自室
晩ご飯はサラダにスープ、何かの肉に甘いソースがかかったものとパンだった。
量は十分あったし味も可もなく不可もなくってところだったが、一人で食べる食事は寂しい。
そこそこ広い食堂なのに一人っきりってのはなぁ。
給仕してくれるアリスさんに一緒に食べてくれるように頼んだが、一秒たりとも考えずに即断で拒否られた。
アリスさんはメイドの中で一番年上なので臨機応変に対応してくれるのを期待したのだが無駄だった。
食堂の広さが心の寒さと比例してる気がするので次からは自室で食べることにしよう。
その方がまだマシっぽい。
監視してるんだろうなーってしみじみ思うほど露骨な態度ってわけじゃないんだが、警戒してるような距離を置いた態度でいられるのは地味にキツイ。
自室には防犯ベル・防音・のぞき見防止策が必須かな。
自宅のはずなのになんでこうも心が安まらないんだろう?
生まれてからずっと貴族として生きてたレンと違って俺は一般市民だからなー。
人目があると落ち着かないだけなんだろうか。
もうちょっと癒しが欲しい、切実に。
この家で一番広く、一番立派な部屋が俺の部屋だ。
それは当たり前のことなのかも知れないがやっぱりどうも落ち着かない。
カーテン一つとっても光沢といい、厚みといいかなりの値段がしそうだ。
服を買うときに散々思い知ったが、この世界の布は結構高い。
それがドレープもたっぷりと惜しみなく使ってあるのだ。俺には値段の見当もつかない。
置いてある机も大きな一枚板で出来ていて磨き抜かれてるのだろう、飴色の光沢が美しい。
今座っているソファさえもふかふかしてる上に手触りがよく、このまま眠ってしまいたいくらいだ。
でも自力で手に入れたものではなく、貰ったものだろうか。
単純に立派すぎるのと広すぎるのとで落ち着かないってのもあるかも知れないが。
日本の自分の部屋が恋しくなってくる。
お気に入りの音楽も映画も、二度と見ることが出来ない。
何一つ、持ってくることはできなかった。
おそらくは、似ているだけのものすら手に入ることはない。
魔法で作り出そうにもDVDやCDなんてものは不可能だろう。
形だけは何とかなるかも知れないが、再生できるとは思えないし。
これがホームシックってやつだろうか?
取り戻せないものを思って、少しだけ悲しくなる。
そこまで親しくしてたわけではないとはいえ、人並みにはいた友人達にももちろん二度と会えない。
こちらの世界で新しい生活を謳歌しようとは思っていたが。
日本での生活も、簡単に捨てれるようなものではなかったのだと。
今になってようやく理解できた。
今更、だよなー。
やること、やりたいことを列挙して振り返らないようにしてきて。
ずっと前しか見ないでやってきたのに、ここに来て振り返ってしまった。
「家」というものを手に入れてしまったから家を思い出したのか?
この世界で生きていくと決めたのに、実はずっと未練を抱えてたらしい。
「世界」の願いを叶えたいと思ったのも本当の気持ちではあるのだが。
やりたかったことはたくさんあった。
見たい映画も、やりかけのゲームも、シリーズ小説の新作も気になる。
次の週末……とっくに過ぎてしまったが、遊ぶ約束もあった。
もう、何もかも取り戻すことは出来ないのだと。
全部、ちゃんと諦めよう。
この世界で生きていくために。
少しだけ、涙がこぼれたが。おかげでだいぶ落ち着いた気がする。
こっちで生きていく覚悟なんてとっくに決めてたはずなのに、まだ甘かったのだろう。
家中の人に監視されてるのかもって状況が精神的にきついのもあるが。
一回領主さんと腹を割って話すしかないのかもなー。
こっちはごく普通の高校生でしかなかったんだ、いきなり海千山千の大人とやり合えるとは思えない。
どこまで聞き出せるかは分らないが、俺を利用したいなら多少は協力してもいいから代わりに落ち着ける環境を保証して貰いたい。
全部疑ってると俺の精神が持たない、マジで。
取りあえず、この部屋で安心して過ごせるように警備体制を整えよう。
いっそガードマン的なものを作れればいいのだが、ロボット……ゴーレムって言うのかな? そんなのは作れる気が……あれ、なんかできそうな気もする。
ぬいぐるみとか人形とかかってきて魔力で動くようにして、武器を持たせればいいかも。
でもあんまり強くはなさそうだな。不意打ち程度にはなるか?
一体くらい用意しておいても良いかもしれない。 あんまりたくさん置いとくと怪しい趣味があるみたいだから自重は必要だが。
人形的なものは明日買ってくるとして、今必要なのは防犯設備だよな。
「防犯はもちろん盗聴・覗きにも万全のホームセキュリティ。魔法バージョンであなたのお部屋を完全防御!」
警備会社のコマーシャルを思い出しながらドアと窓を俺自身か、俺の許可がない限り開けられないようにする。盗聴と覗き見はネットセキュリティのイメージでやろうとした段階でシャットアウト。近寄れないようにした。
でも毎日これをやるのは忘れそうな気がするな。実際宿の時も2日目はすっかり忘れてたし。
魔法に魔力を必要以上に込めて持続時間を延ばすことは出来るが、それだといつ切れるかが分りにくい。
収納鞄とかのように必要な機能を書いておけば大丈夫かな?
でも壁にでかでかと書くのは見た目的に微妙か。
それに借り物の家なんだ。返すときに困るか。
スイッチ一つでON・OFF出来れば便利だしな。必要な機能を書いておいて、そこに魔力を込めたら発動するようにできないだろうか。
発動時は発光するようにしておけば魔法が持続してるかも分かりやすいし、魔法のかけ忘れもないだろう。
よし、それで行こう。
なんか結界用のアイテムっぽいし、水晶球とかそれっぽいよな?
