ACT.018 呪われた槍と一人の少女Ⅴ
もう涙すら枯れ果てた。
少女は俯きながらじっと自分のことを考える。
村では普通の女の子だった。もともと小さい村で、村全ての人が知人。そんな村だったので、彼女の事を知る人も多かった。
たい焼きをくれたおじさん。お母さんと買い物に行った八百屋のおじさん。友達のお母さん。
多くの人が彼女の事を好いており、また、彼女もそんな彼らの事が好きであった。
もともと口数の多い女の子ではなかったが、それでも気持ちは伝わっていたのだろう。何も言わなくても向こうから喋りかけて来てくれた。
親のいない少女には孤独がつらい事を知っている。だから村の人々という存在は少女にとってはとても嬉しいもだった。
それを自分で壊したのだ。
ギュッと手に持った"槍"を握る。
『コロセ……コロシツクセ……』
いまだに聞こえる槍の怨嗟の声。少女を狂わせる――悪魔の声。
「ふ……ふふ……」
少女は嗤った。心底おかしそうに顔を歪めながら嗤った。
それはもう既に正常な人間の笑いではないのだが、少女のその笑いは壊れていながらもとても悲しい笑いだった……。
日は高い。もしかしたら別のニンゲンがこの村へやってくるかもしれない。
先ほど殺した男の死体を口を歪めながら眺め、そう考える少女。
そんな少女の頬を涙がつたった。
☆☆☆☆☆
ブレフィアと呼ばれる村はレーゼルから東の方へと走った場所にある。
周囲を森に囲まれた村で、基本的には農業地として有名。しかし、森の中心部にあるためか連絡が回るのが遅く、周辺の村から見ると孤立状態に近い。
さらにブレフィアの特徴として有名なのが、とある"槍"を崇めている事だ。これは宗教的なものの一種として有名で、この存在もブレフィアが他の村から孤立するにいたった物の一つであった。
そのため、ブレフィアにおける情報と言うものはかなり少ない。そう、たとえ森に着いたとしても彼らには細かい村の場所は分らない。
「で、この森のどこかにブレフィアがあるんですね」
「そうだ。実際こっちの方へはあまり足を運ばないから、場所が分らない。だから探すしかない」
光一達はアレから少ししてレーゼルを出て、そのまま真っ直ぐブレフィアへと向かった。もともとレーゼルは視察のためだけだったので、特に寄り道することなく、そのまま真っ直ぐブレフィアに向かってきたのだ。
そこまでの道のりは草原を走るものだったため、特に問題は無かったのだが、今現在彼らには一つの問題があった。
彼らの目の前にあるのは深い森。ブレフィアを覆う森で通称を『迷いの森』と呼ばれているらしいとても深い森なのだが、ブレフィアへ行くにはこの森の中をどうしても探索しなければならない。
しかし、この20人で同時に探しに行っても発見は遅くなってしまうだろう。必然的に何人かの班に分かれて探索する事となる。
「ここでは一人での行動を制限する。2~3以上の人数で班を組み、捜査に当たれ! 私はコウイチと行く。あとブーラ、お前も着いて来い」
「ハッ!! 了解であります!!」
ブーラと呼ばれた兵士は馬上で敬礼しながら恭しく答える。
それを見てシエナは頷くと、叫んだ。
「森は深い。もしかしたら迷うかもしれないが、迷った場合はすぐさま森を出ようとするんだ」
「「ハッ!!」」
「では捜索開始」
「「了解しました!!」」
さすが軍隊と光一が感心するほどに皆の動きは統一化されている。
テキパキと2~3人の隊列を組み、それぞれの隊が別々の方向に進んでいく。無駄口も叩かず、騒がず、彼らは自らの道をしっかりと歩いて進んで行った。
地球育ちの光一としてはかなり唖然とする光景だったが、この世界生まれであるシエナとブーラは驚くことも無いのだろう。シエナは一つ頷くと、コウイチとブーラを見た。
「それでは私達も行こう」
「あ、は、はい!!」
「了解です」
シエナとブーラは迷いもせずに森に入っていく。
「あ、ま、待ってくださいよ!!」
それに遅れないようにと光一が森に一歩入った瞬間―――チリン……と鈴の音が響いた。
「えっ?」っと周りを見回すが、鈴のような物体はもちろん見つけることなど出来なかった。しかし、その鈴の音は確かに光一の耳に聞こえてきたのだ。聞き違いなんて感じないほどにはっきりと、まるで耳元で鳴らされたかのように……。
「どうした? コウイチ?」
少し先でこちらを振り返りながら聞いてくるシエナに「何でもありません」と答えて走り寄る光一。
その走っている間、ずっと光一は同じことを感じていた。
(あの鈴の音は一体なんだったんだ……? 少し……嫌な予感がする……)
