ACT.001 ファーメルの少女達と女性
夜、とある館の一室で可愛らしい声が響いていた。
まるで子供のように高い声のせいで誤解を受けそうだが、怒気を含むその声は怒っている事が分かる。
「姉さんは不用意に前に出すぎなんです!! もしも怪我をしたらどうするんですか!?」
「うぅ……すまない……」
怒られているのは先の戦争で一番の功労者、シエナ=ファーメルであった。
短くて赤い髪は動きやすさを重視したものではあるが、その短さが逆に美しく感じるものは多い。特に兵士達にそう感じる者は多かった。
ちなみに、怒っているのはそのシエナの妹であるファーナ=ファーメルである。
胸が大きく、身長も十分あり、とても美しいシエナとは対照的な体系が特徴的。
一つしか年が違わないはずなのにファーナはまるで三つも四つも違うかのように見た目は小さく、胸も平らだった。鎧の下からでも大きさの分かる姉、シエナとは大違いなその大きさに嘆き悲しむ人も多い。
ただ、シエナとファーナでどっちの胸が好みかで兵士に派閥が出来ているのだが、シエナはそのことを知らないしファーナは一応知っている。
「姉さんは自分の立場を分かっておいでなのですか? 現在ファーメルに王は居ません……数ヶ月にお父様がなくなり、男児の居ないわが一族は跡継ぎが居ないのです。そんな中であなたを失ったら確実に私達の国であるファーメルは落とされてしまうんですよ?」
「わ、分かってる。ただちょっと我慢できなくて……」
「戦狂ですかあなたは!!」
「まぁ、良いではないですか。ファーナ殿もその辺にしてあげると良い。シエナ殿も反省しているようだぞ?」
急に後ろから声をかけられてファーナはびっくりして飛び上がった。
シエナは反対側に居たので気づいていたのだろう、クスクスと小さく笑っていた。ファーナはシエナをキッと睨んだ。幼さの残るその睨みはシエナには子供が駄々こねているようにしか感じられなかった。
「うぅ……姉さん、メリニアさんが来たなら教えてくれればよかったのに……」
「いやいや、すまんなぁ……もうかれこれ一時間も怒られているのだからそろそろ許してやって欲しいと思って」
「ありがとうございます、メリニアさん」
「これじゃあ私が悪者みたいじゃないですか……」
ファーナはため息をついて後ろを振り返った。
メリニアと呼ばれる女性はファーメルに昔から仕える一族の末裔で、現在のセークリッド軍隊長である。
特徴的なのはこのフィレディルカでも珍しい長い黒髪で、腰まで届くほどの髪は光を受けて輝いている。
さらに一番の特徴といえばその胸である。とにかくデカイ。
敵兵士すら目がいってしまうほどに大きい胸、さらに彼女の戦闘服は露出の激しい物で、狙っているとしかファーナは思えない。
姉にもメリニアにも体系でも形勢でも負けているファーナは少々落ち込み始めていた。
別に彼女は間違った事をいっているわけではないのだが、シエナとメリニアには勝てないということだろう。渋々ながらも説教をやめにしていた。
「もう……これからは勝手に一人で突っ込むなんて事はやめてくださいね?」
「はい」
「返事だけはいいんだから……。それよりも、メリニアさんはどうしたんですか? 急に私たちのところに来るなんて……なにか用事でも?」
「おっと、そうだった」
メリニアは彼女達の近くに腰を下ろした。
二人の姉妹は同時に顔を合わせ、自らの横に座ったメリニアを見て……ファーナが急に声を上げた。
「って、その腕に下がってる瓢箪ってもしかして……!!」
「んん? これか? これは……」
グビッと口をつけて中の液体を呷る。中身はもちろんお酒なのだろう、とても幸せそうにメリニアは瓢箪の中の物を飲んでいた。
しかし、その瓢箪は軍の食料倉庫内へとしまわれていたもののはずで、そういったものの管理の報告を受けているファーナは一発で分かった。そのため、無断で飲んでいるメリニアを先ほどのようなにらみで見つめていた。
シエナはいつものことと別に気にした風もないが。
「やっぱり先月と今月のお酒の数が合わないと思ったら、メリニアさんが飲んでいたんですね!?」
「ゴク……ゴク……ゴク……ぷはぁ。うん?? 別にいつものことだから気にしなくてもいいんじゃないか?」
「軍の食料庫は大切なものなんですよ!? もしも城に立てこもる必要が出て来た時などに兵糧がなかったら兵士達の士気はガタ落ちします」
とはいえ、メリニアにもそんなことは分かっているはずだ。酒好きでも彼女はファーメルの軍を統べる将軍の一人なのだから。
だが、酒好きの彼女がそういわれて「はい分かりました。もうしません」なんて言うはずもない。
「もぅ……これからは出来るだけ報告してからにしてください。それに量も調節しないと体を壊しますよ」
なんだかんだで優しいファーナであった。
「それよりも用事の話を聞かせてください。気になります」
「ね、姉さん……」
「まぁ、ファーナも良く聞いているといい。ちょっと大切な話になるかもしれん」
と、急にまじめな顔をして言うメリニアを見て2人も緊張した面持ちを見せる。
いつも温厚な彼女がマジメな顔をする事なんて多くはない。それほどの事があるかもしれないのだ。
「実は私の兵士達からもちょくちょく報告があったのだが、ここから西方にあるウェンズデイ草原……最近あそこで不可解な出来事が頻繁に起きているらしんだ」
「ウェンズデイ草原に……ですか?」
「うむ。どうやら最近夜になると星が強く瞬くそうだ。どういうことか私には分からないが、知り合いの占い師も似たような事を言っていた」
「なんだか……よくない兆候ですね」
星が瞬くのはよくないことの前兆であるという話がファーメルには流れている。
その迷信を信じているのではなく、ファーナが気にしているのはその事による人心の乱れが気になっているのだ。
良くない事が起こるかもしれないと人々が慌てれば何かしらに必ず悪影響は現れる。"絶対に"である。
「だから軍師であるファーナ殿はどのようにしてこの事態を回避する?」
「ぐ、軍師って……。確かに私は軍の指揮もしますし、政もやってますけど、軍師と呼べるほどにはなってませんよ」
「いいから、いいから。ファーナ殿、そのような事態に陥ってますが、どうされますか?」
「そうですね……姉さんの部隊がウェンズデイ草原に赴いて一度調べてきてもらったほうがいいかもしれません」
「……めんどくさそう……」
渋い顔をしながら言うシエナに呆れ顔でファーナは言った。
「国の姫である姉さんが何を言うんですか。それに姉さんが行く事で不吉な事なんて何もないって宣伝するんですよ」
「でも……」
「分かりましたか?」
「はい」
ファーナに一瞬鬼が宿ったように見えたが、それはシエナの見間違いだろう。
シエナはめんどくさそうな表情を改めることなくその場を立ち上がり、そして扉のほうまで歩いていく。
「あぁ、姉さん」
「ん? まだなにかあるの?」
振り返ったシエナにファーナは少々心配そうな顔を向けて
「気をつけてくださいね」
そうシエナに言った。
「もちろん」
シエナは笑みを浮かべながらそう答えると軍部に兵士を集めるように通達したのだった。
シエナは主人公じゃなくてヒロインです。あしからず。