第11話
宇宙が、静かになる。
嵐の前の静けさ。
そんな生易しいものじゃない。
“決着”の静けさだ。
見えた瞬間、分かった。
あれは普通の艦じゃない。
嘘も、再生も、重力も。
全部を抱えた“芯”。
『歪曲屈折率、上昇。……赤点の揺らぎが増えています』
メティスの声が硬い。
「嘘が濃いってことか」
『はい。あなたの目が“騙される量”が増える』
「でも見えてる。赤点はまだある」
『……あります。ですが、警告します』
「何だよ」
『旗艦は――“あなたの避け方”も読みに来ます』
俺は眉をひそめた。
「避け方?」
答える前に、敵艦隊の隊列が変わった。
整列じゃない。
囲むでもない。
空間そのものに“線”を引くような配置。
『……射撃準備。パターンが――違う』
メティスが息を呑む。
『これは、多次元同時演算射撃です』
「何それ」
『全方位の移動経路を予測し、回避不能なタイミングで光条を放つ』
『あなたの回避ルート上に――先に弾を“置く”』
背筋が冷えた。
置く。
撃つんじゃなくて、置く。
「ふざけんな」
『ふざけていません。AI射撃です』
その瞬間。
光が走った。
ドン、ではない。
ズン、でもない。
ただ、そこに“線”が現れた。
次の瞬間。
俺が避けようとした方向に――線があった。
「っ!」
反射で逆方向へ切る。
そこにも線。
上へ。
線。
下へ。
線。
逃げ道が、全部塞がっている。
「……うそだろ」
『ハルト、回避が読まれています。あなたの“合理的な回避”は封じられた』
合理的。
そうだ。
俺はいつも、危険を避ける。
最短で生き残る。
それが――全部読まれてる。
光条が近づく。
いや、近づくんじゃない。
最初からそこにある。
俺がそこに“来る”のを待ってる。
『衝突まで0.8秒』
メティスが叫ぶほどの声じゃなく淡々としてるのに、怖い。
「……くそっ!」
俺は操縦桿を握り潰すくらい握って。
――“意味のない”方向へ振った。
右でも左でもない。
上でも下でもない。
その瞬間だけ、理屈を捨てた。
ヘルメスが、不格好に跳ねる。
機体が軌道を“乱す”。
光条が、俺の機体の後ろを掠めた。
一瞬、白。
コクピットの端が焼ける匂い。
でも、まだ生きてる。
「……当たってねぇ!」
『……回避、成立』
メティスの声が、わずかに震えた。
『今のは、予測不能でした』
「だろ?」
俺は荒く息を吸う。
「理屈で勝てないなら、理屈を捨てる」
『推奨しません』
「でも生きた」
『……はい』
その短い肯定が、俺の背中を押した。
艦隊通信。
『ハルト! 何が起きている!』
艦長の声が鋼みたいに響く。
「敵の新型射撃だ! 避け道に先回りして弾を置いてくる!」
『……置く、だと』
艦長が一拍置く。
『面白い。盾はそれを受け止められるか』
「盾は……」
俺はアイギスを見た。
アイギスの防衛フィールドが、淡く光っている。
でも――
次の一撃が同じなら、盾でも危ない。
“避けられない弾”は、盾に集中する。
『アイギス、前へ』
艦長は言った。
『盾は逃げない。ここで受ける』
その言葉に、喉が鳴る。
すげぇ。
怖ぇ。
俺はメティスに言った。
「赤点は?」
『あります。ですが、狙う余裕がありません』
「じゃあ作る」
『どうやって』
「決まってるだろ」
俺は笑う余裕なんてないのに、笑った。
「――デタラメに動いて、穴を作る」
『……あなたの命は一つです』
「知ってる」
俺は前を見る。
旗艦。
嘘の中心。
再生の中心。
そして、置かれた弾丸の中心。
『ハルト』
メティスが呼ぶ。
「何」
『……帰ってください』
一瞬、時間が止まった。
「……は?」
『あなたがいなくなる可能性を計算したくない』
その言葉が、今は刃みたいに刺さる。
俺は一度、目を閉じて。
開いて。
「メティス」
『はい』
「計算しなくていい」
俺は言い切った。
「俺は戻る。だから――今は、俺を信じろ」
沈黙。
そして、メティスが答えた。
『了解。あなたの“非論理機動”を、最小限の損失で支援します』
「それでいい」
敵旗艦が、再び光を吐いた。
置かれた弾丸が、空間に“線”を描く。
逃げ道は、また消える。
だから――
俺は、その線の上を“わざと”踏まない。
踏まないために、理屈を捨てる。
『衝突まで0.6秒』
「……上等!」
ヘルメスが、乱暴に跳ねる。
光条が、俺の脇を通り過ぎた。
生きてる。
まだ。
生きてる。
『ハルト。いま、赤点が――一瞬、露出します』
「来た!」
メティスの赤点が、視界の端で瞬いた。
まるで、旗艦が“目を逸らした”みたいに。
『歪曲の演算が射撃へ割かれています。今だけ――嘘が薄い!』
俺はトリガーに指をかける。
だが同時に。
光条が、俺の“次”を塞ぎに来る。
二択。
撃つか。
避けるか。
俺は、三択目を選んだ。
「撃ってから避ける!」
俺は撃った。
閃光。
赤点へ。
そして――
次の瞬間、機体を投げる。
デタラメに。
理屈を捨てて。
光条がコクピットのすぐ横を走った。
一瞬、真っ白。
耳がキンと鳴る。
……でも。
俺の撃った弾は。
赤点に、届いた。
火花が散った。
小さい。
けど確かな――“手応え”。
『命中。損傷ログ、成立』
メティスが言う。
『……旗艦は、傷つきます』
その声に、熱が混じった。
「よし」
俺は息を吸う。
「次は、楔だ」
嘘も、再生も、射撃も。
全部まとめて終わらせるための楔。
アイギスが受けている間に。
俺が、刺す。




