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病院

 

 今日もギルドへポーションを預けてから市場へ。

 今日はいろいろ用事があるから自分で行くが、明日からはメイドのリリィさんが行ってくれるという。

 そのことも言付けておかないとな。

 それにしても探求者として登録したのに依頼を受けたことがない。

 毎日来てるのにやってるのは商品の納入と依頼の提出。

 何か間違ってる気がする。


「おはようございます。今日の分をお願いします」

 販売の担当者は黒髪に黒い目の人で何となく親近感が湧く。

 カラフルな色もだいぶ慣れたんだが。

 彼から昨日卸したポーションの代金を受け取り、今日の分を渡す。

 手数料を引いて16000ルト。大金だ。

「ありがとうございます。あの、すみませんが出来れば半数くらいをマイナーヒーリングポーションで納入してもらえませんか?」

 あれ? 16000ルトってことは昨日のノーマルヒールポーション全部売れてるはずだが、どうしたのだろう。

「それは構いませんけど、どうしてでしょう?」

「ノーマルヒールポーションまで使わなくても完治する傷の場合がありますし、マイナーヒーリングポーションで構わないという人がいるのですが、どうもこちらでやると濃度が一定にならず困ってしまいまして」

 単純に5倍に薄めればいいんだけどなぁ。

 こっちでやってもたいした手間じゃないが渡した数よりも需要が多いときはどうするのだろう。

「えーっと。じゃあ、納品は今まで通りとして、倍率を計るための容器と空き瓶を用意して渡しましょうか。その方が数の過不足に融通が利きますから」

 それとも薄める手間自体が問題なのだろうか。

「ありがとうございます。そうしてもらえると助かります。何しろ買う方は少しでも濃い方が得だからうるさいんですよ」

 なるほど。作製者が決めた倍率なら文句は言えないだろうってことかな?

「お手数をおかけしますが、よろしくお願いします」

「いえいえ! ギルドが賑やかになって他の品も売れてるのでありがたいです」

「忙しくなりすぎて恨まれなきゃいいんですが」

 笑って、明日から使いの人に頼むことになったことだけ告げておく。

 この分で稼げば家で働いてくれる人全員自分で雇えそうだな。

 今いる人を解雇するのはさすがに心苦しいが。

 俺自身が給料を払って他にも人を雇えば多少は監視の目もゆるむと思いたい。

 まぁ、給料を払ってるからってすぐに元の雇い主と縁が切れるわけではないだろうが。多少でもマシになると思いたい。



 一端表に回り受付の人に依頼への応募がないかを確認したが、やっぱりないようだ。依頼を受けるときは直接出向くものだから、俺が会ってない以上応募があるわけないんだけどな。宿から家に変わったので行き違いがあるんじゃないかと、ちょっとだけ期待してたんだが。

 無駄足を踏ませなかっただけ良かったと思おう。

 まずは病院に行って、その帰りに市場かな? 荷物抱えて動きたくないし。

 位置関係も病院が一番遠いから帰りに買い物にしよう。

 




