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演技


目の前で泣き崩れる女。

中年というにはやや若いか?

「ずっと、探していたのです……」

優しい声で、そう訴え俺を抱きしめる。

事情を知っている俺でさえ騙されそうな芝居だった。


生まれる前に子供を事故で失い、取り戻すための召喚魔法がやっと成功した、と。

使い続けた魔法に疲弊した様子を隠そうともせずに語るその仕草。

長い間、寂しい思いをさせたと詫びられ、これからはこの母の元で幸せになって欲しいと訴えられる。

何も知らなければ、そこまで必要とされ、愛されて悪い気はしなかっただろう。

実際俺ももし何も知らなければ、生まれ故郷とこれまで共に過ごした家族から引き離された恨みを考えても許してしまっただろう。

それくらい、その女は「最愛の子供」との邂逅を喜ぶ母親を演出していた。


まぁ、しばらく観察してたので演技だって分ってるんだけどね?

あまりに素晴らしい演技に思わず呆然としてしまった。

女は女優だというが、これは名優といっても差し支えはないだろう。

ちょっと女性不信になりそうだ。


レンの死を隠し召喚する子供を身代わりにするために、レンの側近くに仕えていた人間はことごとく解雇されるか酷い場合は殺されていた。

なかなか訪れない俺に、召喚魔法が失敗しているのではないかと手伝う人間に八つ当たりしヒステリーを起こす様も凄まじかったが。

俺がレンの身体に入り、身じろぎしたとたんの変貌はいっそ二重人格を疑ったほどだ。


呆然としている俺にやっと気付いた、というように優しく微笑む女。

「取り乱して、ごめんなさいね。私はあなたの母親のコンスタンシア。あなたの名前を教えてくれるかしら? 私がつけた名はレンフォードというのだけど、これまで呼ばれていた名前もあるのでしょう?」

名前を押しつけたりする気はないってアピールなのか?

こちらを尊重するという風に振る舞ってるんだろうな。

いきなり反感を持たれても困るだろうし。

女の演技の上手さに呆然としてたのがよかったかも。このまま状況について行けずに混乱している風を装えば逃げやすそうだ。

「……僕、トーマスといいます。あの、ここはいったい…?」

ゆっくり、丁寧な口調を心がける。やっぱ普段と違うように装うのが基本だよな。

反感を持ってるようには見せない。少し幼い感じで不安そうな様子を出せるようにがんばって見た。

我ながら、似合わなすぎてちょっと鳥肌ものだが。

「ここはグルテルグ子爵家よ。あなたは、この家の跡取りでレンフォード・グルテルグ。こちらのことはゆっくり覚えればいいわ。急なことで疲れているのでしょう?

ゆっくり休んでちょうだい。それから話しましょう」

ここで怒濤のごとくたたみ掛けて取り込むつもりかと思ったらさっくり開放された。

こっちの混乱につけ込むだろうと思ったんだが、逆にあとから混乱につけ込んだと思われるのを避けたのか?

どっちにせよ、俺としては助かるが。


お仕着せのメイド服を着た少女が進み出てくる。

「レンフォード様、お部屋にご案内します」

丁寧に一礼される。

あたふたとこちらもつられてお辞儀してしまう。

コンスタンシアは微笑んでいるが、メイドの少女の顔には一瞬軽蔑が浮かんだ。

こっちはどうやらそんなに演技がうまくないらしい。ちょっと安心した。

全員が全員演技がうまいと何も信じられなくなりそうだからな。

コンスタンシアはさすがに貴族の奥方としていろんな輩と渡り合ってきただけのことはある、ということか?


