ACT.006 フィレディルカと地球
夏休みなんで出来るだけ高スピードで上げていきたいと思います。
お付き合いいただける方はヨロシクお願いします。m(_ _)m
「落ち着いた?」
光一が目を覚ました時、シエナはやさしくそう問いかけてきてくれた。その問いに対して光一は小さく頷く。
彼の名でいろんなことに対して吹っ切れたのだろう。その顔は先ほどのような同様は消えていて、それでいて真っ直ぐだった。
シエナはその顔を見て「ふっ」と小さく笑みを漏らした。
「俺の顔……そんなに変……ですか?」
「い、いや。笑ってすまない。ただ、さっきまでないていた少年とは違うなぁと思ってね」
笑うのも綺麗な人だなーというのがこの時の光一の感想だ。
「えっと、いろいろ俺の中でわかったことがあります」
「ん、じゃあ聞こう」
「まず一点、これが一番大切なことなんですが、俺はたぶんこの世界の人間じゃないと思います」
その言葉を聴いた瞬間、シエナの瞳はスゥと閉じられてゆく。
何か失言をしたのだろうかと心配する光一だったが、「続けて」というシエナの言葉に従う。
「俺は向こうの世界でたぶん死んだんだと思います。なぜこっちの世界で生きているのかは分かりませんが、間違いなく一度向こうの世界で死にました。ここが黄泉の国では無いとは思いますが、とにかく死んだ俺はこちらの世界にいる……他に異世界などから来た人は?」
「………………」
シエナは答えず、瞳を閉じたまま何かしらのことを考えているようだ。
光一はシエナに返答を急がせず、そのまま黙って待つこととした。それから数十秒、光一にとっては長かった沈黙が破られる。
「……いないこともない……」
「えっ!? 本当ですか!?」
さすがの光一もいるとは思っていなかった。もしかしたいるかもしれない程度には思っていたが、でも本当にいるとは思っていなかったようだ。
シエナは光一に対して一度頷くと、髪とその瞳を覗き込んだ。
少々近いその距離に赤面する光一。そんなことはお構いなしとばかりにシエナは光一の瞳を見続けていた。
「このフィレディルカで初めて世界統一をした男がいる。今から2000年ほど昔のことだ。これは文献にある中でも最古のものだろう。その男はこの世界で珍しい黒髪を持っているだけではなく、瞳まで真っ黒だったという話だ。そう……コウイチお前と同じように」
「俺と同じ黒髪と黒い瞳……その男性の名前って分かりますか?」
「カズマ=アリサワと名乗っていたそうだ。……さらにその男もコウイチと同じように異世界から来たという記録も残っている」
(ありさわかずま……もしかしなくても同郷だろう)
この世界にそんな日本チックな名前を持つ人間がいるわけない。
そう思い、光一はそのカズマを日本人とした。彼がもしも元の世界に帰ったのだとすれば……光一の胸に希望が沸く。
だが、その希望はシエナの一言であっさりと崩されてしまう。
「その後カズマはこの世界の中心……現在のアスガルドに城を立てて裕福に暮らしたという話だが……ん? どうした? なぜそんなに残念そうな顔を?」
「別に何でもありません」
光一はため息をはいて上半身だけを起こした。ずっと寝転がっていてはシエナに失礼だと思ったからだ。
それに寝転んだままというのは彼の性分にも合わなかったということもある。とにかくじっとしてはいられなかった。
「寝ていなくても大丈夫なのか?」
「大丈夫です。それよりも、この世界のことをもっと詳しく教えてください」
「わかった」
そう言ったシエナは光一の近くに置いてあった水を一口飲み、ゆっくりと息を吐く。
光一にも「飲むか?」と渡してきたので、光一はありがたく受け取ることとした。
飲んだ水は冷たくはなかったが、これが現実であると言う事を光一に知らせる。だが逆に心は落ち着きを取り戻してゆく。
(じいちゃんに教えてもらった『事件のときほど冷静に』って言うのがちゃんと実現できてるなぁ……ありがとう、じいちゃん)
そう亡き祖父に対して感謝の念を送りながら水を飲んだ。
「少々長くなるかもしれないが、いいか?」
「んぐ……大丈夫です」
飲み終わったコップを元あった場所へと戻し、シエナの言葉に耳を傾ける光一。
「この世界の名前はフィレディルカと呼ばれている。現在は五国が支配している」
(フィレディルカ……世界ということは、俺のところで言う所の『地球』って考えていいのかな?)
