ACT.017 呪われた槍と一人の少女Ⅳ
チュンチュン。
まるで漫画の世界のような鳥の鳴き声が光一の耳朶をうった。モゾモゾと動きながら窓の外を見ると、すでに空は白みかけ、朝に差し掛かっていた。
反対方向を見る。そこにはシエナが静かに寝ており、いつもの大人っぽい冷静な表情はそこになく、昨日のような悲しみを湛えた表情もなく、ただ子供のように無邪気な寝顔がそこにはあった。
フッと光一は小さく息を吐く。とりあえず最初に思い出したのは昨晩の事。
あの後ファーメルの兵士達と一緒に晩御飯を食べたまではよかったのだが、兵士の一人が持ち出したお酒によってその場は宴会へと発展して行った。別に酒が強くて光一が倒れたのではなく、むしろ倒れたのは兵士達のほうだった。
この地方のお酒はおいしいらしく、ガバガバと飲んだ兵士達は一人ずつバタリと倒れ、中にはそのまま寝て、中には酒乱で暴れだす者がいて、大変な事となったのだ。
シエナは光一と同じように少しずつ飲んでいたので酔ったと言う事はない。
っと、昨晩の事を思い出して身震いする光一。
実際よって暴れた者の中には剣を抜き、光一に襲い掛かったものまでいた。酔った勢いなのか、かなりマジになって追いかけてくる兵士から逃げ惑い、シエナに助けられた頃には宴会も半壊、すでに兵士の9割程度が潰れた後だった。
「しかたない……コウイチ。こいつらを部屋まで運ぶのを手伝ってくれ」
「え、えぇぇぇ!?」
逃げまくって疲れた体に鞭を打ち、兵士達を必死に運んだシエナと光一(特に光一)。鎧を着ていない事が幸運であった。
そんな昨晩の事を思い出しながら光一はゆっくりとシエナの寝顔を盗み見る。
いつも冷静なシエナだが、寝ているときだけは本当に子供のような表情を浮かべている。それは、いつもは隙を見せないシエナの無防備な姿。
ゴクリと喉が鳴る。光一はシエナの寝顔を前に自らが緊張している事に気が付いていた。
(な、何を緊張しているんだ……? 相手はシエナだぞ? 命の恩人のシエナなんだぞ? この程度の表情で……)
視線は美しい赤い髪へと行き、その後に閉じられた瞳へと移る。その後には小さく開いている口元へと視線を移した。
息を吸い込んでいるのかは分らないが、シエナの唇は少しだけ開いていた。規則正しい呼吸の音と同時に彼女の布団は揺れ、それが逆に光一の心拍数を劇的に上昇させていることとなっているのだが、寝ているシエナにはそんな事分るはずもなく。
唇に視線を移した硬直して動かない光一。
(い、今なら狙えるんじゃないのか……?)
狙えるとは無論シエナの唇の事だろう。寝ている間にキスを奪うとは光一もなかなかの鬼畜である。
(まて。それはいくらなんでも人としてやっちゃいけないんじゃないのか?)
『いいんじゃないのか? シエナの寝顔を見てみろよ。こんな機会は絶対にもう現われない。それなら今行くしかねぇんじゃないのか?』
心の中の悪魔が光一にそう語りかけてくる。
『ダメだよ!! シエナは光一を信頼してるから無防備なんだよ? その信頼を裏切っちゃダメだよ!!』
『あぁあん? 天使? てめぇ誰の言葉の反対を言ってやがるんだ? 民主主義なめんじゃねぇぞコラ』
『民主主義が聞いて呆れるね!! 君の言葉は単なる暴君のような言葉だよ? もっと歴史に目を向けて見てよね。全く……これだから単細胞は……ふぅ』
『てめぇ……パンが無ければお菓子でも食っていれば良いじゃねぇかこの筋肉がッ!! とでも言いたそうだな!?』
『どこのアントワネットと筋肉人よ。やっぱり単細胞ね』
『ムキャー!!!』
(な、なんなんだ俺の心の中は……? なんでこんなにカオスなんだよ……)
いろんな言葉がどう考えてもネタとしか思えない天使と悪魔の発言。
むしろそんな天使と悪魔が心にいる自分自身がダメなのかもしれないとちょっぴり不安になる光一。結局キスするか否かでムンムンと悩んだ結果……
「ん……コウイチ……? もう朝なのか。意外とお前は起きるのが速いんだな」
「えっ!? あ、は、はい……」
シエナは目を覚ましてしまっていた。