水晶を買ってきて、珠にしよう。で、中に「侵入者防止」「盗聴防止」とか欲しい機能を書いた紙を入れてそこに魔力を通すことで効果が発動。
うん、いい感じだ。
でも見た目的に水晶球の中に紙が浮いてるのってどうだろう?
水晶球の表面に書き込んで、字が消えないように上からコーティングするほうがいいか。
見た目的にもそれっぽいよな!
そうなると字を書くのもペンとか絵の具とかじゃなくて銀とかを鉛筆状にして書く方がいいか?
ちょうど鏡に使った銀が余ってるし、ここは有効に使おう。
こう立派な部屋に置くんだ、見た目的にもその方が馴染みそうだし。
うまくできたら、セレスにもあげたい。
もう怪我なんてしないように、「攻撃無効・シールド展開」的な機能のをお守りみたいに持ち歩けるサイズで作ろう。
……俺も持っておくべきだな。
環境も落ち着いたことだし、日課となりつつあるポーションを作ってから義肢の作成に移ろう。
取りあえず生理食塩水を作るのだが。
ここでまた躓いてしまった。
生理食塩水って水の1%弱塩を混ぜるはずなんだが…。
うん、魔法で出した水球の1%がどれくらいかが分らない。
まずはたらいと秤がいるなー。
幸い天秤と分銅は市場やギルドでも使われていたから、入手は可能だろう。
それにしてもなかなか進まないなぁ。
塩を買いに行ったときに秤の必要性に気付いていれば良かったのだが。
もうちょっと計画を立てて行動しよう。
紙を引っ張り出して買い出しリストを作る。
・水晶
・瓶(ポーション用)
・秤・分銅
・たらい
他には何が必要だろう?
義肢と言っても細かく作り上げる必要はないんだよな。
最初は適当に作った足の形をしたものが自在に動けばそれで良いかと思ってたのだが、やっぱり見た目にもこだわりたい。
女の子の足が見るからに作り物では可哀想だ。
大きく作りたい部分を覆ってその中で本人の魔力と義肢の魔力で失った部分を再生させていくようにしたい。
繭の養分で中のものが成長するイメージだな。
養分を使い尽くして再生が完了したら繭がパキパキ割れて中から新しい足が!
想像するとちょっと怖いような気がしたが気のせいだろう。こっちの人はエイリアンとか知らないだろうから、この微妙な恐怖は伝わらないだろうし。
義肢じゃなく、繭として作ろう。
繭だから細かい造形は必要ないし、他に必要そうなものはないよな?
繭の原型は明日にでも出来そうだが約束が3日後だからそれまでの時間で他のものも作ろう。
お菓子の材料はあるし、あとはキュアデイジーズポーションとキュアポイズンポーションか。
病気に効く薬草と毒消しを数種類かな。
とりあえず一回水から作ってみよう。
味はキュアデイジーズポーションが白だから牛乳味、キュアポイズンポーションが緑で、青汁? なんか飲みにくそうだが、身体に良さそうな気がするからいいや。
他に思いつかないし。
作成はポーションで慣れて来てたので特に問題なく成功。多分。
病気とか毒はさすがに試せないしなー。
あ、毒は試せるか。弱い毒を買ってこよう。下剤とかなら便秘薬として売ってそうだし、解毒できなくてもそこまで大惨事にはならないよな。
ちょっと気分が悪くなる程度のが理想だが、そこまで都合の良いのは思いつかないし。
解毒できなくてトイレに引きこもる羽目にならないことを祈ろう。
あとは、アナスタシアに渡す鏡の材料と菓子を入れる籠くらいあれば大丈夫かな?
あ、お守りの形状考えとかないと。字を書き込むんだし金属板の方がいいかな?
ドッグタグみたいにしよう。それなら首から提げられるし。
見た目的に微妙なのは……気にしない方向で?
ま、まぁ、小さい板ならポケットにでも入れとけるし、大丈夫だろう。
警備用水晶球と違ってON・OFF機能はいらないんだから常動型として作れるし。
お守りは効果が永続するように収納鞄と同じく文字自体に魔力を込めて書いておこう。
ちなみに文字だけだといつか魔力が尽きそうだから周囲からも魔力を補充させてる。
周囲っていっても大気とか身体から人体に影響はないけどな。
出来ることは終わったし、そろそろ寝よう。
明日はギルドにいって今度は病気の人を募集しよう。前の依頼にもまだ応募がないけど。
あ、普通に考えたらギルドに仕事が出来ないくらいの怪我を抱えた人はいかないか。
病気の人もいないだろうし……募集取り下げて病院に行こうかな。
実験段階だっていって、家まで来てもらってから飲んで貰えば効果があったときに欲しい人に囲まれることもないだろう。
ポーションの販売の時のように騒動になるのはごめんだ。
効果が判明したらすぐに量産するようにするから、ちょっとだけ猶予が欲しい。
今までに作り置きしてた分、って言えば数を出しても大丈夫だろうし。
ヒーリングポーションの時は在庫がないって先に言っちゃったから数が出せなくなっちゃったしなぁ。
あれも先に樽一杯分くらい作っておくべきだった。
そうすれば欲しい人に潤滑に行き渡ったのに。
いろいろ考えてるつもりなのに、どうも抜けてるよな。
まだ致命的なことになってはいないが、これからもそうだとは限らない。
気をつけよう……。
ちょっとホームシック。
そんなに未練はないのですが、それでも少しだけ。