その頃、兵士達の別動隊の一つにブレフィアへと真っ直ぐ進む班があった。
「アレックスさん。本当にこちらの道であっているんでしょうか……?」
「大丈夫だ。……たぶんな」
「全然大丈夫じゃなさそうな返事なんスけど……」
三人は特に理由も無く真っ直ぐと進んでいたのだが、その方角は間違いなくブレフィアに向かっていた。運があるのか無いのか……。
唐突に三人の視界は一気に無くなる。
「むっ? 霧か……?」
「普通のきりにしてはずいぶん濃い霧ッスね」
「つまり普通じゃないってことか? お前ら、用心しろよ」
「ウィーッス」「はい」
霧はかなりの濃さで、数メートル先が見えないほどだ。そんな霧が急に発生するなんて普通のはずが無い。
三人の中でもっとも年長であるアレックスはそう判断すると、腰の剣を抜き、警戒しながら進む。二人もアレックスを見てから剣を抜き、アレックスの後ろを守るように三人で△の形にになりながら進んだ。
「あれ?」
「どうした?」
アレックスの左後方で警戒をしていたウィーグルが声を上げた。
「そこ見て欲しいッス。なんか人が倒れているみたいなんッスよ」
ウィーグルの指差した方向は彼らのいる場所から数メートル離れた、ギリギリ見えるか見えないかの場所であった。そこには男か女か、老人か青年かも分らないのだが、木に寄りかかるようにして一人の人間が倒れているように見える。
アレックスはそれを見ると一つ頷き、
「とりあえず行ってみよう。要救護者ならすぐに助けなければならない」
そう二人に指示を出した。
駆け出し、倒れている人物を見る。
「うへぇ!?」
「これはまた……かなりの美少女だな……」
倒れていたのは女の子だった。それもかなりの美少女で、長い銀髪、黒い服、白い肌、閉じられた瞳。まるで人形のように精巧で、それでいて人間ではないような怪しさを持つ少女だった。あまりの可愛らしさにウィーグルは声も出ないようである。
そんなウィーグルを見て「やれやれ」と呆れながらアレックスは少女に近づいた。
「大丈夫か? 君?」
「……ううぅ……」
少女に意識は無いようだ。アレックスはじっと少女を見た。
長い銀髪は腰くらいまで届いているだろう、その銀髪にこれまた黒いレースのついたカチューシャをつけていた。顔は10歳程度に見えるほどに若く、まだまだ子供っぽい所が抜け切れていない。服は黒を基調としたワンピースタイプの服で、地球的言い方をすればゴスロリに近い。こちらでは一応ドレスと言う扱いなものの、それでもこのような服を着ている人間は珍しい。
アレックスがじっと見ているのが不服だったのか、少女にウィーグルが近づいた。
「お、おい!!」
「大丈夫ッスよ。普通の女の子じゃないッスか~~」
「だが、今現在この森のブレフィアで事件が起きているのだぞ? 不用意に何かに近づくと……」
「大丈夫、大丈夫ッスよ……」
近づいていくウィーグル。だが、
「うぇ?」
ウィーグルが気が付いたときにはそこに少女の姿は無かった。
首をかしげながらアレックスの方を向くが、アレックスは瞳を大きく見開かせながら「ウィーグル!!避けろ!!」と叫んでいた。
何がなんだか分らない。
でも、一つだけ分ったことがあった。
ウィーグルは痛みで倒れてゆく体と、薄れ行く意識の中で少女を見つけた。
大人でも扱えるか分らない大きな槍を持った先ほどの少女が、赤い瞳でウィーグルを見下ろしている。あぁ、彼女が……そう判断すると同時にウィーグルの意識は無くなった。
「ウィーグルゥゥ!!!」
アレックスは叫ぶもウィーグルから返事が帰ってくることは無い。
すでにもう一人の仲間であるディックは少女を睨み、相手の動きをじっと見ながら警戒をしているようだ。だが、アレックスには少女よりもウィーグルのことが気にかかっていた。
あの少女の放った後ろからの一撃。慈悲も無い殺しの一撃はウィーグルの体を貫き、確実に死に至らしめただろう。
ウィーグルの体からあふれ出た血が森の草々を赤く染めてゆく。
「くっそ……ウィーグル……!!」
戦争に身を置く者、常に死を覚悟しながら戦っているが、こんなところで死ぬなんておかしな話だ。それも相手は仕える主、シエナよりも幼く見える少女だ。これが変な話だと思わなかったらどういった話だというのだろうか。
ウィーグルへの悲しみを押し込め、アレックスは剣を握って少女を睨んだ。
そんなアレックスとディックを見てクスクスと笑う。その笑みは人間のものとは到底思えない物だった。
「何がおかしい!?」
「コロしてあげる……アなたも……アナたも……このモリにはいっタ人スベテを……!!」
