ACT.002 異世界からの来訪者
空はすでに暗くなっており、明かりは星の光だけという心もとない状況となっていた。
そんな中をシエナ率いる部隊、約25名はウェンズデイ草原へとやってきた。ちなみに、なぜこんなに少ない人数なのかというと、単純に夜目の利く人間が少ないだけの話だ。
ファーメルの軍隊の約半分は農民や百姓などの民からやって来ている。それもほぼ自主的にだ。
それだけ今の世に不満を持ち、世界を変えたいと願う人が多いということだが、逆にそれだけ世界が不安定でもあるとも言える。
中央に権力を集める中央政権が廃れ、今の中央は名ばかりの皇帝、名ばかりの権力しか保持していない。
その為、四国は中央のアスガルドをほぼ無視して行動をしていた。――それぞれの野望のために――。
先日戦ったヴェルガは世界を統一し、絶対なる王となるためにその他三国に戦争を仕掛けている。その圧倒的な軍事力を持ってすれば三国を潰す事などたやすいようにも感じるが、何故か王であるレイラはそれをしない。不気味な国だとシエナは感じていた。
僻地であるイールドは増えてきた人口を養う為に行動を起こし始めている。近くの国と戦争して勝利し、その領土を貰って増えてきた人々を養うのだ。
呪術や魔術などを得意とする宗教的な国、マフェリアはその宗教を広めるために多くの国とイザコザを起こしている。
そしてシエナのファーメルは世界を平和にするため、争いのない世界にするため、世界を統一しようとしている。
その四国の考えや想いはぶつかり合い、時に戦争となり、時に和睦し、また時に戦争するのだ。
そんな状態が続いてもう20年になる。さすがに民は疲れを見せ始めていた。
「どうにかしなければ……」
ファーナがとった行動は自らが政治を行い、民の不満を出来るだけ解消するということであった。
だが、姉であるシエナは剣を取り、自ら戦争に出るという行為をとった。
姉妹でありながら正反対の行動を起こしたわけだが、無論どちらも父親に反対された。しかし、その前王である父親は数ヶ月前に病で他界してしまっている。
それからの二人の行動は早かった。
反対されていた行動を一気に起こし、ファーナは継承者争いで疲弊し始めていたファーメルを立て直したのだ。
対して、シエナはこれ幸いとばかりに国を襲ってくる他国と戦争を行って勝利を収め続けた。
二人が居なければ今のファーメルは存在しなかったといっても過言ではないだろう。それほどに二人の能力は正反対ながらも高かった。
「戦姫様。この辺が噂の場所のようですが……」
「分かった。皆分かれて異常がないか確認しろ。敵の間諜を見つけた場合はすぐに捕まえろ」
「はっ!!」
そう言って25名は全員バラバラの方向へと駆け出してゆく。
「ふぅ」
それを見届けてからシエナは小さくため息を放って空を見上げた。
メリニアが言っていたように確かに星の輝きが強いような気がするが、シエナには大きな違いなど分からなかった。
いつも通りの夜空――そうとしか思えない。
シエナは近くにある大きめの大木に背を預けて座り込んだ。
ウェンズデイ草原というだけあって木よりも原っぱの方が多いため、その木々を抜けるさわやかな風が彼女の髪をサラサラとなでる。
「戦姫……かぁ」
いつの間にか呼ばれるようになったその称号。
呼ばれるようになったのはここ一ヶ月の間だが、その称号は他国にまで広がっているらしい。
この称号をつけられた理由は簡単だ。シエナの実力は一般兵を軽く上回り、過去に数百の軍勢に囲まれても生還した所による。
あの時からシエナは戦姫と呼ばれるようになった。正直、ファーメルの第一姫と呼ばれるよりはましなのだが、"戦姫"と言うのも気に入っているわけではない。
そもそもシエナは自分のことを女の子らしいと思ったことは一度もないのだが、それでも自らが"女"であるという意識はあるはある。戦などと言うものに未を染めるよりも、普通の平和な日々で結婚し、平和な時を生きていきたい。そんな少女みたいな気持ちを自嘲しながらも捨てきれないでいた。
(こんなに簡単に人を殺せる私が少女のような夢を抱くなど……間違っているのだろうな)
奪った何百、何千という命が彼女に重くのしかかる。
それが、戦争というものなのではないだろうか。
