四
「……ふぅ」
しばらくの後――日和の言葉に紅い装束の女は深い息をつくと、嗜めるように口を開いた。
「本当に何をしに来たのだお前は。童女の遊戯で戦いを挑むものではない」
「遊戯ではありません。わたしは真剣に――」
日和は紅装束に言い返そうとし……自身の戦いの姿勢にすぐに気付き言葉を止めた。
「……いえ、そうですね。言われる通り、遊戯なのかもしれません。わたしはまだ、覚悟すら決められてはいませんでした」
顔を伏せ心の内を確かめるように自らの胸へと拳を当て、そして、日和は謝罪した。
「申し訳ありません。半端な気持ちでいること自体、戦いに臨む者の心ではありませんね。わたしは戦いの無礼を犯したまま、お二人に向き合っていました」
「まったく、これでは子を叱っているようではないか」
紅装束は隠すことなくもう一度深々と溜息を付く。声も出さず表情にも出さないが、蒼装束も同じ気持ちのようだった。それなりの長い付き合いだ。蒼装束の空気を感じれば大体の考えは分かる。
かといって、お互いの気持ちが分かったとしても仕様のないことではあった。困惑も迷いもなくなるわけでなく、今更戦う気が起こるわけでもない。とはいえ、このままでいるわけにもいかない。完全な手詰まりだった。
「――わたしも、お聞きしたいことがあります」
どうしたものかと蒼と紅の装束二人が考えている中――しばらくの沈黙の後、日和は二人に視線を向け静かに口を開いた。
「何故、わたしを殺そうとしなかったのですか。わたしがいうべきことではありませんが、お二方に殺気はありませんでした」
「それは、お前のせいだよ、童女」
日和の問いに、蒼装束は苦笑した。日和は自分で自らがどういう戦いをしているのかを分かっていないらしい。対する者をどういう気持ちにさせているのかも。
「殺すつもりがない相手を、こちらも殺すことはない。それは、戦いではないからな」
「ですが、戦いを臨んだ者でもお二人は逃がしていると聞きました。無用な殺生をしていないと」
「人による。無礼な人間であれば容赦はせぬ。が、殺さなくてもいい人間であるならば、殺しはしない。妖の中には人を殺すことで徳が積まれ長生きするなどと信じている馬鹿もいるようだが、命というものはそんなに軽いものではない。人でも――妖でもな」
と、ここまで言葉を続け、蒼装束は一拍の間を置いた。ついつい訓うるという形になってしまうのは自分の悪い性だったが、それ以外の想いも心の内で生まれ始めていた。
さて、どうするか――蒼装束は再度口を開いた。
「特に死に関する悪念というのは厄介な物でな。悪念に触れれば、悪縁、悪業までもが纏わりつき自分だけではなく周りの内にまで染み込んでしまう。背負う覚悟がある者ならばいいだろうが」
もう一度、一拍の間を置く。本来であるならば、これ以上話す必要も意味もない。会って間もないこの童女に信をもっているわけでもない。
しかし、
(おそらく、この童女には――)
戦って癒滅の術以外にも気付いたことがある。この童女ならば、あるいは話をしたほうが良いのかもしれない。
「幼子には触れさせたくないと思うのが務めであり、情だろう。子を護る者なら尚更、親心というのはそういうものであろう」
「……幼子」
紅装束は驚き蒼装束へと顔を向け、日和は僅かに俯き小さく呟いた。
「子がいるのですか?」
顔を上げ、日和は問いかける。その顔は今までの表情とは違っていた。瞳の奥に真に迫るものが宿っている。
「我らの子ではない。親から頼まれた子だ」
やや困惑しながらも口を挟むことはなく紅装束が黙って見守る中、蒼装束は問いに答えた。日和の瞳に内で頷く。やはり、この童女は――
「ということは、もしや貴女方お二人がここに居られるのは……」
「子を護る為」
「そうだったのですか」
日和はそう呟き瞳を伏せ――そっと自らのお腹に手を触れた。
「どうした? 何故、そんな苦しそうな顔をする?」
「子を護りたいというお気持ち、私にもよく分かります」
「……やはり、そうだったか。戦いの最中、不自然に退き身体を庇うことが度々あった。それで、もしやとは思ったのだが」
蒼装束が鋭い視線を向ける。幼子のことを話した意図がようやく分かった紅装束も日和へと顔を向けた。
二人の視線を受け、日和は困ったように微笑み――そして、その中に少しの悲しみも宿して、静かに口を開いた。
「知られていましたか」
「我らでなければ弱みととられ腹を狙われていただろう。子と共にお前は死んでいた。それでいて、何故戦おうと思った?」
「…………」
(ふむ……)
「……参ったな、どうにもこれは」
怒られた幼子のように黙り俯く日和に、蒼装束は内で呟き、紅装束はほとほと困ったように息を付いた。
木々を揺らす風の囁きだけが聞こえてくる。そんな静寂に蒼紅の女は力を抜くと、それぞれに蒼装束は腕を組み、紅装束は頭を掻いて立ち尽くした。これでは、もう戦えない。戦う気も全てなくなってしまった。
しばらくの沈黙――涼やかな風が三人を撫でる中、蒼紅の二人の姿を見つめ日和はなんだか急に申し訳なさと親しみが湧き、とともに可笑しい気持ちも起こり、
「良ければ、お茶などいかがですか」
優しく微笑み、柔らかくそう言ったのだった。




