経過
一ヶ月がたった。
いろいろなことを一気に片付けたのだが、おかげで目が回るほど忙しくなってしまった。
最初にやったのはヒールポーションの増産。
樽に文字を彫り中の液体がポーションになるというものだが、使用期限は3ヶ月。
それを過ぎるとただの水になる。
中身のポーションも樽から出して1日で水になるように作ってみた。
理由は簡単で、ギルドで売ってるポーションとの差別化の為だ。
騎士や兵士の為に怪我を瞬く間に治すポーションは是非ほしいところだが、安易に使えるほど安くない。
だから街で売ってるのものより使い勝手は悪いものを作って、街の治安維持のための名誉の負傷に限り無料で使えるポーションを配ることになったのだ。
もちろん費用は領主負担。
最初はそんなに急いで作る気はなかったのだが、街の巡回担当の衛視が犯罪者に大怪我をさせられたんだ。
衛視はそんなに高給取りじゃないからヒールポーションを買うのは難しい。
だが、犯罪者の方は盗んだ金でいくらでも買える。
となると、衛視に追われても多小の怪我は顧みず捨て身でかかる。
酷いのになると手傷を負わせて捕まえかけたとき、ポーションを飲んで元気に反撃。衛視に重傷を負わせて逃走していったという話もあったらしい。
幸い作成者にまで苦情が来ることはなかったが、ギルドの方には犯罪者に売るなと言う警告がでた。
このままほっとくわけにもいかないのでヒールポーション樽を作成したわけだ。
実はなんの解決にもなってないが、これで恨まれることはないだろう。
……たぶん。
同時進行で普通のヒールポーション用の樽も作って屋敷に置いてある。
ここからリリィさんが毎日ポーションを出してギルドまで持って行ってくれることになってるので、全面的に任せた。
はいってくる金銭はそのまま屋敷の生活費に充てられてるはず。
はず、というのは忙しすぎて収支の計算が出来てないせいだ。
本気でがんばればそれくらいの計算の時間が取れないわけでもないんだが、任せておいても普通に生活が出来てしまうので任せてしまった。
何も考えなくても美味しい食事がでて、清潔な服が着られる。
囲い込まれてる気がしなくもなかったが、これが楽でついつい頼ってしまってる現状だ。
まあ、この街にいる間は頼らせてもらおう。向こうにも見返りはきっと十分あるだろうし。
他にも庭の一角で温室もどきを作って香辛料の栽培に勤しんだ。……サムが。
俺がやる時間は致命的に足りなかったので丸投げだったが、今のところうまくいってるらしい。
香辛料を作ってる理由は簡単で、お菓子に使うバニラとかが高かったせいだ。
辛いものはそんなに好きじゃないが、胡椒とかはほしいところだしカレーも食べたい。米がないけど。
まあ、香辛料が高いといっても俺が食べる程度なら問題がないのだが。今のところ魔法で作るしかない日本の食べ物をサリューさんに再現してもらうには試行錯誤が必要になる。
その分材料費も掛かるのでいっそ栽培からやってみることになった。
温室が成功したらこの辺では育たない薬草なんかも栽培できることになるので完全に娯楽のためというわけじゃないし。
実際現在も一区画は薬草が植えてある。庭師の腕の見せ所といいながらサムがずいぶん張り切って世話をしてくれている。
庭師って薬草の栽培までするんだろうか、とちょっと不思議だったが本人がやる気なのでいいのだろう。
そのうち逆バージョンで密閉室内で気温を下げて寒冷地の植物を育てるのも試してみようかと思う。
高山植物なんかは無理だろうが、思いついたらこっちも試してみたい。
そしてサリューさんは現在クッキーとコンポート、チーズケーキとカステラ、スポンジケーキなんかを再現してくれた。
クッキーははじめ岩のように硬かったりしたが。
試行錯誤の末サブレっぽいものやビスケットっぽいものなんかのレパートリーと共に完成した。