彼女が殺してきた命。彼女を守って死んでいった者の命。そういった命を背負って人は生きていかなくてはならないのだろう。
だが、人一人の命はあまりにも重過ぎる。
その人間の生きていったであろう数十年を一人の少女に任せているようなものなのだから。
その人間がしてきたであろうことを一人の少女に任せているようなものなのだから。
その少女が重みに耐えられないとしてもその命は確実に少女の背中に乗っかかってくる。
だからこそ戦争は――つらい――
「あぁ……出来れば戦争のない世界に生まれたかった……」
いつもならば絶対にもらしてはいけないつぶやき、それは弱音。
彼女は戦姫と呼ばれる皆の士気を上げる戦士なのだ。そんな彼女が弱音を吐けば士気は逆に下がってしまう。
そんなことはシエナだって分かっている。
だが、シエナは戦姫である前に一人の少女なのだ。
少女に常に気を強く持てというのも酷な話なのではないだろうか。
それに今は誰もいない……一人なのだから……。そんな時にくらい弱音を吐いたっていいのではないだろうか。
「戦姫様」
「……ッ!! どうした?」
気がつけばシエナの前には送り出した25名がすでに集まっていた。
あれから1時間ほど時間がたっていたようでウェンズデイ草原を調べ終わったらしい。
(私の弱音は……聞かれていないな。よかった)
「で、何か変わったことはあったか?」
「いえ何もなかったです。少々星の輝きが強いと感じるくらいしか……」
「そう」
落胆などはしていない。しかし、何もなかったのなら何もなかったでかまわない。
シエナは立ち上がり、空を見上げた。
月のない新月の空はいつもの新月よりも明るく感じた。それはまるで日の光のようで、視界を白くさせてゆく。
「…………ッ!?」
「戦姫様!?」
「な、なんだ!?」
そしてようやく異常に気がついた。
視界が急にまるで靄にかかったかのように真っ白になったのだ。それは光のようで、それでいて目に刺激を与えぬやわらかい光だった。
他の兵たちの叫びからすると皆同じ状態のようである。
シエナはこういう時にどうすれば良いかを冷静に考えた。
(他国からのなんらかの攻撃……? いや、ウェンズデイ草原は首都から近い。ここまで接近されるなら何処かから報告が来るはず。なら、私を暗殺しに来た暗殺者の行動なのだろうか? 分からない。とにかく今は落ち着いて……)
考えているうちにゆっくりと靄は引いてゆく。
先ほどと変わらないはずの光景がなぜか変わってしまったかのように感じる。そんなはずはないのに。
「戦姫様。ご無事ですか?」
同じように視界が回復した兵士達にそう声をかけられる。
「大丈夫だ。それよりも、周囲に何か変わった様子はないか?」
「えぇっと……ん? 戦姫様!! 向こうで誰か倒れているようです!」
「何!?」
一人の兵士が指差したほうを向くと確かに誰かが倒れているのが見えた。先ほどは誰もいなかった場所だ。
「あ、戦姫様ッ!!?」
シエナは兵士達の制止を振り切ってその倒れている人物へと駆け出した。
抱き起こし、傷や何かがないかを確認する。
(……!! 酷い怪我だ……まるで何か大きく硬いものに体を思いっきりぶつけられたかのような……)
「戦姫様、どうですか?」
「これはかなり酷いな……。早く首都の方に戻って傷の手当をしないと」
「待ってください。その者の傷の具合を見ると首都までは持たないかもしれません。近くに村があったはずです。そこの医者に任せましょう」
「……そうだな」
シエナはその倒れていた人――まだ20にも満たない見た目の少年を背負い、一番近くにある村へと歩き出した。
走ると傷に響くかもしれないと思った彼女の優しさだ。
「では私はファーナ様に報告してきます」
「よろしく頼む」
その少年を背負いながらシエナは胸がざわつくのを感じていた。
(この少年を見ていると何故か……なぜだかは分からないのだが……)
自らのざわつきを感じていながらもどうすることも出来ない苛立ちからか舌打ちをもらす。
それでも少年をおろすことなく村へと進んでいく。
(何故だか……この少年は絶対に助けなければいけないような気がする……)
強く瞬いていた星は、いつも通りの明るさへと元に戻っていた。