20年後
鏡の中に映る自分は、二十年前と何一つ変わっていなかった 。
魔女にあの「祝福」という名の呪いを受けてから、二度目の十年間が過ぎ去ったのだ 。
アルス。それが僕の名前だ。
三十代も後半に差し掛かる年齢のはずだが、僕の肌には皺一つ刻まれず、髪には一本の白髪も混じっていない 。
元々大柄だった体格は、周囲の友人たちが大人として完成されていく中で、自分は「年齢の割には少し外見が若い男」として馴染むようになった 。
だが、それも長くは続かないだろう。すでに僕の肉体は、周囲の時間の流れから完全に切り離されているのだから。
この二十年という月日は、僕たち四人のパーティーに、かつて夢見た「成功」をもたらしてくれた 。
僕たちはメキメキと頭角を現し、今や冒険者ギルドでも一目置かれる存在となっていた 。そして、ついに僕たちは目標としていたランクの一つ、Bランク冒険者へと昇り詰めた 。
だが、その道のりは決して平坦ではなかった 。
Bランクへの昇格試験は、死と隣り合わせの過酷なものだった。知略を尽くし、肉体の限界を何度も超え、文字通り泥を啜るような苦労を重ねて、ようやく掴み取った称号だ 。
僕の不老不死という特性が、仲間の危機を救ったことは一度や二度ではない。致命的な一撃を僕が受け止め、その隙にカイルが魔法を放ち、リーザが急所を突き、ゴウが止めを刺す。その連携は、長い年月をかけて洗練され、もはや言葉を介さずとも通じ合う域に達していた 。
「おい、アルス。またぼーっとしているのか。Bランクになったからって、浮かれすぎだぞ」
隣で笑いながら僕の肩を叩いたのは、ゴウだ 。
彼はこの二十年で、最も大きく変化した 。
かつての猪突猛進な若者は影を潜め、今やパーティーの精神的支柱とも言える、落ち着きと威厳を兼ね備えた重戦士へと成長した 。
その横顔には、厳しい戦いと積み重なる経験が刻んだ深い皺があり、髭にはわずかに白いものが混じり始めている 。
そして何より、彼には守るべきものができた。
「……もうすぐ、街に着く。今日は早めに切り上げさせてくれ。嫁さんが、美味い肉料理を作って待ってるんだ」
そう言って照れくさそうに笑うゴウの表情は、一人の男としての充足感に満ちていた 。この二十年の間に、彼は愛する女性と出会い、家庭を持ったのだ 。
対照的に、僕は今も一人のままだ 。
冒険者として名を上げ、かつ外見が若々しい僕は、酒場に行けば女性から声をかけられることも少なくない 。だが、僕はその誰とも深い関係を築こうとはしなかった 。
僕が不老不死であることを打ち明けられるほどの相手は、見つからなかった。というより、探そうともしなかったのだ。
ゴウのように、誰かと共に老い、共に時間を刻んでいく幸せ。それを今の僕が望むことは、相手に対してあまりにも残酷な仕打ちに思えてならなかった 。
カイルは魔導の深淵を追求することに人生を捧げ、リーザもまた、一流の斥候としての矜持を保ち続けている。彼らとの絆は、今でも僕にとってかけがえのない宝物だ。
だが、彼らがそれぞれの人生を「成長」させ、あるいは「変化」させていく中で、僕だけが、あの夜の森にいた青年のまま、ただそこに在り続けている 。
血管を流れる、時間そのものが液状化したような、未知の感覚。
それは以前よりも冷たく、重く、僕の胸の奥に澱のように溜まっている。
心臓を貫かれても死なず、病に倒れることもない。
それは戦場においては最強の武器だが、平穏な日常においては、自分を世界から切り離す孤独の証でしかなかった。
「アルス? ……また、相槌が適当になってるよ。何か気になることでもあるの?」
リーザが僕の顔を覗き込む。彼女の瞳は、二十年前と変わらず鋭く、そしてどこか慈愛に満ちていた。
「ああ、ごめん。少し、この二十年のことが、あっという間だったなと思ってね」
「ふふ、そうね。でも、私たちはまだまだこれからよ。Aランクだって、夢じゃないんだから」
彼女の明るい声に、僕はいつものように穏やかな微笑みを返す。
僕の時間は、あの日から一秒も進んでいない。
けれど、僕を包む世界は、そして僕の愛する仲間たちは、確実に終わりに向かって歩んでいる。
魔女の名前すら知らない僕が、その「終わり」を知る日は、一体いつになるのだろうか。
夕闇に溶けていく街道を歩きながら、僕はただ、ゴウの背中に続く一歩を踏み出した。
あとがき
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次回、第2話は「30年後」の物語を予定しています。また明日、お会いしましょう。