カカオなんかも手に入ったのでチョコレート風味も完成。
ただ、チョコレートへの道は限りなく遠そうだ。俺も作り方なんて知らないし。
カカオ99%とか一時期流行ったから、カカオだけでは苦いってことくらいは知ってるが。
それまでは調整ココアがココア本来の味だと思ってたし、ココアとカカオは全く別物だと思ってたくらいのレベルだったりする。
ちなみに砂糖も魔力なしでは精製できていない。サトウキビを煮出すと黒くなるんだよなー。白くする方法が分らないのでこれも研究中らしい。がんばれ、サリューさんとついでに助手状態のサファト。
サファトは今まで下町で掃除やゴミ集めなんかで小銭を稼いでたらしいが、いまは俺が雇う形になってる。
はじめは自主的にマリィさんの看病の傍らサムの手伝いやサリューさんの助手をしてくれてたのだが、これが働き者でみんなに可愛がられてる。
これなら、ということで本格的に雇ってみたのだが。
物覚えもいいし、骨身を惜しまず働く。それでいて甘いものに目がないところとか子供らしいところもあって可愛い。
ちょうど人手も足りなくなってきたのでマリィさんの病が癒えたら親子共々ここで働くことになりそうだ。
打診したとき、なぜか泣いて喜ばれたのでちょっと驚いたが。病で職場を失って生活に困ってたらしいので渡りに船だったのだろう。
俺としても監視役じゃない働き手が増えるのはありがたい。
マリィさんの病状はほぼ完璧に全快。
咳も出ないし、胸痛もない。熱が出ることもなければめまいもないようだ。
これまでにあった症状はすべてなくなり、日常生活に全く問題が出ていない。
経過観察の期間だし、寝ててくれてもいいとはいったのだが日常動作に支障がないか見るのにいいでしょう、といって洗濯、掃除などかいがいしく働いてくれてる。
母子揃って働き者で頭が下がる思いだ。
とりあえずキュアデイジーズポーション一瓶飲んでそれ以後全く症状が出てないので効いたと思っていいのだろう。
だが、あまりにあっけなく効いてしまったのでサンプルとしてはもう少し大勢に試したほうがいいだろうということで領主さん経由で被験者を募り試している。
今のところ経過は良好だ。
キュアデイジーズポーション自体も魔法陣を使った作成方法で俺以外の魔人や人間に作ってもらったりもしているが、これには時間が掛かりそうだ。
10日掛けてやっと必要な魔力量の半分を満たせたものが数名というところらしい。
花茶を使った魔力回復も併用しているそうなので普通に作るにはもっと掛かるようだ。
おかげで俺の魔力量の異常が知れ渡ってしまった。
今のところ問題は起きてないが、ちょっと遠巻きにされてる気はする。
攻撃系統には全く適正がないと言ってあるが、信じてくれてるかは謎だ。
とりあえず、キュアデイジーズポーションは作成の困難さに方針を変えてみた。
今できてるキュアデイジーズポーションは万能の品として不治の病や難病に使う。
ほかはこれまで使われてきた薬草の効果を押し上げ、人体に悪影響が出ないように調節することにしたのだ。
最初はそれぞれの薬草でキュアデイジーズポーション(廉価版)を作ろうかと思ったのだが、見た目が同じだと混乱の元なのでやめた。
俺も覚え切れそうになかったし。
薬草自体に効果上昇の魔法を使うのは元の薬草との区別がつきにくかったので却下。
悩んだ末に薄い青色のポーションを作り、薬草と一緒に飲むことで飲んだ薬草の効果上昇と悪影響の除去が出来るようにしてみた。
今のところ問題がないようなのでこれも結果待ちの状態だ。
何より、これだと医者の仕事もなくならないですむのがいい。
必要魔力もだいぶ押さえられて最短3日、平均で5日ほどで完成させることが出来る。
簡単に作れるわけではないので風邪や腹下しなんかの病はこれまで通り普通の処置になるだろう。
