ACT.004 ファーナの不安と世界最強の戦士
ファーナの所にその報告が来たのは少年が目を覚ます少し前くらいの事だ。
姉であるシエナの部隊の一人である兵士から聞かされた話は彼女を不安にさせるものだった。
「光がやんだ後に少年が一人倒れていたんですか」
「はい。あの光と関連付けるのがやはり普通かと思われます。現在は戦姫様がかの者を付近の村まで運んで治療中かと思われます」
「わかりました。報告ご苦労様です」
「ハッ!!」
恭しく頭をたれて部屋から出てゆく兵士を見届けてからファーナはため息をついた。
それは不安から来るため息であった。
(姉さんがそう簡単に罠に引っかかるとも思えないけど、それでも何故だか不安になってしまう)
両親の居ないたった二人だけの姉妹である彼女達はそれぞれが相手のことを思いやっている。
シエナは不器用なのでそうは見えないが、ファーナはちゃんと姉の気持ちをわかっていた。
だからこそ不安に思う。
もしもその少年が他国の暗殺者だとしたら姉は危ないのではないか?そういった不安にファーナは駆られてしまっているのだ。
「大丈夫だ。シエナ殿がそう簡単にやられるはずが無い」
「メリニアさん……そう、ですよね……」
メリニアに励まされてもファーナの気持ちが落ち着くということは無い。むしろ不安は助長された気がした。
なんだか良くない事が起こるかもしれない。
そういう漠然とした不安が彼女を襲い、それでいて何も出来ない自分にファーナは焦ってもいた。
何故自分も付いていくということをしなかったのだろうか。
何故姉一人に押し付ける形にしてしまったのだろうか。
不安はやがて自己嫌悪に変わり、自分を自分で傷つけ始めた。
「気にするな。ファーナ殿が悪いわけじゃない。ただ、この世界も……いや、人間が居る限りどの世界でも理不尽な現象は起こる。『あそこであぁしておけばよかった』は結果論であり、行動を起こす前に結果を知ることは出来ない。だからこそ仕方が無い出来事だと諦めればいいんじゃないか?」
「でも……」
「もうどうしようもないさ。今はまだ無事なんだし、シエナ殿が帰って来た時にその少年が居るようならば自ら行動を起こせばいい」
「そう……ですね。そうします」
ファーナの不安は消えない。しかし、今のままうじうじしても仕方が無いと決めたようだ。
ゆらりと揺れる蝋燭の火が二人の影をゆらゆらと揺らした。
ファーナはその蝋燭の火をじっと見つめ、そして自らの行うべき事を考える。
(私がやるべきことは……)
コンコン
考えようとして考えを妨げる音が響く。どうやら何かしらの報告が入ったようだ。
「どうぞ」
「失礼いたします」
焦った様子が無い所を見るとそこまで急を要する内容でもないようだ。
ため息を一つ吐き、ファーナは兵士の報告に耳を傾けた。しかし、そのあまりの無いようにファーナは息を呑んだ。
それは中央のアスガルド関連の報告であった。
アスガルドに約5000の盗賊が押し寄せたという報告は昨日の午前中に聞いていた。だが、その5000の盗賊が壊滅したとのことだ。
しかも、たった一人の武将によって……。
「我々の軍の間諜の何人がそのときの光景を見ていたようですが……人間業じゃないとまで言っていました」
「5000を……一人で……!? 何かの間違いなんじゃないですか?」
「間諜の全てが全く同一の証言をいたしました。この情報に間違いは無いようです」
姉であるシエナも一人で何百の兵士を相手に出来る猛者ではあるが、5000はさすがにムリである。
ファーナの後ろに居るメリニアも目を細め、兵士の報告に耳を傾けていた。
「間諜の報告によりますと、『目を引かれるほどに深く、青い髪をした少女で、まるで村娘のようなか弱さのある少女であった。しかし、その武器はメリニア様のように先に斧のような物が付いた槍で、長さは身長の二倍程度。そんな武器を軽々と扱い、盗賊たちを殺しつくした』とあります」
