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10年後

 月日は、静かに僕の背中を通り過ぎていった。

 魔女に出会い、僕の心臓が永遠を刻み始めてから、ちょうど十年が経つ。


 鏡を見ても、そこに映る顔に変化はない。目尻に皺が増えることもなければ、肌の艶が失われることもない。十年前、二十代そこそこだった僕は、今もそのままの姿でそこに立っている。


 幸いだったのは、僕が元々父親譲りの大柄な体格だったことだ。周りの同年代の連中が成長し、背が伸びて体つきががっしりとしてきても、僕の容姿は少し大人びた若者という枠の中に、今のところは違和感なく収まっていた。


 だが、僕を取り巻く環境は、この十年で確実に色を増やしていた。


「おい、アルス! いつまで突っ立ってるんだ。今日の依頼、忘れたわけじゃないだろ?」


 背後から飛んできた豪快な声に、僕は思考の淵から引き戻された。振り返れば、そこには十年前と変わらず、しかしどこか精悍さの増した親友のゴウが立っていた。


 彼は相変わらず一回り大きな体格で僕を見下ろしているが、笑った時にできる目元の皺や、無造作に伸ばされた髭が、彼が確実に十年という時間を積み重ねてきたことを物語っている。


「ああ、ごめん。準備はできているよ、ゴウ」


「ならいい。カイルもリーザも、もう広場で待ってるぞ。遅れるとまたカイルの小言が始まるからな」


 ゴウが苦笑しながら歩き出す。その後ろ姿についていきながら、僕は自分たちのパーティーに加わった二人の仲間のことを思った。


 この十年の間に、僕らの二人三脚だった冒険は、四人のパーティーへと姿を変えていたのだ。


 広場に着くと、案の定、二人の仲間が僕らを待っていた。

 一人はカイル。皮肉屋だが知略に長けた魔術師だ。

 もう一人はリーザ。小柄で鋭い観察眼を持つ斥候の少女だ。


 彼らとは五年前、ある大規模な討伐任務で意気投合して以来の付き合いになる。


「遅いですよ、お二人とも。時間は有限だということを、いい加減学んだらどうです?」


 カイルが眼鏡のブリッジを押し上げながら、案の定の小言を漏らす。


「まあまあ、カイル。二人とも準備に手間取っただけでしょ? さあ、行きましょう。今日の依頼は私たちの目標のAランクへの第一歩になるかもしれない大事な仕事なんだから」


リーザが間に入るようにして微笑む。

 

 僕らはまだ冒険者としては駆け出しの部類かもしれないが、目標は高い。いつか四人で最高位のAランク冒険者になること。それが、今の僕らの共通の夢だった。


 ――僕が、自分自身の「秘密」を彼らに打ち明けたのは、四人がパーティーとして結束を固めてから数年が経った頃のことだ。


 ある激しい戦闘の後だった。僕は仲間を守るために身を挺し、本来なら致命傷になってもおかしくないほどの深手を負った。だが、その傷は彼らの目の前で、音もなく、跡形もなく塞がってしまった。


 驚愕に目を見開くカイルとリーザ。僕は覚悟を決めて、すべてを話した。


 魔女にかけられた「祝福」という名の呪いのこと。

 僕の体からは、もう「死」という概念が失われていること。


「……なんだ、そんなことか」


 最初に口を開いたのは、すでに事実を知っていたゴウだった。彼はいつものように僕の肩を叩き、豪快に笑った。


「お前が不老不死だろうが何だろうが、俺の背中を預ける相手はお前だ。だろ?」


 カイルは信じられないものを見るような目で僕を見ていたが、やがて呆れたようにため息をついた。


「学術的には極めて興味深いですが、仲間としての信頼が変わる理由にはなりません。むしろ、死なない前衛がいるというのは魔術師として心強い限りです」


 リーザは何も言わずに、僕の手をそっと握ってくれた。その手の温もりが、僕には何よりも救いだった。


 依頼の目的地へと向かう道中、僕はふと、血管を流れる血液のような何かに意識を集中させた。


 僕の時間は止まっている。だが、彼らの時間は、砂時計の砂のように刻一刻と零れ落ちていく。


 十年前、僕は死の恐怖から解放されたことを喜びだと感じた。

 けれど今、僕の心を占めているのは、別の感情だ。


 もし十年後、僕がまだこの姿のまま、彼らだけが老いていったら?

 もし、僕がAランクに辿り着いた時、隣に彼らがいなかったら?


「……ねえ、アルス。また考え事?」


 リーザが覗き込むようにして僕の顔を見た。僕は努めて穏やかに、いつものように相槌を打つ。


「ああ、ごめん。少し、これからのことを考えていただけだよ」


「これからのこと? まずは今日の魔物を倒すことでしょ。ほら、見えてきたわよ」


 リーザが前方を指差す。その先には、僕らが挑むべき大きな影があった。


 僕は剣を抜く。

 この体が朽ちないのは、きっと、彼らの時間を守るためなのだと、自分に言い聞かせながら。

 

 たとえ僕の時計が止まっていても、彼らと共に歩むこの瞬間だけは、確かに僕の人生の一部として刻まれているのだから。


あとがき


 最後までお読みいただき、ありがとうございます。


 もし少しでも「続きが気になる」と思っていただけましたら、レビューや⭐️評価、いいねなど、感想などで応援いただけますと大変励みになります。


 次回、第2話は「20年後」の物語を予定しています。また明日、お会いしましょう。


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