 軽い気持ちで訪れた病院は、酷い有様だった。

 受付で話をしたら、患者に直接交渉するように言われたんでざっと見て回ったんだが。

 別に不潔だとか、野戦病院みたいになってるとかではない。

 俺の感覚からすれば怪我の手当をしているように見えないレベルなんだよ。

 傷を縫うって治療法はなく、薬草を当てて上から包帯を巻くだけ。

 それがこの世界の普通だとは分るが、個人的にはどうも落ち着かない。

 もちろん医療知識があるわけじゃないので口は出せないが、死亡率が高いのを実感してしまった。

 一瞬ポーションを配りたい衝動に駆られたが、原価がある以上ずっと配り続けることは出来ないし、買った人にも恨まれるだろう。

 なんとか自重するが、辛いものがある。

 来るんじゃなかった……。


 せめて一番重病っぽい人を探そう。

 再生確認の怪我の方は力人限定だけど、そっちも出来るだけ重体の人を優先したい。

「すみません」

 病気の人って誰が重体なんて分りにくいなぁ。

 とりあえず一番やつれてて顔色の悪い人を選んで、声をかける。

 やつれて骨と皮になってるような感じのおばさんだ。

 着てるものも粗末だし……重病って言うより生活に疲れてるムードだが。

 多少の病気なら家で療養するだろうから病気のせいなんだろうな。

「はい……? どなた?」

 掠れた弱々しい声。

 返事のあと、咳き込む姿が辛そうで思わず背をさすってしまう。

「だ、大丈夫ですか?」

 げほっとか血を吐きそうで怖い。

 昔のドラマでよくある結核とかそういうのを連想してしまうな。

 治せるといいのだが……。

 しばらくして収まったようなので改めて自己紹介をする。

「はじめまして。ハヤトと言います」

「はぁ。ハヤトさんですか。私はマリィと申します。私に何かご用でしょうか?」

 どこか不安そうに問いかけてくる。いくら見知らぬ人間とはいえ、そこまで警戒しなくてもいいだろうに。

「うあ!?」

 いきなり足元を何かに蹴られた。

 たいした衝撃ではなかったが、あたりどころが悪かったのかちょっと痛い。

 そして続け様に2度3度と蹴られる衝撃。

「いたた、なんだ? やめろって!」

 いつの間にか足元にいた子供に全力で攻撃されていた。

「まぁ。サファト、やめなさい」

 俺の奇声にびっくりしてたマリィさんが慌てて止めてくれるが子供はなかなか止まらない。

 取り押さえるにも小さな子供を乱暴に扱うわけにもいかず、なかなか取り押さえられない。

 魔法なんか使ったら潰すだろうし。

 しかもこの子供細っこいんだよなー。

 腕も俺が全力で握れば砕けるんじゃないかと思うくらいだ。

 服とかから鑑みても、単純に栄養が足りてない感じだ。

「お母さんをいじめるやつはやっつけてやるんだ!」

 どうやら子供は母親のところにいる見られない人間=敵という認識らしい。

 どんな環境なんだ?

 そして意外と言葉がはっきりしてるので思ったよりは大きいようだ。

 5歳児くらいかと思ってたんだが。

 やっと疲れたのか蹴るのをやめた子供を母親の手に押しつけ身の安全を確保する。

 子供とはいえ手加減なしだと結構痛かった。

 体力は尽きたようだが、敵意は残ってるらしくこっちを睨んでる子供と真っ青になっておろおろしてる母親。

 まるで悪者になった気分だ。

「あの、マクベスさんに借りたお金は必ずお返ししますから……子供のやったことです、許してください」

 ぺこぺこと頭を下げる母親。

 どうやら借金取りと間違えられているらしい。

 貧しそうに見えるのは間違いではないようだ。

「俺はマクベスってのが誰かも知りませんし、子供のやったことですからそんなに怒ってないですよ」

 母親を守ろうというのは立派な心がけだ。多少の痛みくらいは大目に見るさ。

「え……。まぁ、本当にごめんなさい。ほら、サファトも謝ってっ」

 さらに謝られてしまった。

 借金取りの使いなら多少いい気味だって気分でもあったのかな?

 さっきより必死だ。

「かまいませんよ。母親を守ろうとするなんて、いい子じゃないですか」

 ちょっと痛かったけどな。

「ごめんなさい……」

 子供も俺が敵じゃないと理解出来たのか謝ってくる。

 この年頃って生意気盛りって気がするんだが意外なほど素直だ。

「俺も突然押しかけて驚かせましたから仕方ないですよ。実は今、新しい薬を作ってまして。実験につきあってくれる病人を探してるんです」

 マリィさんの罪悪感につけ込むようで悪いが、これなら断りにくいだろう。怪しい実験じゃないので許して欲しい。

「実験、ですか……」

「最近売り出したヒーリングポーションを知りませんか? あれの病気版です」

 死にかけてる娘さんに使った人とかいるはずだし、病院にも噂くらいは流れてるだろう。

 病気と怪我では違うが、一応の実績と信頼になるといいのだが。

「あなたが、あの奇跡の薬の作製者なんですか!?」

 奇跡って。そして大声出してその反動で咳き込んで死にそうにならないでくれ。子供が涙目になって小さい手で母親を撫でてるとか、こっちの罪悪感を刺激しまくるんだから。

「奇跡とかいう話は知りませんが、ポーションを最初に売り出したのは確かに俺です」

 目を丸くして驚かれると微妙だな。

 異世界知識と世界の加護の結果の産物だしなぁ。俺個人の力じゃない。

「それで、次は病気を治せる薬を作ってみたのですが病気の方に知り合いがいなくて。それで重そうな病の方に手伝って頂けないかと」

 さすがにちょっと不安そうだな。何を飲まされるか分らないしなー。

「俺の家で経過観察含めて数日は過ごしてもらうことになりますが、一日に銀貨1枚出しましょう。お子さんが心配なら一緒に来てもらっても構わないですし、治らなかったり万が一にも悪化したりした場合は治るまで責任を持ちます」

