プロローグ
「リュンヌ・ド・ラパン」ってご存じ?
ウサギの目みたいに真っ赤で、まんまるなお菓子。これがもう、呆れるくらい甘いのよ。
金髪で華奢な女の子が手のひらにそれを乗せているパッケージなんだけど、それがまたダサいったらないの。
古くからあるらしくて、デパートの土産物コーナーに行くと、決まって端の方で、薄く埃をかぶっているアレ。
私が買ったのかって?
そんなわけないじゃない。もらったのよ。知らない人に。
……もう。本当に昨日は色々あって疲れたわ。
すべての始まりは、一昨日の午前中のことなんだけど。
今月このオフィスに配属されたばかりの私は、仕事なんてまださっぱり。
お茶汲みとコピーを済ませたらやることもなくて、掃除しているフリをしながら、窓の外をぼんやり眺めていたの。
だって、「セントラルビル」なんて、私みたいな田舎娘にとっては憧れそのものだもの。
どうせそのうち嫌になって辞めるなら、この高層オフィスから、アリンコみたいに小さくなった人たちの姿を目に焼き付けておこうと思って。
そうしたら、道路を挟んだ向かいのテナントから、もくもくと黒い煙が上がっているじゃない。
私、びっくりして急いで上司のフタバさんを呼んだの。
「うわー! あれ武田屋じゃない? こりゃひどいな」
漫画みたいな黒煙の出どころは、“武田屋”っていう、古びた定食屋だったみたい。
正直に言うとね、このとき私は、ちょっとだけ――いい気味だわ、なんて思っちゃったの。
初めて憧れのセントラルビルに来たとき、向かいのあの店を見て、
「まあ、なんて場違いなのかしら!」
って思わず口に出しちゃったくらいだもの。
とにかく古くて、汚いの。
隣は「アンダンテ」とか「ルーク」とか、横文字でお洒落な店ばかりなのに、一軒だけ「武田屋」。
でもさすがに、あの煙を見ていたら気の毒になってきて。
私、お手洗いに行くフリをして、こっそり様子を見に行ったのよ。