案内された部屋は、レンの部屋だった。

それだけでも微妙なのに、この部屋は「俺」が帰ることを信じてコンスタンシアが年々成長する我が子を思い整えた部屋なのだという演出付きだ。

淡々と語ったあとメイド少女が去ってやっと一息ついた。

いつも夢で見ていた光景と同じ部屋。

逃走経路も夢の記憶を頼りに思いつくのでこの部屋を宛がわれたのは助かる。

だが、レンの存在をなかったことにした上に残されたものまで俺へのポイント稼ぎに使おうという態度はむかつく。

逃走ついでに火でもかけていこうかとさえ思ってしまったが、犯罪だし関係ない人にまで被害が出るよなぁ。

報復手段がないのが悔しい。

俺が消えて跡継ぎがいなくなることで、庶子を生んだ若いお妾さんの立場が向上し相対的にコンスタンシアの価値が低くなることで溜飲を下げるしかないか。

正直それだけでは物足りないが、俺に出来ることはなさそうだ。


真夜中になるのを待ってレンの服の中から動きやすそうなものを選んで着替える。すぐに売ることになるので出来るだけ目立たないものにする。

装身具から換金しやすそうな地味なものを持ち出すか悩んだが、こういうものは売りにくそうなのでやめておく。

形見に何か持っていようかとも思ったが、この身体自体が形見だ。必要ないだろう。

多少の路銀はレンに教えられた場所にちゃんと隠してあった。

さすが部屋の持ち主だけあって誰にもばれなかったらしい。

……多少と本人はいっていたが銀貨が入ってる時点で庶民には大金だ。

1ルトが大体100円程度か? 銀貨は1000ルト、日本円にして約10万にもなる。

それが3枚に小銀貨で100ルトになる建物の絵が彫られたのが5枚、10ルトの銅貨が10枚。

36万くらいか? これで多少……。

金銭感覚の違いに涙したが、ありがたく使わせてもらおう。

しばらくは飢える心配はなさそうだ。






明け方より、少しだけ早い時間。

外はまだ暗いが一時間もすれば明るくなるだろう。

真夜中に抜け出したら夜明けまで困りそうだったのでこの時間まで待った。

窓から庭に飛び降りる。

こういうとき屋内でも靴を履く文化でよかった。

本来はモンスターの襲撃にあったりした場合、安全に逃げるためらしいが。

王都でもまれに大発生したモンスターが襲撃してくることがあるらしい。

そのための城壁であり、兵士なのだろう。

ここも貴族の屋敷なのでかなり丈夫な塀で囲まれ、防犯体勢がばっちりだ。

外からの侵入はかなり難しいだろう。

だか、内から出る分には多少の死角が存在している。

住人だからこそ分る部分が。


つまり。

警備員が屋敷の庭を見回ってるときに、裏口から外に出る。

……鍵もかかってなかったぞ、大丈夫かこれ。

外からは鍵なしでは開かないから大丈夫なのか?

苦労したいわけではないが……。

ちょっと微妙な気分だ。



じわじわと明るくなる通りをでたらめに曲がったり、立ち止まって様子を見るがついてくる者はいない。無事逃げ出せたらしい。

あとは店が開くのを待って、買い物をするだけだが。

店が開くまでまだ時間がかかる。

買い物をしている間に追っ手が店に来る可能性も高い。

手ぶらで街を出られるはずがないのだから。

レンが遺してくれた金銭が多かったこともあって、考え直す。

それなりの宿に数日滞在し、追っ手が俺はもうこの街にはいないだろうと思い始めた頃に旅支度を調え、出て行く。

俺に金がないと思ってるだろうから、働く為に滞在していると考える可能性もあるがそのためにレンの装身具をいくつか隠しておいた。

持って歩けば捕まったとき犯罪者扱いされるので持ち出すことはしなかったが。

なんにせよ、これで俺が金を持ってると向こうは判断するだろう。

そうなれば、この街に居座ってるとは思うまい。うっかり鉢合わせしないことだけを祈ろう。

数日は宿の中で魔法について検証してみよう。

引きこもると目立つかも知れないので、日中は観光でもするか?






やっと実体化。そして自由の身に。

週一の更新予定でしたが、最低で週一と改めます。

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