ってみよう。
ちょっと間が開いてしまいました。