「まさか、アスガルドの死神とは……」
「間違いありません。その少女のことのようです」
アスガルドの死神。いつしかそう呼ばれるようになった一人の少女が居た。
中央のアスガルドに所属している少女で、まるで感情が失ったかのように人を殺すためにそう呼ばれるようになった。
武器は大きく、掠っただけでも致命傷になる。それほどに威力のある一撃を放つらしい。
本気を出せば数万の部隊でも彼女一人で壊滅させることが可能という噂だが、今回の報告を聞いた限りでは本当のことだろう。
ファーナは鳥肌が立った。
世界の統一を目指すのならばアスガルドはいつか通らねばならない道。
ヴェルガという強国が居る以上特に目をかけていなかったが、アスガルドにもそのような武将が居るのならば注意が必要になる。
アスガルドとヴェルガが潰し合ってくれれば大助かりだが、それは無いだろう。
ヴェルガの王、レイラは賢くてそのようなことをするはずが無い。絶対に何かしらの行動でアスガルドの足を止めるはずだ。
さらにアスガルドの世界の皇帝を名乗る男、ヴィヴェードは狡猾で悪知恵の働く男だ。絶対にヴェルガは敵に回さないだろう。
ファーナは重苦しいため息を吐き、兵士を下がらせた。
部屋にはまたファーナとメリニアの二人きりとなってしまう。
「……アスガルドの死神、ローゼ=ガルウェル……一度戦ってみたいものだ」
「ダメですよメリニアさん。あなたでも彼女にはたぶん勝てません。それほどに強い相手なのです」
「分かっている。だが、武人として戦わなければならないのだ」
武人の気持ちは分からない。
ファーナは頭を悩ませながらこれからの方針を考えることとした。
☆☆☆☆☆
館の長い廊下を一人の少女が歩いていた。
深く青い髪をしており、その背には彼女の武器である牙王双破が担がれている。もう少しで天井に届きそうだ。
服装はいつも彼女が着ているものと同じ。赤を貴重とした服で、上はケープ、下はプリーツのスカートといたちでたち。
いつも赤い服を着ているせいか、今の彼女もおかしくは感じない。しかし、その赤い服のところどころに黒っぽい斑点があるのは見逃せないだろう。
―血である―
先の戦争―――いや、一方的な惨殺で彼女の服には返り血が付いてしまっていた。
無論顔や手などの露出している部分にベットリと血は付いていた。
そのせいかどうかは分からないが、先ほどから近くを通りかかった人は彼女を避けている。誰だってそうするだろう。
「………………」
だが、少女は何も感じない。
まるで感情が欠落してしまったかのような無表情で道を真っ直ぐに進んでいた。その道の先にあるのは自らの部屋。
道の途中で現われた一人の男を見た瞬間、彼女は足を止めた。
「おぉローゼ、戻っておったのじゃな」
しわしわの顔、白髪交じりの頭。もうすぐ死んでしまいそうにヨボヨボとしておりながらその目は野望に燃えた男。
その男は自らのことを皇帝と名乗る男。ヴィヴェード=アスガルドである。
ローゼはこの男の事をあまり好んではいない。
だが、彼女はその感情すらも表に出さず、ヴィヴェードを見ていた。
「今回の作戦、おぬしのおかげでうまく言ったぞい。本当にローゼには助けられてばかりじゃな」
「………………」
「また次の戦いのときも頼むぞ。おぬしはワシの一番の【兵士】なのじゃからな」
「………………」
ローゼはコクリと一度小さく頷くだけで言葉を発しない。
もともとあまり多く物を話すほうではないのだが、ヴィヴェードの前では特に無口であった。
ただ、あまりヴィヴェードと会話をしたくないだけなのだが。
そのローゼの頷きを見て気をよくしたヴィヴェードは自らも一つ頷き
「今日はしっかりと休むのじゃ。また明日働いてもらうからのぉ」
「………………わかった……」
小さくつぶやくように了承し、ローゼは自らの部屋へ歩き始めた。
ヴィヴェードのニヤリとした表情に苛立ちを感じながら……。
ローゼさんは何気にお気に入りキャラだったり……。