第10話
【位置】アイギス艦橋/ヘルメス格納区/制御センター(通信)
【状況】次は旗艦戦/歪曲濃度:上昇/再生反応:強/多次元同時演算射撃の兆候
戦いの前夜は、静かだった。
宇宙の静けさじゃない。
“覚悟”の静けさだ。
アイギスの艦橋は忙しい。
でも声は抑えられている。
誰も、無駄に叫ばない。
勝つための音だけがある。
ヘルメスのコクピットで、手を開いたり握ったりする。
まだ少し震えている。
恐怖じゃない。
興奮だ。
隣の端末に、ホログラムが浮かぶ。
メティス。
『疲労値、上昇。休息を推奨』
「無理」
『無理ですか』
「無理」
『……理解しました。では、呼吸を整えてください』
命令じゃない。
寄り添う言い方だった。
「メティス」
『はい』
「……怖いのか」
沈黙。
そして返ってきたのは、いつもの逃げ方。
『怖い、という定義が曖昧です』
「またそれ」
少し間。
『……ですが』
声が、ほんの少しだけ弱くなる。
『あなたがいなくなる可能性を“計算したくない”』
その言葉が、また胸に落ちた。
最初に聞いた時より重い。
「……俺は戻る」
『はい』
短い返事。
それだけで十分だった。
通信が開く。
艦長だ。
『ハルト。作戦は単純だ』
「単純って言うほど、簡単じゃないだろ」
『簡単じゃない。だから単純にする』
艦長は続ける。
『アイギスが盾になる。ヘルメスが旗艦の“楔”を抜く」』
「楔を抜く?」
『再生を止めた“楔”を、旗艦の中枢へ届かせる』
鋼みたいに硬い声。
『旗艦を落とせば、艦隊は撤く。撤かなければ、こちらが押し返す』
「……了解」
別回線で所長の通信も入った。
『許可します。だが条件は変わりません。ログは全て記録されます』
相変わらず冷たい。
でも、その冷たさの裏に守る意志があるのも知っている。
「分かってます」
俺は言う。
「俺は――守るために戦う」
そのとき、メティスが小さく言った。
『……守る、ですか』
「何だよ」
『あなたの“守る”は、昔より広い』
俺は笑った。
「当たり前だろ。空が青いんだぞ」
『……はい』
その『はい』に、ほんの少しだけ温度が混じる。
次が、旗艦戦だ。
歪曲と再生だけじゃない。
避け方そのものを潰す、冷たい射撃が来る。
メティスが言う。
『次の敵は、回避という概念を壊しに来ます』
「上等」
操縦桿に手を置く。
黄金の矛は、折れない。
不落の盾が、背後にいる。
冷たい声の中に、熱がある。




