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魔女と魔法使いの少女たち  作者: 野村勇輔
第4章 雨降りの魔女

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第1回

   1


 気がつけば中間テストも終わり、梅雨を迎えた六月半ば。


 毎日のように雨が降り続き、辟易としながら登下校を繰り返す日々のなか、珍しく真帆はその日、さっさと家に帰ってしまった。


「明日から親戚のおうちに遊びに行くことになったんです。そこにカケルくんって子がいて、その子へのお土産とか色々準備したいので、私は先に帰りますね!」


 言うが早いか真帆は雨の降りしきるなか、レインコートを着てホウキに乗って飛んで行ってしまったのだ。


 金曜日の放課後。屋上から飛んでいった真帆を見送ったあと、特にやることのない僕はいつもの調子で部室へ向かった。


 部室とはいっても、この学校の地下にある、元々は榎先輩のひいお祖父さんが魔法の研究に使用していた秘密の研究室である。この地下研究室へ行くにはまず雨の中を校舎裏へ向かい、そこから雑然と並べられた大型ごみの脇を抜ける。うちの高校は山の上にあって、周囲を木々に囲まれているのだが、その木々と学校を隔てるフェンスがそこには張り巡らされていて、実はそのフェンスは一部が魔法で加工してあって、一見するとフェンスなのだが、ある魔法の言葉を口にするとすり抜けられるようになっている。


 僕はそのフェンスを抜けて、ぬかるんだ山の斜面を注意しながら下っていった。


 やがてぽっかりとひらけた場所に出ると、そこには鉄製の観音扉が鎮座している。その扉を開けて中に入ると、裸電球がずらりと並ぶ短いトンネル。そこを抜けるとようやく僕らの部室に辿り着くというわけだ。


 十メートル四方のわりと広めの空間がそこにはあって、たくさんの本棚や机、大きなチェス盤がカーペットの敷かれた床に置かれている。他にも古めかしい天球儀や地球儀、真帆が家から持ってきてそのままにしている望遠鏡のような魔法道具や時を流す砂時計、理想の姿を映し出す鏡や、迷った時に選択肢の重さを測ってくれる天秤、どこぞのテーマパークで買ってきたという形だけの魔法の杖、ローブ、その他真帆や榎先輩、鐘撞さんに肥田木さんが持ち込んできた可愛らしいアレやコレやが雑然と並べられている。


 これでも僕と鐘撞さんの努力で綺麗にまとまっているほうだ。昨年の夏ごろまでは頑張って整理していたのだけれど、真帆と榎先輩があまりにも散らかし続けるので途中であきらめてしまって、最低限で我慢しようということになったのだった。


 片隅の応接セットに眼を向ければ、横長のソファの上で鐘撞さんが横たわって文庫本を読んでおり、彼女は僕の姿に気が付いた途端、慌てたように居住まいを正して足をおろし、背筋をピンと伸ばして綺麗に座る。


