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月隠ノ日向  作者: shio
1/7


 代替わりしてから一月も経っていないのだ。


(この仕打ちはあまりにも……)


 陽織でなくとも、親しいものなら誰もがそう思っただろう。


 月隠(つきごもり)家。月代(つきしろ)十一家末席。だが、その歴史は浅い。まだ席を列ねて七十八年である。

 早くに隠居されたとはいえ、大小母様の力は絶大であった。大小母様の幼少の時より気に入られ、当主の座に就いた十八には席を賜ることとなり、それより後七十八年、月隠家は大小母様の庇護により存続することができた。

 それが、大小母様がお亡くなりになった途端にである。元より良く思われていなかった月隠家は目に見えて迫害を受けるようになってしまった。


 その始まりは忘れもしない。大小母様葬儀の折、我が家は参列を許されなかったのだ。それから後の仕打ちに関しては、思い出したくもない。

 大小母様をお恨みすることなど絶対にないが……大小母様に子がいなかったことが当家にとっては一番の不幸だったろう。結婚の話はたびたび持ち上がっていたのだが、大小母様は結局最後まですることはなく、早々に隠居されてしまった。もちろん、結婚をされなかったのは大小母様自身の性格もあっただろう。あれほど豪気な方であれば、確かに難しいところはあったかもしれない。

 しかし、その為、上首である第一家の次の代は他の筋から迎えなくてはならなくなってしまった。いくら大小母様に力があったとはいえ、一存で当主を決めれるほどの権力は流石になかった。


『多数決だけはどうにもならぬな』


 大小母様はそう話し寂しそうに笑ったという。政治を嫌い不義を許さず、その豪気な性格ゆえお慕いする者も多かったが、それ以上に敵対する者も多かった。


『不徳のいたすところ、などとは自分では思いたくないものだが』


と続けて話し、今度は快活に笑ったというのだが、誰もが不徳などとは思っていないはずだ。自らの意に沿わなくても快活に笑えるほどの器と徳があったために恐れられ敵を作った。

 だからだろう。だからこそ、大小母様は早くに隠居の道を選んだ。面倒なのを嫌ったのが一番だが、席を退いても次代の当主に好きにさせなかったのは流石だと思わずにはいられない。しかし、そのことがまた敵を作る要因になったことはいうまでもないが。


 それはともあれ、


 先ほど「始まりは葬儀の折」とは自身で思ったことだが、考えてみれば大小母様の代替わりから当家の不幸は始まっていたのかもしれない。

 次代の第一家当主は何よりも家柄と規律を重んずる人間であった。表に出すことはなかったが、その能力ゆえ牢番を担っていた当家は、まさに第一家当主にとっては席に置くにも穢わらしい存在だったのだろう。そして、その嫌悪は次々代の当主まで受け継がれ、月代十一家全体にも浸透した。年々、目に見えて我が家は廃れていっている。

 だが、それでも保ってこれたのは大小母様が居られたからこそ。だからかもしれない……現当主の積もりに積もった不満が、大小母様が亡くなられてから一度に噴出してしまった。


(しかし、とはいえ、ここまでのなさりようは……)


 席を外すだけではない……おそらく、現上首は当家を潰そうとしている。


「――良い日和ですね」


 自分の名をいったわけではない。といっても、ついおかしくもなってしまってクスリと微笑み、目を細め風景を眺めて言った日和(ひより)の声に、雨雲のように曇っていた内が晴れるような心地になりながら、


「ほんとうに」


 陽織(ひおり)はにこと笑って応じた。

 自分が同じ立場だったならば、この方と同じように優しく微笑むことができるだろうか。本当にそう思う。


 代替わりしてから十日。前当主が亡くなられてからおよそ二ヶ月。つまり四十九日が過ぎた次の日に代替わりし、家が落ち着く間もなく上首から命が下った。更にいうならば、大小母様が亡くなられてから一年と経ってはいない。

 日に日に周囲の心が離れていっているのは感じていた。上首の反感を恐れ、当家とは関わらないようにしているのだろう。今、周りにいるのはごく少数の親近の者だけだった。

 果たして……本当に自分のことだったなら、と思う。嫌味と嘲笑は常のこと、害する策動、裏切り……もし、我が身であれば、絶望に打ちひしがれ不信に囚われ、優しく微笑むことなどできなかっただろう。


 小暑の月、文月。晴天ではあるが日差しはまだそれほど強くなく、山の風は心地良かった。

 梅雨も明け、暑くなり始めるこの季節。移ろいゆく自然を感じつつ近づく夏の空気を胸に含み、日和は本当に楽しそうだった。傍から見れば、共人を連れ物見遊山に行かれるどこかのお姫様――と思われているだろう。

 唯一、訝しく見えるとすれば、その纏う衣服。一見、袴姿に見える衣は着物に似て少し違っていた。巫女装束に近い術服。もし、詳しいものが見れば、霊山といわれる山へ豊穣の神楽を捧げにいく姫巫女と思うかもしれない。


 長く綺麗な黒髪を風に流し、着物の袖を弛ませる姿は本当に自然で穏やかで――決して、辛い現実を、理不尽な使命を背負っているとは見えないだろう。


「ここまでで大丈夫ですよ、陽織」

「しかし……」


 山頂までにはまだ距離があるが、振り返り微笑んだ日和の言葉に共をしていた陽織は事前に分かっていたこととはいえ戸惑った声を上げた。


「最初に話したように、わたしが戻って来なければ死んだと思いあなたは帰りなさい。後のことは皆に伝えてある通りです。くれぐれも頼みます」

「日和様……」


 言うべきかを迷う。だが、迷っている時間もなければ、迷うべき時でもない。ここを迷えば二度と話すことすらできなくなるかもしれないのだ。

 それを分かってなお迷ったのは……伝えても確実に受け入れられないことを知っているからこそだった。伝えたいのは自分の我侭でしかない。

 それでもなお、


「逃げましょう」


 陽織は言葉を発し、自らの我侭を通した。


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