第3話
黄金の翼が、闇を裂いた。
ヘルメスは敵陣の中心へ――一直線。
視界の端で、アイギスが光を受け止め続けている。
盾が、壁になっている。
「……行ける!」
俺は操縦桿を握り込み、照準を合わせた。
敵の中央。
隊列の“芯”。
『照準補正、完了。命中率、92%』
メティスの声が落ち着いている。
『撃ってください。今なら、隊列の乱れを作れます』
「了解!」
トリガーを引く。
白い閃光。
衝撃。
宇宙に、火花が散った。
確かに――当たった。
当たったはずだった。
「よし……!」
言い切る前に、喉の奥が冷えた。
敵艦が。
――無傷だった。
「……は?」
装甲に、焦げ跡がない。
欠けてもいない。
まるで、何も受けていないみたいに。
でも俺は見た。
火花を。
散った破片を。
『……不可解です』
メティスの声が、ほんの少しだけ揺れる。
『命中判定、確実。ですが、損傷ログが……存在しません』
「存在しないって、なんだよ」
俺は焦って、もう一度撃った。
二発。三発。
当たる。
火花が散る。
なのに、無傷。
「ふざけんな……!」
背中が、汗で濡れる。
ただ硬いんじゃない。
ただ分厚いんじゃない。
――“当たったこと”自体が、無かったことにされてるみたいだ。
『ハルト、危険です。敵がこちらを“矛”として認識しました』
言い終わるより早く、敵の砲撃が集中した。
光が――迫る。
「っ!」
回避。
旋回。
スラスター噴射。
それでも追ってくる。
まるで、逃げ道だけを塞ぐように。
『敵の射撃精度、異常。学習速度が……』
「学習って……!」
言いかけた瞬間、通信が割り込んだ。
『ヘルメス! 戻れ!』
艦長だ。
声が硬い。
いつもの落ち着きが、削れている。
『アイギスのフィールド出力が落ちている。盾が先に折れる』
俺は歯を食いしばった。
「でも! 今引いたら――」
『だからだ。盾が折れたら、民間宙域が開く。お前が勝っても、守れない』
言葉が胸に突き刺さる。
俺は、矛だ。
でも、盾を失った矛に意味はない。
『ハルト。帰投ルートを提示します』
メティスが、冷静に線を引いた。
その線は、敵の砲撃の“隙間”を縫っている。
信じるしかない。
「……くそっ」
俺は操縦桿を倒し、ラインへ機体を滑り込ませた。
光が頬を掠める。
コクピットが一瞬、白くなる。
『残り2……1……』
「――今だ!」
ヘルメスが、アイギスの陰へ飛び込む。
その瞬間、世界の温度が戻った気がした。
盾の背中。
安全圏。
……でも。
アイギスは、痛んでいた。
装甲の段差が、ところどころ欠けている。
フィールドの膜が、薄く揺れている。
『艦長、装甲区画C-7、歪み拡大!』
艦橋の声。
『構わん。前へ。――盾は“ここ”だ』
艦長の声が、鋼みたいに響く。
その鋼の声の裏で、アイギスが軋んでいる。
俺は、悔しくて唇を噛んだ。
「……当てたのに、効かない」
『効いていないのではありません』
メティスが言った。
『“効いた結果”が、観測できていない』
「観測……?」
『何かが、私たちの認識を――』
言葉が途切れる。
メティスが迷うなんて、珍しい。
そのとき。
敵艦隊が、一斉に動いた。
隊列が、波のようにずれる。
こちらを囲む形へ。
『包囲形を形成。……目的は撃破ではなく、押し流し』
「押し流し……?」
『防衛艦を“盾のまま”削り、宙域を開けるつもりです』
艦長が短く命じる。
『全艦、陣形維持。民間宙域へ押し込まれるな』
盾が押される。
矛は刺さらない。
このままじゃ――負ける。
いや。
もっと悪い。
勝てないまま、守れなくなる。
俺は息を吸った。
「メティス」
『はい』
「さっき言ったよな。“観測できてない”って」
『はい。命中しているのに損傷が無い。矛盾です』
「なら、見えるようにしてくれ」
俺は言い切った。
「敵の嘘を、暴け」
沈黙。
そしてメティスが、静かに答える。
『……了解。私が“真実”を引きずり出します』
その声は、冷たいのに、熱かった。
アイギスが前へ出る。
ヘルメスが陰で息を整える。
盾が折れる前に。
俺たちは、敵の正体を掴まなきゃいけない。




