世界
出来れば平穏無事に村まで行きたかったのだが。
収入になりそうなものが今のところモンスターしかないので獲物の姿を求めて街道を離れた。
生き物を殺すのは微妙に抵抗があるのだが。
だが、この世界でモンスターと呼ばれる存在は雑食で当然人を襲う。
農作物が狙われることも多く、その上繁殖しすぎればあっという間に飢えて群れを成して襲ってくるので可能な限り数を減らしておきたい存在らしい。
そしてその肉は食べられるし、皮や牙などは資源として有効活用される。
自分が生きるために、狩る。もし力及ばなければ彼らが生きるために狩られる。
そう考えて、俺は生きたいから狩ることを選んだ。
でもいくら魔法が使えるとはいえ、武器は大きめのナイフがひとつ。
かなり怖いが……この世界で生きるためにがんばるしかないか。
つい一週間前まで、おかしな夢を見るだけの普通の高校生だったのが嘘のようだ。
今は、こうしてワゴン車より大きなミニ恐竜みたいな存在と向き合っているのだから。
はじめてみるタイプだよな? サイズ的に今で見かけなかったのが不思議なくらいでかい。
覚悟は決めてたはずなのだが、走って逃げたい。
そういえば来週発売予定だった新作のスニーカー、買えなかったな。そのためにバイト代貯めてたんだが。
部活で使おうと思ってたんだよなー。走りやすそうで、期待してたのに。
あまりのサイズにうっかり現実逃避してしまった。
その間にももちろん近づいてるわけで。あと50mか? 俺でも7秒かからない距離だ。
やばっ。
「止まれ、止まれっ。えーっと、そうだ! 落とし穴っ」
ぎりぎりで魔法を使って10mほど前に落とし穴を作るのに成功した。見事に落ちたが、墜落死する深さじゃなかったので元気に暴れている。
地震のように地面が揺れていて結構怖い。
力尽きるのを待ってたら数日くらいかかりそうだな。とどめを刺すべきか。
「氷の槍」
氷の槍が降ってくるのを想像する。落とし穴めがけてゲームとかであるような装飾過多の槍が数十本降り注いでいった。
やばい、攻撃魔法が使いやすすぎる。
結構ゲームとか好きだったんだよなー。漫画とかも読むが。
魔法攻撃のシーンを思い浮かべればいいだけなので簡単に使えてしまう。
ゲームの呪文でも発動しそうだが……誰も分らないだろうが、真顔でゲームの呪文を唱えるのはちょっと恥ずかしいか。
詠唱の長いやつも多かったし、効果を一言で言って想像するってのが一番楽か?
うん、それで行こう。
すっかり静まりかえった落とし穴をそろそろと覗いてみる。
………。
穴だらけの肉塊があった。
………なんか、いろいろとごめんなさい。
アルゴルゥグの皮は高く売れるが、この惨状では無理だろう。
他の部位だと角と牙。あと肉が売れるから解体しないといけない。ナイフひとつで解体出来るかどうか。
本当にいろいろ甘く見てたなぁ……。
魔法と浮かばせて落とし穴から地面にとりだし解体をはじめる。
関節の継ぎ目にナイフを押し込み、てこの原理で外す。
そうやっていくつかのブロックに分けたあと、皮を剥いで。
そうやって肉屋で売ってそうな肉にしていく。もちろん血抜きも行いつつ。
肉の値段だけで言えば草原に住む中ではオルグが一番なんだが、アルゴルゥグもそれなりだ。
一キロで500ルトにはなる。きっとさぞかし美味いのだろう。
今夜はステーキだな!
ちなみに解体に使ったナイフはかなり痛んでしまった。血と脂で切れなくなるって本当なんだな。骨に当たって欠けたりもしたし。
研ぎ石なんて持ってないしダメ元で魔法を使ってみる。何とかならないかな?
錬金術っぽく元の状態に復元するのをイメージしたら案外簡単に直った。
さすが魔法。何でもありだ。
試しに剣サイズまで大きくしてみたがどう見ても足りない素材分は魔力で補うことになるようだ。
結構疲れた。そして金属だけに重かったので結局ナイフサイズに戻すことになった。
無駄なことをやってしまった……。
でも今まで剣なんて使ったことがないのにいきなり使えるはずがないし、ただ重いだけの荷物を持って歩くのは馬鹿らしいしなあ。
これからの予定に護身程度にでも剣を習うのを入れておいた方がいいかもしれない。
のんきに過ごしてたのもつかの間。
夜になって食事の用意をしてて気がついた。
アルゴルゥグの肉は煮込むと美味しいのを思い出したのでしっかり用意してた鍋で煮込んでいたのだが。
……なぜ、そんなことを知っていたのだろう?
レンの夢ではこんな野趣溢れる生活はなかった。
だが、肉の解体方法から換金出来る部位まで、意識しなくても知っていた。
煮込むのに使える野草まで。
俺は、それをなぜ知っている?
オルグなんて見たことも聞いたこともないはずなのに、姿を思い浮かべることが出来る。
なぜ?
いくら考えても分らない。
他に知らないはずのことを知っていないか、それさえ分らない。
気持ち悪い。
自分がまるで自分でなくなったようだ。
小さく、小さく。うずくまり、丸くなる。
身を守るように。自分を抱きしめるように。
夢を、見た。
青と緑の美しい星。
世界は人を愛し、人も世界を愛している。
愛する世界が愛する、他の人も。
大切な人の、これまた大切な人だから。
死してのち、人は世界と同化して安らぎ眠る。
それは世界中の人々に同等に与えられる愛情。
人は、世界になる。
弟 も。
世界と、弟 。
俺との繋がりは世界と融け合い。
俺は、世界を知る。
目が覚めて、最初にレンが幸せそうでよかった、と。
眠る前までの混乱と恐慌はすっかり収まってのんきにそんなことを思った。
そして次に。
せっかくの鍋が焦げてたのがショックだった。
昨日あんなにがんばったのに!
一口も食べてなくって腹ぺこなのに。
美味いと評判の肉煮込みは焦げ焦げに……。
火事になる前に薪が燃え尽きたのはよかったのかも知れないが。
保存食はまずいんだ。ぱっさぱっさで煙の味しかしない。
塩漬けとか高いんだよ。俺の握り拳くらいの岩塩が500ルトっておかしいだろ。
500ルト。日本円にしてなんと5万円。どんな高級塩だ。
それで最低ランクとかね、嘘だろ? 香辛料は意外と充実してるのに塩の精製が難しくて岩塩はとれる地域が少ないせいで高いらしい。
うん、「らしい」だ。
謎の知識は世界の情報だったが、一介の人間が世界の情報全部享受とかは無理だ。パンクしてしまう。
一部分や必要な部分を薄く広く貰えるのでかなり便利だが、同時に世界の願いも知ってしまった。
無視しようと思えば出来るが……。
自分や弟を愛し、慈しんでくれる存在の願い事を無視し続けることが出来るような人間にはなりたくない。
出来ることなら叶えたいと思うのが普通だろう。
今すぐには無理だろうが、将来の目標に据えていこう。
そのためにも知識があるに越したことはないし。よかった……はず。
何となく、魔力と知識の他に寿命とかも共有された気がしなくもないんだが……気のせいだよな?
魔力チートと知識チート。ついでに不老不死フラグです。
最強チートという言葉に恥じないよういろいろ詰め込んでいます。
でも対人関係が可哀想な子ですね。
今回はモンスターの部位換金表を作ってました。使ってませんが。
使う日が来るのかも謎です。