魔法陣
今日は昼からセレスのところへ行く日だ。
朝のうちにマードックさんの様子を確認。何事もなければセレスの足を治せるだろう。
関節ごとに小分けするとして、今日は足首までか。魔力量が多ければ足全体でも良いかもしれないが用心に越したことはない。
そう考えると出来れば魔力量の多さごとに何人か試しておきたいくらいだが。
一応の安全性は確認したが、万全の態勢かは疑問が残る状態だと話して確認をとってみよう。
魔力量の方などを考えて試した上で、となったらもう少し実験を手伝ってくれる人を探さないとな。
最初はリスクは平民に負わせるのかって反発したが……。
こうして考えると領主さんは援助と引き替えに完成した技術を得られるし、平民でお金のない人でもリスクと引き換えに怪我が治る。
そう思えば悪いことではないのかも知れない。もちろん同意の上でなら、だが。
うん、もし実験を続けることになったら、出来るだけ貧しい人に協力を頼んでみよう。繭が普及しても購うのが大変そうだし。
今日の予定を考えながらお土産なんかを確認してたのだが。
一晩たって冷静になってみるとお守りが微妙すぎる。なんかこう、鑑札のような無骨さだ。ドッグタグってそういうものだけど。
いくら装飾性を高めても金属板の上ではどうしても見た目に難があるな。
機能を詰め込みすぎてでっかくなってるし。
自分用なら別に構わないんだけど。基本ローブだから服の下にいれてもいいし。
でも女の子に贈る勇気はないな。ドレスとか合わないどころじゃないし、隠しようもないし。
そもそもセレスの首に掛けたら……折れないよな? テンションが上がりまくってたようで、作ってるときは気にならなかったがこうしてみると怖くなる重さだった。
折れることはないにしろ、鎖で首に吊してたら痣くらい出来そうだ。装飾を凝らしたセレスの分と違って、俺の分は字を彫り込んだだけだからそんなに重くないが。
もうちょっと考えよう……。
性能の確認もしておきたいから、またの機会にするか。
すぐに足の再生を開始する場合でも関節ごとなら最低でも4日はかかるし、経過観察を考えればもっと時間があるよな。
それまでに良いものを考えておこう。
せっかく作った今回のは……収納鞄に放り込んでおこう。壊すのはもったいないし。
様子を見に行くとマードックさんは食事中だった。
オートミールっぽいものを食べていたようだが、俺を迎え入れるとかしこまって食べるのをやめてしまった。
「おはようございます。食事中にすみません。俺に構わず食べてください。経過はどうですか? 痛みとか、魔力量とか」
直立不動で迎え入れられても困る。昨日から様子がおかしいんだよな。
「は、はいっ。朝起きたときには以前と全く変わらず動くようになりました! 魔力量は半分程度までしか回復してませんが、痛みは全くありませんっ」
なんでそんなに緊張してるんだろう? 俺に向ける視線もなんか居心地悪い感じだしなぁ。
でも魔力が半分か。昨日より完璧に動くようになったってことは、回復しなかったというよりは寝て回復した分また使って調整したんだろう。
支障がないなら大丈夫か? もっと魔力が少ない場合どうなるんだろうなぁ。魔力量は個人差があるから分りにくいな。
いっそ魔力回復ポーションでも造って飲みながら再生させればすぐ動かせるようになるかも知れない。
っと、そういえばルイに頼まれて買った花茶って魔力回復促進効果があるんだっけ。あれでいいのか。
お茶にしては結構高かったが、魔力回復ポーションの値段よりは安いだろうし。
わざわざ作る必要はないか。寝たら回復するんだし、睡眠薬とかでも良いかもしれないし。
「よかったです。念のため今日は留まってもらえますか? 明日には報酬を渡すので帰ってもらって構いません。何かあったらまた連絡をください」
「は、はい!」
勢いよく頭を下げてくれるマードックさん。腰の低い人だなぁ。
せっかくだし、このまま手が治ったら細工師としての仕事を頼もう。顧客を取り戻すまでは時間が掛かるだろうし、それまでは助けてもらえるだろう。
俺のセンスの無さはちょっと深刻だが、細工師ならデザイン力も期待できそうだし。
マードックさん作成の装飾品に俺が仕掛けをするのが一番見た目的にマシかも知れない。
いい人にコネが出来たかな?
「じゃあ、食事中にお邪魔しました」
俺がいると落ち着いて食べられないようだし、あんまり邪魔しないようにしよう。。
なんだか妙に畏まれてるのは命の恩人的な意味なんだろうか。実験を手伝ってもらって俺も助かったのだが、再生の衝撃はそれどころではないようだ。
改めてこの世界にはない治療法を作ってしまったことを実感するが……。
覚悟の上だ。このまま進めるしかない。
でも一応身の回りの安全と警戒はキチンとしよう。表に出してるのは治療用品ばっかりだから、悪用は難しいだろうが。
でもお守りを奪われたりして悪人が無敵モードになったらしゃれにならない。使用者に限定をかけるべきかな? 付け加えておこう。
あとは収納鞄も俺以外は開けられないようにしておこう。
とりあえずはこれくらいで大丈夫かな?
