ACT.019 呪われた槍と一人の少女Ⅵ
シエナはゆっくりと荒天翔羅を抜き放ち、少女を見据える。
少女はシエナをジッと見つめながら片手でとても重そうな槍を持っている。その姿に光一は少しだけ違和感を感じるも、その正体は分らなかった。
二人は動かない。独特な呼吸法を取っているのか、シエナからも少女からも呼吸の音は聞こえず、体が上下してぶれることもない。それはそれぞれが相手を強敵であると判断するには十分な要素だったようで、同時にシエナと少女の表情が険しくなった。
一瞬。まず先に動き出したのはシエナのほうであったが、その差は一瞬といっても良いほどの差であった。同時と感じるほどにタイミングで少女も動き出したのだ。
「戦姫様……気をつけてください、奴は魔術を使います……」
「ま、魔術ッ!?」
兵士の一言に驚いたのは光一である。この世界にそんな摩訶不思議力があるなんて想像もしていなかっただろう。
驚いたまま光一は2人を見た。
走って接近しあう2人は中央でぶつかると、そのまま武器で技を放ちあう。
「やぁ!!」
シエナの一撃必殺である細剣の攻撃は少女の槍によって阻まれ、少女まで届く事ができない。圧力の関係上、シエナの武器の威力は大きいものの、簡単に言ってしまえば"当たらなければ意味は無い"という事だろう。先ほどから少女にはその攻撃が掠ってすらいなかった。
逆に少女の一撃はシエナとは違って重たい一撃であった。槍で遠心力を使い、"突く"のではなく"叩き斬る"事によってシエナよりも優位に立っている。シエナにはその少女の攻撃は受け止めきる事ができず、避けるしかないからである。
「くっ!?」
さらに少女の槍はまるで意思を持ったかのように攻撃が跳ね上がる。横に凪いだと思ったらその途中で上に切り上げて、さらにはそこからすらも追撃してくる。あまりにも型破りであり、変幻自在なその攻撃はシエナの体力を徐々に奪ってゆく。
シエナにあせりの表情が見えたとき、少女がポツリとつぶやいた。
『氷の枷』
「しま――」
少女の周囲に雪のような塊が現れ、それがシエナに襲い掛かる。度重なる槍の攻撃を回避する事に夢中であったシエナは体制を崩し、その雪を右手首の辺りに受けてしまう。
雪はその瞬間体積を増し、近くの木まで接触するほどに大きくなり、やがて"雪"は"氷"となる。完全に右手を木に止められてしまったシエナはすぐに右手で持っていた荒天翔羅を落とし、空中で左手でキャッチする。
少女の追撃は今までよりも勢いののった槍での一撃。
グワァと接近する刃をジッと見つめながらシエナはタイミングを合わせる。
「火龍一閃…………」
「ぬぅ!?」
「焔っ!!」
剣から表れた"炎"が彼女に襲い掛かってきていた少女を包み、燃やし尽くそうとする。
だが、一瞬の判断ですぐに方向転換した少女に炎は当たってはいない。シエナの攻撃はただ何もない空間を炎で斬っただけであった。
「ふぅ……そういえばファーメルの姫様は"炎系統の魔術"を習得していたのだったな……いやはや、忘れていた。と言うことは氷の枷も無駄か」
『炎の手』
シエナの右手から炎が上り、シエナをくっつけていた氷は解けて消えてしまう。
「し、シエナさん……? その炎は……」
「私達ファーメルはもともとは炎を司る一族だった。だから私だって炎系統の簡単な魔術なら使用できる」
「炎か……ちょっと相性が悪いな……」
魔法には9つの属性が存在する。炎、氷、雷、水、土、風、光、闇、空の9つである。それぞれには相性があり、炎は氷に強く、今回の例で言えば魔術的な意味では少女よりもシエナのほうが有利であるといえる。
しかし、これはあくまでも魔術の属性的相性であり、実際の戦闘では魔術的知識、魔術能力、さらには経験が必要となる。正直シエナはその三つ全てあまり高い能力値ではないため、荒い息を整えながら冷や汗をかき始めていた。
(こいつ……思った以上に厄介だ……)
シエナのもっとも不得意とする相手が魔術師であった。接近戦では負ける気がしないのだが、ひとたび距離が開けば遠距離から魔術を放たれてしまう。そんな相手がシエナのもっとも苦手とする相手だ。
ギリッと歯を食いしばり、左手の剣を右手に持ち替えた。先ほどのアイスバインドのせいで若干感覚がおかしいが、凍傷にもなっていないようなので問題はないだろう。ぎゅっと握ってシエナは考える。
