第17話
帰り道。
議会棟を出た瞬間、空が見えた。
青い。
でも今日は、重い。
街は、普通だった。
パン屋は香る。
子どもは走る。
車は鳴る。
戦争なんて無かったみたいに。
でも――掲示板の文字は生々しい。
「英雄に感謝!」
「外征反対」
「防衛艦は守れ」
「敵を追うな」
「また戦争を呼ぶな」
文字が、殴ってくる。
俺は帽子を深くかぶった。
『隠れても、あなたは象徴です』
メティスが言う。
「じゃあどうしろってんだよ」
『……歩いてください』
「は?」
『あなたが歩けば、“人”はあなたを見ます』
『見た上で、判断します』
その判断が怖い。
でも、逃げたらもっと怖い。
突然、声をかけられた。
「……あなた、ヘルメスのパイロット?」
若い女性。
手には買い物袋。
俺は一瞬、固まって。
「……そうです」
彼女は笑った。
「ありがとう。助かった。……うちの弟、港湾で働いてるの。宙域が開いてたら、戻ってこれなかった」
胸が熱くなる。
「……よかった」
彼女は続けた。
「でもね」
その“でも”で、腹が冷える。
「次も来たらどうするの? アイギスが外に出たら、この星は誰が守るの?」
正しい問い。
俺は答えられない。
答えられないのに、責められてる気がする。
『ハルト』
メティスが呼ぶ。
俺は言った。
「……守ります」
「誰が?」
「俺たちが」
彼女は少しだけ目を細めた。
「あなたたちって、二人?」
「……艦もいる」
「艦は道具でしょ」
刺さる。
俺は言い返したくなる。
でも、言い返しても意味がない。
これは勝ち負けじゃない。
彼女は最後に言った。
「ありがとう。でも、怖い」
そう言って去った。
ありがとう。
でも、怖い。
その二つは両立する。
俺はそれを、初めて本気で理解した。
夜。
家に戻ると、食卓に温かいものが並んでいた。
『食事を摂取してください。あなたは戦闘後、栄養が不足しています』
「うるせ」
『うるさくありません。必要です』
いつものやり取り。
でも今日は、声が優しい。
俺はスプーンを持って、ふと聞いた。
「メティス」
『はい』
「……怖いか」
沈黙。
そして。
『怖い、という定義は――』
「いい。定義はいらない」
俺は言う。
「街の声が。議会の声が。……全部」
メティスは少しだけ間を置いて言った。
『怖いです』
その一言が、世界を少しだけ柔らかくした。
『ですが、あなたが“守る”と言った以上、私は隣にいます』
「……ありがとな」
『どういたしまして』
淡々とした声。
でも確かに、温かい。