「あいつ……すでに壊れかけてやがる……!!」
ディックがそう悪態づいたのをアレックスは聞き、同意した。しゃべり方は人間とは到底思えないほどの雑音が混じっていて聞き取りづらい。槍を軽々と持ち歩くその姿はメリニアという将軍を見ていない場合は脅威に感じるだろう。
「いけるか? ディック」
「えぇ、大丈夫です。問題なく戦えます」
「クスクス……」
「「…………ッ!!」」
同時に駆け出すディックとアレックス。左右から来る斬撃に対して何もリアクションを起こさない少女。
「やぁ!!」
訓練と同じように右からアレックスの刃が走る。それを後ろに交わした少女に向かってディックの刃が奔った。
ガチィン。重い音を立てながらディックの刃は少女の持つ槍へと激突するも少女を吹飛ばすことすら敵わない。
走って勢いの乗った攻撃に対してバックステップした少女を吹飛ばすこともできない……ディックは舌打ちをしながら返す刃で二回目の斬撃を叩き込む。
だが、その一撃は空を切った。
ウィーグルが少女を見失ったときのように霧の中に少女がフゥと消えてしまうのだ。
「くっそッ!!」
「後ろだ! ディック!!」
アレックスのその言葉を聴いてから振り返ったのでは遅い。そう判断したディックはアレックスの言葉を信じ、後ろに気をつけながら右へ飛んだ。
そして先ほどまで立っていた場所を見れば、少女がその場所でクスクスと笑っていたのが見え、ディックはしっかりと避けられたことを感じた。
「助かったアレックス」
「お安い御用だ」
立ち上がり、剣を構える二人を少女はジッと見つめ、やがてポツリとつぶやいた。
「やはり……この女の槍の技術だけでは敵わぬか……」
それは今までのような少女の声音ではなく、まるで年を取ったお爺さんのような声。二人は呆気に取られながら少女の動きを見ていた。
それが命取りだったのだろう。
少女が掌を二人に向けたとき、二人は逃げる事も、反応する事も出来なかったのだ。
「凍てつく氷!!」
「「なっ!?」」
突然湧いた氷で足を氷漬けにされてしまい、身動きの取れなくなった二人。
少女のつぶやいた一言に二人は驚きながらも同じ結論へと到達した。
「ま、魔術だと……!?」
「このファーメルに住んでいる人間が魔術なんて……くっそ!! 甘く見ていた……!!」
「私は氷に対して強い魔術を放つことが出来る……この霧を見た時に何も感じなかったのかな」
確かにこの霧は普通の物だとはアレックス達は思っていなかったが、まさか魔術で作り出したものだとはさすがに思ってもいなかった。
考えてみれば霧とは微細の水分(水蒸気)が凍り、大気中に止まっている状態で起こる。だから冬の朝方などの寒いときに発生する事が多い。氷の魔術に強いものならば簡単に使用することが出来るだろう。
だが、二人は相手が魔術を使うなんて予想を全くもってしていなかった。それはそうだろう。魔術を使う人間がファーメルには極端に少ない。理由は魔術が才能によってしか使用出来ないことと魔術が子に伝わるものだからである。
もともと魔術とはマフェリアが一番栄えているのだが、ファーメルはマフェリアからもっとも遠い国である。魔術的な能力を持った人間が来ることは少なく、結果的にファーメルに魔術を扱える者が少なくなってしまうのだった。
二人が魔術を警戒していなかったとしても不思議ではない。
「その格好では避けることも叶うまい……我に貫かれるが良い!!」
ジッと槍を構えた少女をグッと睨むアレックスとディック。
「やめて……!!」
叫び声が上った。それは少女自身が発した声である。
少女自身が発した声は今までのようなお爺さんの様な声ではなく、年相応の高い女の子の声であった。
「く……未だに意識が残っていたか……いや、もしかすると近づいてくる者の何かに作用されたか……」
「もう、やめて……リアはこんな事……望んでない」
まるで一人二役のようなしゃべり方。だが、確実に少女は何かに抗っていると二人は分った。
だが、足元が凍っている二人にはどうする事も出来ない。唇をかみ締めたその時、彼らの目の前にその人は現れた!
「大丈夫か?」
「「い、戦姫様!!」」
「むむ……ファーメルの第一姫か……よく似ている……」
「貴方は……そう……『ブレフィアの槍』か……」
「我を知っているのか。ならば話は早い。我と一戦交えてもらおうか!!」
「ブーラ!! 二人の足についた氷を上手く割って。コウイチは出来るだけ近づかないようにして」
「分った」
「了解しました」
赤髪の少女シエナとブレフィアの槍と呼ばれる特殊な槍を持った銀髪の少女。二人のその姿に光一はゴクリと唾を飲み込んだ。