セレスのところへ行くまでにはまだ時間があるのでマリィさんの病状を聞きに行こうかと思ってると、クリストファーさんに呼び止められた。
配達を頼んでた甲冑と剣が届いたそうだ。
クリストファーさんの先導で玄関ホールに行くと店で見たときより遥かに磨かれた甲冑があった。
昨日届くと思ったのに遅いと思ったら、磨いてくれてたのか。別によかったんだが。
剣も一緒に届いたので部屋に置くことにする。
「飾られるのですか?」
「ああ。あんまり広いからさ、なんか飾ろうと思ったんだけど、絵とか分らないし」
甲冑の善し悪しも分らないけど、これは実用品だし。取りあえず使えればいいんだ。そう言うわけにはいかないが。
「それでしたら彫刻などを用意いたしましょうか?」
とても婉曲だがこれには飾る価値がないって意味なのかなー?
実用品だとは言えないし、どうしよう。
彫刻が歩き出して襲ってくるのはちょっと面白いかも知れないが、きっと高価な品だろうから字を書き込むのはやめた方がいいだろう。
「いいよ、これが気に入ったんだ。俺も一応冒険者だし、こういうのに心惹かれるんだよ」
ちょっと苦しいわけだが、大丈夫かな?
「そうですか。差し出がましいことを申しました。申し訳ありません」
「いや、そんな気にしなくても。解らないことが多いからさ、教えてくれると助かるよ。よろしくな?」
今回のは教えてもらってもどうしようもないわけだが。
その他のことは教えてもらわないと解らないわけだし。変に遠慮なんかせずに、いろいろ教えて欲しい。
そういうと微笑んで一礼してくれたので気を悪くしたわけではないよな?
取りあえず甲冑と剣は部屋に運ぶだけにしいておいて。マリィさんの様子を見て、セレスのところへ行かないと。
ちょっと忙しいな。今夜はゆっくりしよう。
昼食後に迎えの馬車が来たので、使うかどうかは解らなかったが一応繭を持って行く。
馬車には騎士さんも付属。連行されてるみたいで苦手なんだが、護衛のつもりなんだろうか。
しかも服が全員お揃いのせいかな? 区別もつかないんだよなー。
話しかけても沈黙か単語一言しか返ってこないので気まずい。
セレスの怪我の原因を聞いてみたかったんだが、この空気の中で問う勇気は俺にはない。
人目があるわけじゃないんだし、もう少し砕けてもいいだろうに。それが仕事なんだろうが。
でもこの人たちも任務とかで怪我をすることがあるだろし、今度ポーションでも渡しておこうかな?
それでちょっとは取っつきやすくなると嬉しいし。
あ、でも、賄賂とか思われたらまずいな。
いっそ領主さんに渡して騎士とか兵士が怪我をしたら使えるようにしてもらう方がいいか?
数がないから無理か。
樽に水を入れて熟成一ヶ月で中身がポーションに!的なものでも作ろうかな?
樽は使い捨てってことにすれば、値崩れもおきないだろうし。
よし、ちょっと考えよう。
あ。
キュアデイジーズポーションはそれでいいような気がするな。
紙か何かに魔法陣っぽく希望効果を書いて、その上に水入りの瓶を設置。あとは魔法陣に魔力が行き渡るまで毎日がんばれば、完成。
これで俺以外にも作れそうだ。
医者の仕事は多少減るだろうが、キュアデイジーズポーションで生計を立てる人も出てくるだろうから就業率的には変わらないと思うし。
ポーションは魔力込める時間が掛かる分、軽い病気なら今まで通り医者の出番だし。
魔法陣は回数制限と、複製出来ないように細かい模様をつけて漢字で書いておけばいいだろう。俺は魔法で原本をコピーすればいいわけだし。それで、ギルドを通して買ってもらう。
本当なら無料で流して普及を優先するべきだろうと思うが。誰でも魔力を込める時間だけで病気が治せるってなると医者の仕事が激減する。
医者は今までの人生かなりの勉強をしてやっとなったんだろうし、いきなり職を失わせるわけにも行かない。ポーションでかなり仕事を減らしてしまったとは思うが……。完全失業はまずい。
普及につれて失業する人も増えるだろうが、急激に職を失うよりは転職の時間がある方がマシだろう。医者兼ポーション作成者って道もあるだろうし。
それでも恨まれるとは思うが、助かる人は増えるだろうし覚悟するしかないか?
