十七
卯月の刻――春になったといえど、まだ陽は落ちるは早い。
蒼暗い空に浮かぶ月を見上げ、少女は足を止めた。月照らされる夜桜散る。
それは、道場からの帰り道。合気道の稽古が終わった後のこと。
少女――日向は月から視線を外し、鞄を持ち直して再び歩みを始めた。少しだけ重い身体。だけれど、それは慣れた疲れだった。
母から勧められ合気道の道場へ通い始めておよそ十年。日々年々修練を重ねていくにつれて当然ながら稽古も激しくなっていったが、一度として辛いと思ったことはない。少し冷たい風を受けながら、舞う花弁が頬を撫でる心地よさに目を細める。
掌を返せば、風に遊ぶように桜の花弁一枚。自分の手を見つめ、花弁を見つめ、そして、気付く。そういえば、朝の桜草はどうなってるか――もう少し歩けば、その場所へとつく。
しばらく歩き、電灯から少し離れた場に目的の花を見つけた。
薄暗い中に白く浮かび上がる花弁。まるで日向を待っていたかのように風に揺られ、手を振るように綺麗な花弁を揺らしていた。その可憐な姿に、日向は思わず嬉しくなって微笑んだ。元気でいてくれたことに心でお礼を言い、そして、別れを告げて歩き出した。
明日の朝に会う再会は約束せずに。
晴れやかな気持ちになりつつも、その裏にある罪の意識を感じずにはいられなかった。自然の摂理に逆らっている、そうも思うのだ。助けたいなどと思うのは自分の我侭でしかない。散るからこそ、枯れるからこそ花は綺麗であるのに。
手を上げ、掌を、そして、無意識に手に納めていた桜の花弁をもう一度見つめる。いつからか分からないが、自然と自分の中にあったもの。または、産まれた時より宿っていたもの。それに気付き意識したのは何時だっただろうと思う。
五年前、それとも、こちらへと来た十年前――いや、もしかしたらそれより以前かもしれない。
手をかざせば元気に綺麗に咲く花たちを不思議と思うことはなかった。だけれど、ある時、枯れた花を哀れと思い手をかざし――萎れていた葉や茎が立ち上がり、咲き誇り蘇った花弁の姿に初めてそれが自然なものではないことに気がついた。自分の力によるものだと悟った。