重い病に使われることになるだろうが医師の処方する薬草との併用が前提なので医師の仕事もなくならない。
回復が早くなるのは問題かもしれないが……。
その辺の収入の低下は空いた時間で副業がてらポーション作成などに当てることで解決してもらうしかないと思う。
あまりに問題になったら領主さんの方で助成金なんかも考えてくれるようだし。
病関連の魔法陣は管理販売共に領主さんに一任してあるので悪いようにはならないだろう。
助成金も売り上げから出すことで財源には問題がないしな。
うまくいくを願うばかりだ。
そして一番大事な義肢の方だが。
一週間たってもマードックさんに後遺症が出ないのを確認してから数人に試してみた。
魔力がほとんどない人間と豊富な魔人に協力してもらえたので助かった。
おかげで一度に大きな部位を再生させた場合、繭にある魔力で再生自体は行われることがわかった。
そして調整用の魔力が行き渡った時点で動くようになるらしい。
魔人などの魔力が豊富な人間ならすぐに動けるようになる。
少ない人間でも、花茶を使ったりして魔力を回復させ続ければその分早く動くようになる。
さらに回復を促すために魔力補充用にポーションまで作ってみたが、問題なく作用した。
ちなみに色はオレンジでそのままオレンジ味。理由は特にない。
再生した四肢も痛覚触覚共に問題がないのは確認済み。
繭の量産の目処が立ってない以外に問題はない。
四肢の再生が繭の魔力で行われるので、必要な魔力量が半端じゃないせいだ。
一応魔法陣を作って試してもらったが、10日掛けても1割程度。量産は遠い。
時間さえ掛ければ何とかなる問題なので安価での供給は無理としてもそれなりに普及するだろう。
十分効果を確認したので、明日はセレスに使うことになる。
ここまで気をつけて確認したのだから失敗することはないだろうが、さすがに緊張する。
最近やっと信用されたのか、アナスタシアも騎士さんも席を外してて二人きりになることが増えてきたので、二人で出かける約束をしたのだ。
とはいっても、リハビリに庭を散歩して十分歩けるようになったら一緒に街を散歩しようってだけだが。
でも十分立派なデートだよな。
領主さんの許可もちゃんと取ってあるので準備は万端だ。
名目上はリハビリだが、案外あっさり許可されたので驚いた。
庭で十分だろうっていわれるかと思ったが、石畳とか人混みの中で歩けるかどうか試すって苦しい言い訳が通ったようだ。
これで怪我でもさせたら洒落にならないので密かにプレッシャーがキツイが、それ以上に一緒に出かけたいと思ってしまったので仕方ない。全力で守ろう。
会いに行くたびに本当に嬉しそうにしてくれるしなー。
ポーションとかの進展状況とか、そんなに楽しい話でもないだろうににこにこ聞いてくれる。
前に話したことも覚えてくれてて、聞き流してるわけじゃないのが良く分るし。
セレスが話してくれるのはもっぱら本の話やアナスタシアの話だが、俺が聞いても楽しいような話を聞かせてくれる。
このままずっと一緒にいたい。
多分、嫌われてはいないだろう。
自惚れかもしれないが婚約が持ち上がれば断られることはないと思う。
ただ、身分が違いすぎる。
遠縁とはいえ領主の身内で両親も伯爵だったというセレスにとっては政略結婚が当たり前だという。
足のことで婚約を破棄されたそうだが、治れば誰かと婚約させられるのだろう。
それまでに釣り合う身分を手に入れれば、付き合うことも可能になるのだろうが……。
現在でもポーション作成者としてそれなりの名声はあると思うが、まだ微妙っぽい。
他に俺に出来そうなことといえばモンスター退治くらいか?
それでも諦めたくない。
どうしよう?
当分更新はこのペースになりそうです。
申し訳ありません。