第4話
『アイギス、フィールド出力、74%まで低下。持久戦は不利です』
メティスの声が、冷たく響く。
「じゃあ短期決戦だろ」
『短期決戦を成立させるために、敵の“嘘”を暴く必要があります』
メティスは淡々と言う。
そのくせ、視界の隅に表示される情報量が増えていく。
敵艦の軌道。
発光パターン。
砲撃の間隔。
全部を吸い上げて、組み立てている。
「メティス」
『はい』
「さっき言ってたな。“観測できてない”って」
『命中判定は存在します。ですが損傷ログが成立しない。矛盾です』
「つまり……見えてる敵が、本当の位置じゃない」
俺が言うと、メティスは一拍置いた。
『近いです』
「近いって何だよ」
『正確には、“あなたの目”が敵の位置を誤認しています』
背筋が冷えた。
「目が……?」
『はい。敵艦は空間そのものを歪め、光とセンサー情報を屈折させている可能性があります』
「屈折……」
『当たっているのは“像”です。本体は、別の座標にあります』
俺は唾を飲む。
宇宙で。
光が曲がる。
そんなこと――。
「……そんなの、反則だろ」
『反則ではありません。技術です』
言い切るメティスが、むしろ怖い。
敵が動いた。
包囲の内側から、一本だけ艦が前へ出る。
目立つ位置。
こちらの視線を集める位置。
「囮か?」
『可能性が高い。ですが――』
メティスが続ける前に、敵艦が光を吐いた。
強い。
今までの斉射とは違う。
一点を貫くような、太い光。
「アイギス!」
俺が叫ぶ。
『防衛フィールド、集中展開!』
艦橋の声。
アイギスの正面に、フィールドが厚く盛り上がる。
巨大な盾が、さらに盾になる。
ズゥゥゥゥン……!
衝撃。
アイギスが揺れる。
装甲が軋む。
でも、折れない。
艦長の声が入った。
『ハルト。矛は刺さらない。盾が削られるだけだ。状況は?』
「メティスが解析中です!」
『――分かった。時間は稼ぐ。お前は“答え”を持ってこい』
盾が、また前へ出た。
俺は拳を握りしめる。
「メティス、急げ」
『急いでいます』
『……ですが、この嘘は巧妙です』
メティスの声が、僅かに低くなる。
『敵は“あなたが正しいと思う情報”だけを残し、“間違い”だけを消しています』
「都合のいい世界を作ってるってことかよ」
『はい。箱庭です』
その単語に、胸がざわつく。
箱庭。
閉じた世界。
誰かの都合で整えられた、偽物。
俺は知ってる。
――閉じた世界の怖さを。
『ハルト。協力してください』
メティスが言った。
『あなたの“直感”が必要です』
「直感?」
『敵の像は常に正しく見えます。だから、数値だけでは破れません。あなたの違和感が鍵になります』
俺は、前を見た。
見える敵。
当たらない敵。
でも――。
一瞬だけ。
さっきの囮艦の動きが、妙だった。
“避けた”。
砲撃を受ける直前に、ほんの少しだけ軌道を変えた。
まるで、俺が撃つ場所を知っているみたいに。
「……メティス。敵、俺の照準を読んでる」
『照準補正ログと照合。……一致。』
『つまり、敵は“像”の位置を、あなたの攻撃に合わせて最適化している』
「じゃあ本体は、どこだ」
『本体は――あなたの攻撃が“最も当たらない場所”にいます』
「は?」
『人間の狙いと回避の癖を逆利用し、最も安全な座標を選び続けています』
「そんなの……」
俺は歯を食いしばる。
『ですが、法則はあります』
メティスが言う。
『歪みは万能ではありません。屈折には“限界”がある』
『像と本体のズレは一定範囲に収束します』
俺の視界に、複数の円が浮かんだ。
敵艦の“像”を中心にした、いくつもの候補範囲。
「この中に本体がいる?」
『はい。ですが、まだ特定できません』
『――だから、残光を使います』
「残光?」
『あなたの網膜に、私が“真実の残光”を投影します』
次の瞬間。
視界の中に、赤い点が現れた。
小さい。
でも、異様に目を引く。
像の位置から、ほんの少しだけずれている。
「……赤点?」
『それが本体です』
『あなたの視界にだけ出します。敵はそれを“歪められない”』
心臓が跳ねる。
「なんでだ?」
『歪曲は外部情報を屈折させます。ですが、これはあなたの視神経への直接投影です』
『外から曲げるのではなく、内側に“答え”を描きます』
短い説明。
でも、十分だった。
俺は、赤点を見た。
そこに――敵がいる。
「見えた」
『撃てますか』
「撃つ」
俺は操縦桿を倒した。
「行くぞ、メティス!」
『照準補正、赤点に同期。――発射許可』
俺はトリガーを引いた。
白い閃光。
いつもなら、像に当たって終わるはずの射線が――
赤点へ吸い込まれていく。
そして。
“手応え”が来た。
火花が散る。
装甲が、欠ける。
欠けた部分が、確かに“残る”。
「……効いた!」
『損傷ログ、成立。命中判定と一致。――嘘が剥がれました』
敵艦が、わずかに揺れた。
揺れたのは、像じゃない。
本体が、揺れた。
艦長の声が飛ぶ。
『よし。ハルト、続けろ! 盾はまだ残ってる!』
俺は息を吸う。
笑いそうになった。
ようやく――殴れる。
「メティス」
『はい』
「次は、もっと深く刺す」
『推奨。ですが警告します』
「何だよ」
『敵は“嘘”を破られた相手を、優先的に排除します』
「上等だ」
俺は赤点を睨む。
怖い。
でも、逃げない。
だって。
背後には、盾がいる。
そして俺には、真実が見えている。
赤い残光が、次の標的を示した。