ばっちりと目と目が合う。とても綺麗な焔のような瞳が光一をパチクリと見つめ、そんなシエナの瞳に光一は見とれている。
無音世界のように沈黙が流れるも、光一にとっては心地よくあるがあまり長居したくない世界。強く心臓が鳴り響き、心臓が壊れてしまうかのような錯覚を受ける。もちろん、そんな物は100%錯覚で、心臓が壊れてしまうわけがないのだが。
シエナはモゾモゾと動き、布団から出てくる。光一も魔法が解けるが如く同じように布団から這い出てきた。
「今日はいよいよブレフィアへ向かう。準備をしっかりとしておけよ」
「は、はいっ!! とは言っても、俺の準備って言ってもこの剣をただ引っ提げるだけなんですけどね……」
「いいさ。昨日のような事が起こった時にもしも回りに誰もいない時はそれを使うと良い。だが、単に使えば良いという話でもない」
シエナは真剣な顔をして光一を見つめる。
だが、光一にはシエナのその真剣な表情の裏にある『心配』と言う強い気持ちに気が付いてもいた。
「剣を抜けばそれは『戦う覚悟』を表したと言うことになる。戦いとはつまり、生きるか死ぬか……殺すか殺されるかと言う背反する二つの結果をもたらす行為だ。剣を抜けば相手はこちらの覚悟を見て、自らの武器を手に取り、戦うことになるだろう」
「つまり……下手に相手を刺激しないほうがよい時もあるって事ですか……?」
「そういう事だ。とにかくお前は自分の命が助かる可能性を考え、行動するんだ」
そのシエナの言葉は光一にとっては重たい。
平和と言われている日本からやってきた光一には未だに戦争と言うものに対してピンと来るものはない。しかし、シエナのその一言は、光一の中にある『他人事』と言う気持ちすらも打ち砕いてしまう一言だった。
光一はまだこの世界を何処と無く『夢の世界』だと思っていたのかもしれない。本人は気がついていないが。
「じゃあ朝食でも貰うか。他の奴らもそろそろ起きてくる……あー昨日のアレのせいで起きれない奴は多そうだな……」
「ははは……ですね……」
無論昨日の事とはあのお酒での暴動の事である。光一も苦笑いを返すことしかできない。
「まぁ、いい。今朝は私と一緒に二人でどこか食べに行こう」
「えっ? 二人だけでですか?」
「まだレイラ達がいる可能性もあるから一人で行くのは危険だろ? 私は次は絶対負けないさ」
「…………えぇ。一緒に行きましょうか!!」
光一とシエナは腰に剣を付け、宿屋を後にした。
レーゼルの市場でもっとも特徴的な点といえば、ファーメル城下街の市場よりもどちらかと言えば食料品が多い。逆にファーメル城下街には多くの地方から来る商人がいるため、食料品のみならず地方の特殊な品物や、変わった置物や、どう考えてもガセな物(龍の珠など)が多い。
食べ歩いたりするにはレーゼルの市場はファーメルに比べてよいかもしれない。
「にしても、人が多いですね……」
「朝は何処の市場も人が多いよ。朝だけじゃなくって、日が暮れ始めた夕方も多い」
「なるほど。主婦が買っていったりするんですね」
その辺は日本も似たようなものだと光一は考える。
特に夕方の方では主婦が多く、学校帰りなどでも両手に多くの食料品を持った主婦の方々を見つけることが出来る。他にも、光一は姉である由香と交代で買い物をしていたため、特売品をその主婦達と争った経験もある。
本人にとってはあまり良い記憶ではないが。
「とりあえずコウイチはこっちの地方の食べ物は全然知らないんだよな?」
「何処の地方でも知りませんけど……レーゼルはどんな物が良く食されているんですか?」
「ここは特にヴェルガに近い。その為かどうかは分らないが、ヴェルガの料理の一部がこっちの方まで流れているんだ」
「へぇ~」
「中でもハンバーガーと呼ばれるものは食べやすく、それでいて中々に美味だぞ?」
「ぶっ!!! は、ハンバーガー!?」
「どうした? ハンバーガーってやはりおかしな名前だよな……コウイチもそうは思わないか?」
「い、いやぁ……」
たぶんそれはファーメルが全体的に和・中華タイプだからだろう。だからハンバーガーと言う発音がしにくいのだろうが……シエナの発言は結構危険だった。
