朝 目が覚めたら
しいな ここみ 様の『朝起きたら企画』参加作品です。
朝、目が覚めたら傷だらけになっていた。
まあ、傷だらけといっても大した話じゃなく、どこかにぶつけたような痕や小さな引っかき傷なのだが‥‥。
もともと寝相はいい方じゃない。
大学時代のサッカー部の合宿では、一人だけ押し入れの中で寝ろと言われたくらいだ。
それにしても、こんな引っかき傷ができるような物はベッドのまわりには置いてない。
シーツはぐちゃぐちゃになっているが、打撲痕はともかく、引っかき傷ができるようなものは近くには‥‥。
俺は、う〜んと伸びをするようにベッドの上で四つん這いになった。
眠ったのに疲れが取れてない‥‥。
睡眠時間は十分取ってるはずなのだが、このところよく眠れていないようだ。
夢を見ている。
起きるとどんな夢だったか覚えていないのだけれど、夢を見てた——という意識だけはある。
嫌な夢じゃない。
むしろ爽快で気分のいい夢、という心象だった。
ただ、起きると疲れが取れていない。
年のせいかな‥‥と思ったりもするのだが。
そういえば、夢の中ではひどく体が軽く、躍動的に動けている。
それがどうやら気分のいい夢である要因らしい。
しかし現実の俺は、年相応のくたびれたサラリーマンでしかない。メタボった体も重いし、大学時代みたいに軽々と動けたりもしない。
そんな夢を見ているせいで、動きの鈍った体は寝相悪くどこかに足や手をぶつけているんだろうか——と俺は苦笑いするしかない。
せめて気分のいい夢だけでも覚えていれば、朝の目覚めも爽快かもしれないのにな——。
次の日の夜。
今日こそは夢の中身をちゃんと覚えていてやろう——という思いで俺はベッドに潜り込んだ。
会社の同僚が教えてくれたマジナイを紙に書いて枕の下に入れて‥‥。
気分のいい夢だった。
体が軽い。
思った以上に動き回れる。
俺はそこらを走り回り、悪ガキの頃みたいに木に登って成った果物を盗って食べた。
美味い!
まわりで人の声がする。
大人たちが何か言いながら、俺を遠巻きにしている。
叱られるかな?
まあ、いいや。もう1コ。
だって、甘いんだよ。これ。
「回り込め。回り込め。ここからじゃ後ろに住宅がある。」
何言ってんだろ?
俺は果物を口にくわえたまま木からひょいと飛び降りた。
「ごめんなさーい。」と言おうと思ったが、うまく言葉にならず声が出ただけだった。
まあ、夢ってこんなもんだよな。
飛び降りた拍子に手をついたが、そのまま立ち上がれない。
あれ? 寝ぼけてる?
俺は四つん這いのまま、のそのそと前に進もうとして自分の手を見た。
あれ? 俺こんな真っ黒なパジャマ着てたっけ?
パジャマというより毛皮じゃん。これ‥‥。
取り巻いてる大人たち。
あれ、マタギっていうんじゃないか? テレビで見たことある。
その中の1人が緊張した声で言うのが聞こえた。
「よし。住宅を外れた。発砲を許可する!」
あなたも朝起きたとき、手や足に覚えのない傷があったら‥‥
自分がバンパイア体質でないかどうか、疑ってみた方がいいかもしれない。