(どうする? どうすればアレに勝てる? いや、勝つといっても少女を殺してはいけない……)
シエナはあのブレフィアの槍がどういったものなのかを把握していた。
だからこそ――戦いづらい――
「ふふ……ファーメルの姫君よ……おぬし……知っているな……?」
口を歪めて笑う少女にシエナも光一も顔をしかめた。
それはあまりにも少女っぽくない口調、声。だが、それ以上にその少女の表情に二人は驚いていた。
まるで顔半分だけが少女の意志のように悲しみを浮かべていたのだ。もう半分は逆に愉快そうに笑っていた。それが"槍"の意志なのだと瞬時にシエナは判断した。
「ならば分るだろう? このまま"本体"を殺してしまえば"本体"は簡単に死に至ってしまうぞ……?」
「そうだな……」
シエナには少女を殺さずに"槍"をどうにかする方法を知らない。ただ、ブレフィアの槍が使用者の体を乗っ取ってしまうと言う事を聞いた事があっただけで、対処法などを彼女は知る事ができなかった。
少女が顔を歪めながら槍を構え、シエナに走り寄ろうとした瞬間――
―チリン―
鈴の音が森に響いた。
「「「――――ッ!?」」」
息を飲むのは三人。シエナと少女と、光一だけであった。2人の兵士は急に動きの止まった三人を不思議そうに眺めていた。
チリンと二回目の鈴の音が響く。光一は恐る恐る鈴の音の発生源である自らのポケットを探る。っと……
「こ、これは……」
「むむぅ!? "聖鈴"!? 何故貴様がそれを……!?」
「………………そうか……シエナさん!! そいつは槍の先についているオレンジの宝玉を破壊すれば槍だけ止める事ができる!!」
「コウイチ、分った」
「くぅ、聖鈴が……くっそっ!!」
少女の持つ槍の刃の部分には光一の言ったとおりオレンジ色の宝玉がついていた。それは黒いラインの入った宝玉で、シエナにとってはまるで"瞳"のようにも見えた。
一気に近づいて宝玉を割る。それが一番だと判断するが問題が一つだけあった。
「だが、弱点が分ったとしても壊せなければ意味はあるまい」
そういうことだ。一気に懐に入るのは良いが、宝玉が割れなかったときのリスクが高い。どうするべきだろうか……。
チリン。三度鈴が鳴った。
「大丈夫です、シエナさん。俺がサポートします」
「……分った」
その光一の一言に何故か頷くシエナ。頷いた後で戦闘初心者である光一に任せて良いのか?と疑問に思ったが、ここは彼を信じるしかない。
光一は鈴を握り締め、ゆっくりと目をつぶった。
『凍てつく氷』
水蒸気を凝固させ、氷として固める氷魔法。その特徴故に何処に氷を発生させるのがわかりにくい魔術である。
アレックスとディックの事を思い出し、「足場を凍らされるかもしれない」と足場に注意を図ろうとしたシエナに光一の声が届いた。
「違います、上です!!」
「何っ!?」
その驚きの声はシエナではなく、少女から上った。
シエナが上を見上げると、人2人分ぐらいの体積を持った氷が空に浮かび、シエナに落ちてこようとしている。
『氷結の弾丸』
急に速度を上げて落下する氷をシエナは紙一重で避ける。分っていてなお"紙一重"だった物が気づかずに落とされていたらどうなっていた事か。シエナはそう考えて内心ゾッとしていた。それと同時に教えてくれた光一に感謝し、少女を見据えた。
「まさか……聖鈴にそこまでの力があるとはな……失念していた」
「ッ!?」
その少女のつぶやき声と同時に光一は息をのむ。鈴の教えてくれた少女の次の行動は、光一に攻撃すると言うものだったからである。
(シエナさんに助けを求めるか? いや、彼女に頼りっぱなしで俺は……)
「破っ!!」
少女が加速し、ブレフィアの槍を光一に振るった。
その速度は今までの戦闘よりも速いもので、不意を突かれてしまったシエナに対応できる速さではない。
光一は呆然としながら自らに接近する少女を見つめていた。
「コウイチィィッ!!!!!」
いつもは冷静なシエナの怒鳴り声が響き、ブレフィアの槍が光一の体に吸い込まれた。
次回のために今回はちょっと短め……べ、べつに手抜きじゃないんだからな!!
次回はいよいよ槍との戦いが終わるはず!!
光一がちょっとだけがんばります。シエナもがんばります。
アレックスとディックはもう出番はないでしょうね(笑