「それにしても」と光一は空を見上げながら考える。
(ハンバーガーってどう考えても俺の世界の食べ物だよな……何でヴェルガに……? そういえば少し前にメリアに炒飯作ってもらったっけ? アレは確かアスガルドの方から流れてきてるって言ってたけど……もしかしてアスガルドからヴェルガの方にも何らかしらの物が流れているのかもしれないな。
この世界もまだまだ分らないことばかりだ……)
「どうした、コウイチ?」
「い、いえ。なんでもないです。それよりも、朝食はハンバーガーにするんですか?」
いうなれば朝マックみたいな感じになるのかもしれない。ハンバーガーの具は分らないけど。
光一はにこやかに聞いているが、心の中はかなりの苦笑いで埋め尽くされていた。まさかこっちの世界に来てハンバーガーを食べるなんて思っても見なかったからだろう。
「そうしよう。ちょうどそこにハンバーガーのお店がある」
シエナの指差した先はたしかに「ハンバーガー」と書かれた看板を下げたお店が開いていた。
にしても、こんな朝から営業しているのは嬉しい。時間で言えばまだ6時か7時くらいのはずだ。
「いらっしゃい」
仏頂面のおじさんが近づいてきた光一とシエナに声をかけてくる。
繁盛しているのかよく判らないお店だ。若干ボロが入っているし、どう考えてもあまり綺麗とは思えない。
「私は『ちーずばーがー』と言うのを一つ。コウイチはどうする?」
「俺はソーセージマフィンで」
「あいよ。ちょっと待ってな」
出てくるチーズバーガーとソーセージマフィン。
パンの形がちょっと特殊で、チーズバーガーは普通のブレッドを横に半分に切った物にチーズや野菜を詰め込んだものだ。
ソーセージマフィンはソーセージを一度ひき肉状態にし、もう一度練り直して作った物に店特性ソースをかけてはさんだものだ。
シエナは貰ったチーズバーガーを一気にかぶりつく。お姫様とは思えないほどのかぶりつきだが、口が女の子のためか少し小さいため、うまくかぶりつけないらしい。
そのシエナのちょっと困った顔は光一の胸にズガンと来る。
「ん? どうした? あーこっちの奴が気になるのか?」
口元を凝視していたためか、チーズバーガーが気になると思われたらしい。
「そうだな……食べ比べか……私もそのソーセージマフィンとやらを一度食べてみたい。だから食べ比べをしよう」
「食べ比べですか」
「そうだ。一口だけだが、食べて良いぞ」
とシエナはその持っていたチーズバーガーを光一に向ける。
まるで恋人同士が「あーん」とやっているような感じだが、シエナにはその気は全く無い。むしろ向けられて困ったのは光一のほうだった。
その差し向けられたチーズバーガーはどう考えても『手渡す』と言うより、『かぶり付け』と言っている様にしか感じられない。
「じゃ、じゃあ、失礼して……」
パクリとチーズバーガーを食べる。味は地球のチーズバーガーと似ているようで少し違う。
まずパンがかなり柔らかい。ハンバーガーに使われるパンは基本的に結構固めだが、この世界のハンバーガーのパンはものすごくやわらかかった。
「では、私も」
光一が前に差し出す前にシエナは光一の持っているソーセージマフィンにかぶりつく。
無論かなり接近する事となり、シエナの髪から香る男とは違う女の子独特の香り。クラッと来そうなシエナの香りが光一の鼻をつく。
「ん、ソーセージマフィンと言うのもおいしいな。次からはこれを買ってみよう」
「あ……は、はい」
まるで漫画や小説のような世界だな……。
ラブコメのようなリアクションを取ってしまった光一は小さくため息を吐きながらそう感じた。
すみません。ちょっと所用で静岡へと行っていました。
ついでに等身大ガンダムを見て着ましたが、あれですね。思ったよりも小さいんですね……ガンダム……。
そしてケバブを頬張る私。ケバブ……美味しい……。
小説は思ったよりも話が進まないという……。
あれぇおっかしいなぁ。今回のお話でブレフィアまで行くはずなのに、全然行く気配が無いと言う……次回は必ずブレフィアへ向かいます。絶対に。きっと。
……多分。