失業率とか日本でも問題だったし、先に領主さんの意見を聞くべきかも知れない。
今まで以上に警戒されるとは思うが……仕方ないか。
敵ではないってくらいでいいから信用してほしいが、俺も向こうを信用してない以上無理だろう。
いきなり監禁して馬車馬のように働かそう、とか頭ごなしに命令してこないわけだし、悪い人じゃないのは確かなんだよな。
抱え込みたいのだろうが、監視してるにしろ立派な家をくれて行動を制限しないって方法をとるくらいだから尊重してくれてるようだし。
向こうにも利益はあるし、キュアデイジーズポーションの件くらいなら協力してもらえるかな?
なんなら魔法陣の取り扱いは領主さんに一任するってことにして利益ごと渡せばいいか。
そこまで考えたところで、城館についてしまった。
静かな馬車も考え事には最適だなー。
あとは帰り道で考えよう。帰りもどうせ静かだろう。
3日振りだが、前と同じように病室にはセレスとアナスタシアが待っていた。もちろん壁際には騎士が3名。
「いらっしゃいませ。ハヤト様」
最初に比べたらかなりの歓迎ムードだ。セレスは傷がなくなったからか表情が明るい。今までは割と地味な服だったのがちょっと華やかになってる気がするし。
アナスタシアのほうは今日もピンク系の服で花のようだ。眼福眼福。
「元気そうでよかった。あ、これ約束の鏡と、土産」
アナスタシアに鏡を渡してセレスにはクッキー入りの籠を渡す。
「気を遣っていただいて、申し訳ありません」
「やっぱり綺麗ね、この鏡! こんなにはっきり映るなんて魔法みたい!」
どっちがどっちの台詞かすぐ解るな。顔も似てないけど、性格も全然似てない。
籠を見て不思議そうにしながらもまず礼を言うセレスに母親が昔作ってくれたお菓子を再現してみた、と教えておく。
「甘くて美味しいと思うけど。あ、甘いもの嫌いじゃないよな?」
「はい。じゃあ、お茶にしましょうか」
見慣れないお菓子を不思議そうにしながらも早速食べてくれるらしい。
今更気付いたが、セレスは良く分らないにしてもアナスタシアなんかは領主の娘だし毒物とかを警戒する立場だろう。
普通なら大して親しくもない人間の持ってきた見慣れない食べ物など食べそうにないが、食べてくれるってことはそれなりに信用されてるのかな?
何も考えずに持ってきてしまったが、無駄にならなくてよかった。
紅茶と一緒に摘んだクッキーは俺からすると普通の味だが、食感と甘さは女の子2人に気に入ってもらえたようだ。
サリューさんが製法を再現してくれたら城館の料理人に作り方を教える約束をした。
2人とも自分で作る気はないらしい。セレスは現在身動きが取れないからかな? とは思ったが、アナスタシアも作る気はないようだから身分的なものか。
別に手作りクッキーが食べたかったわけじゃないんだが、少し残念だ。
「で、足の治療方法なんだけど。一応手首から先の再生は成功してる」
落ち着いたころを見計らって本題に入る。
ゆっくりお茶を楽しみたい気持ちもあるがセレスには一番大事なことだろうし早く話してあげないとな。
「ええっ!? もうできたの!?」
「数日で完成するなんて……」
あ、騎士さんもなんか驚いてる。いつも彫刻状態で微動だにしないからうっかり存在を忘れるんだが、ここまで音を立てるなんて珍しいな。
普通ならもっと時間が掛かりそうなものを数日で一応の完成まで持ってきたと聞けば驚いて当たり前か。
どれくらい時間が掛かると思われてたのかは知らないが、急ぎすぎたか?
一応、経過観察する時間が足りないので数日後の様子も確認した方が安全だと思うこと。あと魔力量の多さによっては問題が出るかも知れないのでもう少し確認してからの方が安全だとは言っておく。
「ハヤト様の判断にお任せします。私の魔力量はあまり多くありませんし……」
一任されてしまった。
まぁ、万全じゃない状態でやってくれとは言いにくいか。
「出来るだけ急ぐよ。待っててくれ」
「はい」
嬉しそうだなー。セレスは癒し系だな、この笑顔を見てるとがんばろう!って気分になる。
アナスタシアも嬉しそうだし。
繭の進展状況は3日に1度経過報告することになった。
3日に1度ってのは多いような気がしたが、アナスタシアの希望だ。はじめは7日に1度の予定だったのがお菓子が食べたい!という理由で変更になった。
俺的には頻繁に会えて嬉しいので文句はないが。
今度はなんにしよう? クッキーの次だからケーキかな? 材料に自信がないから再現は無理っぽいけど。
チーズケーキならわかるな。うん、チーズケーキにしよう。
そんなことを考えつつ多分こっから本番。
領主さんにも報告だ。
間が空いてしまいました。
次回も少し遅くなりそうです。
最低週一更新は守れると思いますが、
申し訳ありません