ACT.005 少年の世界
少年が目を覚ましたとき、最初に見えたものは見たことも無い天井だった。
起き上がろうとしてチクリと体が痛み、断念。目線だけで周りを見回すことにした。
まずはじめに気になったのは部屋が木で作られているということか。
最近の主流はコンクリートが多いはずだ。一から十まで木製なんて家はペンションなどの別荘くらいしか存在しないだろう。
第二に部屋の中にはさまざまな薬品っぽいものがおかれているということだ。少々消毒液くさい。
他にもいろんな問題点はあったが、少年は特に気にしない方向性で行くこととした。
(大体、俺は一体なんでこんなところにいるんだ……?)
それが一番の疑問。
とにかく最近の記憶を思い出そうとして、ズキリと頭が痛んだ。思い出すことが出来ない。
どうすることも出来ず、とにかく自分の生い立ちや家族関係などの細かいことを思い出そうとする。
(俺の名前は山本光一。私立高校に通う高校三年生で18歳。一般家庭に生まれたものの、両親は8年前に死去。現在はお姉ちゃんとバイトなどをしながらギリギリの生活をしていた。)
一通りのことは思い出せるのだが、つい最近のことだけ思い出すことが出来ない。
「どういうことなんだ?」
つぶやきは口から漏れていた。
その呟きが聞こえたのだろうか。近くにいたと思われる一人の少女が光一の顔を覗き込んだ。
「起きたようだね」
「えっ?」
顔はかなり近かった。本当に少しだけ前に顔を出すだけでキスが出来てしまいそうなほど近い。
少女の息遣いは少年のすぐ傍から聞こえ、そこに彼女がいるという事実を表していた。
その少女はとても美しく、日本人とは思えないほどに綺麗な顔、さらには短くも赤い髪が特徴的であった。
光一は顔を真っ赤にしながら(体を動かせないので)少女の顔を見つめていた。
それを見た少女は光一が病気だと思ったのか額に額をくっつけて体温を測り始めたではないか。
「なっ!?」
さすがの光一も絶句する。
「どうやら熱もなさそうだ。後遺症などもなさそうだし、よかった……」
安堵からの笑顔か額から離れた少女はすこしだけ笑っていて、その笑顔は光一の瞳に焼き付いて離れない。
とても綺麗な人だなぁ。それが光一のシエナに対する第一印象であった。
「私の名前はシエナ=ファーメル。ファーメル国の第一姫だ。お前は?」
「あ……お、俺の名前は――」
と、答えようとした所で光一は考える。
(ここって外国なのか? 彼女の髪も赤いし……なら名字と名前は逆に答えないとダメだよな……)
「どうした?」
「い、いえ、なんでもないです。俺の名前はコウイチ・ヤマモトです」
「コウイチ……呼びづらい名前だな……」
「そうですか?」
特に気にした様子も無い光一。
だが、シエナの方は少々気にしたようで、光一は質問攻めされる。
「とりあえず、どうしてあのような場所で血だらけの状態のまま倒れていたんだ?」
「あのような場所……? 倒れていた……? 俺って一体どういう状態だったんですか?」
「全身骨折。私も医者も同じ見解なのだが、まるで大きく強い何かに吹飛ばされたかのような傷だったぞ? まぁ、その回復力にはさすがの私も驚かされるが……ほら見てみろ。骨折したというのに数時間でそのような様子はもう無い。お前は本当に人間か?」
「?」
シエナの言ったことに対して光一は首をかしげた。
そしてもう一度気を失う前のことを思い出そうとして――
――甲高い音を思い出して光一は一瞬得体の知れない恐怖を感じた――
「ッ!!!!」
「お、おい。どうした?」
「い、いえ……なんでもないです。それよりもここはどこら辺なんですか? 日本語が通じている所を見ると、日本のようだけど……」
「日本? 日本ってなんだ?」
「えっ?」
光一にはそのシエナの一言は耳を疑った。
昔でこそほとんどの国では知らぬ存在であった日本も今ではどんな外国人も知っているような国であると思っていたからだ。
いや、それ以前に日本を知らないなら何故【日本語を知っている】のだろうか?
ちゃんと会話が出来ているということは同じ日本語を話しているはずである。光一は英語が話せないからだ。
無論ドイツ語やフランス語などのその他の外国語も話せない。つまり、日本語で会話しているはずなのである。
なのに日本側から無いとシエナは言った。確認のために恐る恐る光一は聞いてみる。
「で、ではここはなんという国なんですか……?」
「ここはフィレディルカ、中央アスガルドよりもやや東に位置するファーメルという国」
「フィレ……? ふぁーめる?」
光一は聴いたことの無い単語で頭をひねった。
逆にシエナはそんな光一の反応が意外だったようで、少々驚いた表情をしている。
「フィレディルカとはこの世界の名前だよ」
「フィレディルカ? 世界って……どういうことだ? 俺には全く意味が分からないんだが……」
「じゃあ君はどの国からやってきたの?」
「俺は日本の名古屋にすんでいて……」
「にほん……なごや……どこ? それ?」
「え……?」
光一は目を大きく見開き、そしてある一つの仮説を立て始めていた。
それは現実には考えられないような突拍子もない仮説。だが、今の状況を知るためには必要な仮説。
その仮説の結果を知るために光一はたった一つ質問をする。
「ここは……ここは地球……ですよね?」
「ちきゅう? なんだそれは? 何かの武具の名前か?」
「ほ、本当に地球じゃない……!? じゃあ、ふぁ、ふぁーめるでしたっけ? 他にはどんな国があるんですか?」
「そんなことも分からないのか? ファーメルの他にはヴェルガ、イールド、マフェリア、アスガルドの四国だ」
「お、俺の知っている国が無い……アメリカとか、ロシアとか、フランスとか、イタリアとか……」
「全然知らないな。本当にそれは国の名前なのか?」
その一言は光一を絶望させるのに十分な物であった。
そしてその絶望が光一に降りかかったとある出来事を思い出せるきっかけとなる。
―遅すぎるクラクション、揺れ動くライト―
(お、俺は……死んだ……?)
あの怪我で生きているはずが無い。だとすればここは死後の世界なのだろうか?
それとも……
「お姉ちゃん……」
はじめに考えたのは姉のことだった。
二人で過ごした日々はあまりにも長く、ブラコン、シスコンと呼ばれても仕方ないほどにそれぞれがそれぞれを支えあって生きていた。
だというのに、光一は一人でこちらに来てしまった。地球に一人姉だけを残して。
「うあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
どうすることも出来ない理不尽さに、どうしようもない現実に光一は泣いた。
「…………」
その光一をまるで本当の姉のようにシエナは優しく抱きしめた。
彼女が何故そのような行動をとったのかは分からない。彼女は後に「なぜかしなければならないような気がした」と語っている。
「うああ……ぁあああぁぁぁ……」
泣き続ける光一をやさしく抱きしめ、寝かしつけるかのようにやさしく髪をなでるシエナ。
やがて光一はゆっくりと泣き止み、静かに寝息を立て始めた。
「おやすみ、コウイチ」
朝は近づき、空は明るさを取り戻してゆく。
光一の異世界の一日はまだ始まったばかりであった……。
どうしようもない理不尽さに人は泣いてしまうこともあります。
光一には強くあってほしいですね。それとシエナのちょっとしたお姉さん気質が意外と現れるお話でした。
次回はフィレディルカの説明的お話