 可能な限り誠意を尽くしてみたが、どうだろう? これでダメなら諦めるしかないが。

 出来れば受けて欲しいな。早く良くならないと借金とか大変だろうし、もし病死とかしたら遺される子供が不憫だ。

 報酬はもうちょっと考えてもいいのだが…日本円で一日10万。これ以上は辛い。収入的にはまだ余裕っぽいが、俺の気分が限界だ。

 治験のバイトとか高額報酬っていう噂もあったのでがんばってみたけど、元が小市民だからなぁ。

「ぎ、銀貨ですか? あの、ほんとうに?」

 やっぱり大金だよなー。よかった。

「ええ。治す自信はあるんですが、やっぱり心配でしょうし。万が一にも悪化したり治らない可能性もあることを考えての金額です」

 ヒーリングポーションみたいに俺自身で試せてればもっと安く持ちかけただろうが。

 ……境遇に同情してしまったというのも否定出来ないけど。

 病気が治っても借金を返すために無理をして働けばすぐに身体を壊しそうだもんな。

 そして次に病になったときキュアディジーズポーションを買う蓄えがあるかは分らない。無ければ借金スパイラルまっしぐらだ。

 そういう境遇の人は多分たくさんいるのだろう。

 全員救えない以上、マリィさんを助けたいと思うのは偽善だというのは良く分ってるが……。

 目の前で手が届く人を放置する強さは俺にはない。

「ぜひっ。ぜひ、お願いします」

 だからそんな風に心底嬉しそうにされると辛い。

 声をかけたのは偶然だった。サファト君が来なければ、きっともっと安い値段で提案して、それでもマリィさんは受けただろうから。

「じゃあ、早速移動してもらう……あ。動けますか?」

 無理っぽいな。というか、動けるくらいなら入院してないか。

 結局貸し馬車と人を頼んで運んでもらうことになったのでマリィさんには支度をしてもらい、夕方に迎えに来ると約束する。

 そしてその間に四肢に欠損を抱えてる人を探すことにした。

 繭はまだ全く出来ていないがキュアディジーズポーションと同じように自分で実験できないのが心配になってきた。

 セレスにいきなり使うより、リスクを承知の上でつきあってくれる人を探した方がいいだろう。

 もし万が一にも失敗したら困るしな。

 自信はあるつもりだったが、キュアディジーズポーションで失敗のリスクを説明してたらなんだか不安になった。

 病院にはいないようだが、看護士さんに聞けばすぐに紹介してもらえるだろう。




 近所に住むマードックという中年のおじさんを紹介してもらった。

 元は細工師だそうだが仕事中の怪我が元で手を失い、妻子が働いて何とか生きているといった有様だった。

 手先とか繊細な動きをする場所の再生が一番大変そうだし、手で成功すれば足も心配ないだろう。

 早速失敗の可能性も説明した上で協力を求めた。日当はマリィさんと同じく銀貨1枚。

 繭なんて得体の知れない物体での治療をそれでも了解してくれたのはもう一度手が治る奇跡に賭けてるからだろう。

 ポーションの実績を信用してくれたというのもあるのだろうが。

 マードックさんはもともとは腕のいい職人さんだったようだし手が治ったらドッグタグ風お守りのチェーンとか、水晶球の装飾なんかもお願いできるかもしれない。

 そんな仕事が元通り出来るくらい完璧に治るようがんばらないとな。

 

 マードックさんには直接夕方に家に来てくれるよう頼み、急いで市場に向かう。

 夕方まではまだ時間があるが、目当てのものがすぐ見つかるとは限らないからなー。

 これで材料がそろわなくて協力者はいるのに繭が出来ませんでした、とかってのは悲しい。

 明日には完成して試せるようにしないと。

 




 


読んでくださった方、ありがとうございます。

1/30 23時

指摘を頂き、最後の方を追記しいたしました。

先に読んでくださった方、申し訳ありません。

けー様、ご指摘ありがとうございました。

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