「中央に位置する国をアスガルドと呼び、そこには世界の皇帝だと名乗る男が王をしている。今のところそこまでの脅威にはなりえないためか、他の四国に囲まれながらも未だに手を出されてはいない。
そしてアスガルドから見て北に位置するのが帝国、ヴェルガ。世界でもっとも軍事力のある国で、正直言えば全ての国を同時に攻撃できるほどの軍事力を所有しているので、一番危険な国だといえる。
さらにアスガルドから見て南に位置するのが自然などに囲まれた国、イールド。穀物や果物などの生産に優れ、兵糧などのが充実しているので持久戦では特に群を抜いている。逞しく生きている者達の国だ。
アスガルドの西に位置しているのは術の国、マフェリア。呪術や占いなどが盛んで、怪しい術を使う集団などが戦時にもよく起用される。暗殺なども得意で、ある意味では敵に回したくないタイプの国といえる。
最後にアスガルドから東に位置するのが私の所属する国、ファーメル。その昔に酷い差別で逃げ出したものが多く、世界に反発を抱いた者達が徒党を成した国だ。その怒りは時にヴェルガすらも切り裂くほどの刃となる。
このように今のフィレディルカは五つの国からなっているわけだが、何か質問はあるか?」
「えっと、一つだけいいですか?」
「なんだ?」
「中央であるアスガルドが世界の皇帝を名乗っているということは中央集権なんですよね? ということは、ほとんど世界って統一されているようなものなんじゃないですか?」
「いいや」
シエナは光一の質問に対して首を横に振った。
「今から50年ほど前に起こった事件によって中央の権力はほぼ無くなってしまったに等しいんだ。だから皇帝とは言っても名ばかりで、今は権力も何も無いんだ」
「事件……ですか」
「そう。まぁ、50年も前の話しだし、あまりにも馬鹿らしい事件だからほとんど語られることも無いんだけどね」
そういわれると逆に気になってしまうのだが、シエナは気づいていないようだ。
聞こうにも教えてくれなさそうな雰囲気に光一は肩を落としながらシエナに話の続きを促す。
「それぞれの国はそれぞれの思惑のために動いている。まぁ、細かい思惑みたいなのはファーナにでも聞いて。私から言えるのは、とにかく五国は世界統一を目標としている。だからこそ邪魔な国を排除しようと戦争しているっと言うこと」
「じゃあファーメルも戦争を?」
「そう。してる」
戦争という言葉に光一は少しだけ違和感を覚えた。それは日本人だからなのかもしれない。
日本は終戦後、戦争をしないと言い放ったから、戦争という言葉に何処と無く違和感を覚えているのかもしれない。
だが、戦争ということは少なからず殺し合い、殺されあう争いがあるということだ。
とんでもない所に来てしまった……光一はそう感じた。
「ところで、コウイチのいた世界ってどんな感じだったの?」
「俺の世界ですか? そうですね……」
改めて自分の世界のことを語ろうとすると難しいことに幸一は気がついた。
いつも何気なく過ごしていた世界も、その世界を知らない人に説明しろといわれれば誰だって戸惑うだろう。当たり前が当たり前ではないのだから。
だが、フィレディルカと地球はあまりにも違いすぎる。
「まず、国がたくさんあります。たしか200個……は無かったはずですけど……」
「そ、そんなに……じゃあ、争いが絶えなかったんだろう」
「少なくとも俺の国では戦争なんて無かったですよ。争いは……まぁありますけど、それでも殺し合いなんて事は少ないと思います」
「え」
そのシエナのつぶやきは当然のことだろうと光一は笑ってシエナの顔を見た。どんな驚愕の表情をしているのだろう……と。
だが、シエナの表情は光一の予想をはるかに裏切るものであった。
シエナはとても悲しそうな驚愕の表情で光一の話を聞いていたのだ。これにはさすがの光一も戸惑ってしまう。
「え、えっと……なにか変な部分がありました……?」
「い、いや、なんでもない。そう……なんでもないんだ」
あまりにも悲しそうな声でつぶやかれる言葉。うつむいてしまったシエナの表情を光一に知るすべは無い。
「そうだ。少し君を直してくれた医者に例を言わなくてはならない。後でここにもつれてくるから、コウイチも礼を言っておくといい」
「あ!!シエナさん!!」
光一の声が聞こえていないかのようにシエナは部屋から出て行ってしまう。
フィレディルカという世界で部屋にひとり残される光一。
「何かまずいことでも言ったのかな……?……俺……」
だが、その疑問に答えてくれる人は誰もいない。
戦争の頻繁に起こる世界、フィレディルカ。
戦争の少ない世界……地球。特に戦争のない日本で生まれた光一。
その二つの違いはあまりにも大きすぎて、生まれた場所を選べない人々はその存在を知ればうらやましく思ってしまう。
次はファーナと光一の邂逅話の予定