「――す、すみません! シモハライ先輩」


 何故かバツが悪そうに謝ってくる鐘撞さんに、僕は「いいよ。楽にしてなよ」と声をかけて鞄を床の上に置いた。


 普段は真帆が使っているアンティークな椅子に腰かけながら、

「今日は、肥田木さんはいないの?」


「委員会の仕事があるから、今日は来ないって言ってました。真帆先輩は?」


「真帆も土日で親戚の家に行く準備があるからって、ひとりでさっさと帰っちゃったよ」


「じゃぁ、今日は私とシモハライ先輩だけなんですね」


「そうだね」

 それから少しばかりの沈黙を挟んだあと、これ以上鐘撞さんと何を話したらいいのかわからなくて、

「僕は適当に課題でもやってるから、鐘撞さんは小説の続きでも読んでなよ」


「あ、はい。じゃぁ、そうさせてもらいますね」


 鐘撞さんはそのまま深くソファに背中を預けると、ふたたび文庫本を開いて読み始めた。


 僕も机の上の真帆の荷物を脇によけ、数学で出された課題を片付けるべく鞄から教科書とプリント、それからペンケースを取り出した。


 とはいえ、そのプリントに印字された謎の数字とアルファベットの羅列に僕は頭の中が混乱して、今にも焼き切れてしまいそうになった。


 数学に対する苦手意識は半端ない。それが何を計算しようとしているのか、何を表しているのか、何が何だかさっぱりわからないのだ。


 僕は根っからの文系人間である。国語や歴史にはそこそこ興味はあるのだけれど、数学や理科となるといまいち意味が解らない。


 この問題を作った人は、過去の偉人たちは、いったいどこからこんなものを、何を思って創り出してきたのだろうか。


 心の底から謎だった。


 僕がうんうん唸りながら数学の問題と格闘している横で、鐘撞さんはいつの間にかまたソファに横たわりながら小説を読み耽っていた。


 彼女の意識は完全に小説の世界に旅立っているのだろう、まるでここが自宅か何かのように、時折身体の向きを変えてはぺらりぺらりとページを捲っている。


 僕もさっさと課題を終わらせて、鐘撞さんみたいに魔法の歴史書でも読もうかね。


 なんて思いながら、羨望の眼差しをふたたび鐘撞さんに向けたところで、

「――んんっ!」

 思わず喉から変な声が漏れてしまった。


 ソファに仰向けで横たわり本を読み続けていた鐘撞さんが、おもむろに両脚を組みなおし、ソファのへりのひじ掛けにその脚を乗せたのだ。ふわりとスカートがなびき、剥き出しの脚のその奥が僕の目に飛び込んでドキリとする。


 いや、当然だけど下着が見えたりしたわけじゃない。真帆たちと同じ、それを警戒して端から学校指定のハーフパンツを履いている。だから、そこに見えたのは青色のハーフパンツだったのだけれど、それでも不意に見えた彼女の太ももに、僕は何だか見てはいけないものを見てしまったようで、慌てて目を逸らしたのだった。


 神に拝むように両手を組んで、硬く目を閉じ、この邪な思いを振り払うべく真帆の鬼の形相を瞼に描く。


 ――すまん、真帆。そういうつもりはない。そういうつもりはないんだけれど、やっぱり僕も自分が男であるということを自覚せずにはいられなかったんだ――


 なんて弁解を頭の中で繰り返していると、

「……どうしました、先輩? 頭痛ですか?」


 すぐ耳元で心配するような鐘撞さんの声がして、僕は慌てて瞼を開いて振り向いた。


「あ、あぁ、ちょっとね。あまりにも数学の問題の意味が解らなくて」


 なるほど、と鐘撞さんも問題を見て、ふっと微笑む。


「私も数学苦手です。本当に意味わかんないですよね」


「そ、そうなんだよ。国語とかなら得意なんだけど」


「私もです! 一緒ですね!」


 にっこり微笑む鐘撞さん。その姿はまるで菩薩様のように尊くていらっしゃる。


 あぁ、なんていい子なんだ。真帆とは大違いだよ。


 ……いや、真帆にも真帆で、アレでいいところはたくさんあることを僕は知っている。ここではあえて述べないけれど、そういうことは自分の中に秘めておきたいほうなのだ。


「ところでそろそろ時間ですよ、先輩」


「……時間?」


 ふと壁掛け時計に眼を向ければ、そろそろ時計の針は午後六時を過ぎようとしているではないか。


(一応の)顧問である井口先生との約束上、この部室――研究室の利用は午後六時までと決められている。数学の課題に悩まされ続けて、いつの間にか大して問題も解けないまま、あっという間に時間だけが過ぎ去ってしまっていたらしい。


 とりあえず半分以上は解き終わっているし、残りは家でやろうかな。


 ――たぶん、やらないまま明日を迎えそうな気もするけれども。


「ちょっと待ってて、すぐ準備するから」

 僕はそそくさと机の上のものを鞄に詰め込むと、それを肩から提げる。

「お待たせ。じゃぁ、行こうか」


「はい」


 僕と鐘撞さんは、並んで部室をあとにした。

 

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