第53話 作戦とすんごい羞恥心
「……今度こそ、消えろ」
魔王が再びその指先をこちらへ向ける。絶対的な『無』のオーラが、私たちの存在そのものを、消し去ろうとしていた。
絶望が再び、私たちの心を支配する。
しかし、その中で、ユウキ様だけが希望を、――あまりにも、あまりにも馬鹿げた、一筋の希望を見出していた。
彼は覚悟を決めた顔で、私たちに、そして、私に叫んだ。
「シルヴィア! ダイン! ルルナを援護しろ! 俺が注意を引く!」
そこまでは良かった。
しかし、続く言葉は私の耳を疑うものだった。
「ルルナ! 頼む! もう一度、胸を……見せてくれ!」
「…………へ?」
私の口から、気の抜けた声が漏れる。
「勇者、あなたは何を言っているのですか!? 正気ですか!」
シルヴィアさんが本気でユウキ様の正気を疑う。
「おいユウキ! いくらなんでも、そりゃねえだろ!」
ダインさんでさえ、その作戦にはドン引きしていた。
「信じてくれ!」
魔王の攻撃が迫る中、ユウキ様が叫ぶ。
「さっき、あいつはルルナの胸を見て、止まったんだ! あれが、奴の唯一の弱点なんだよ!」
その言葉に、シルヴィアさんが、はっとしたように先程の光景を思い返す。
「……まさか」
論理では、ありえない。しかし、現実に魔王は止まった。
「む、むりです! そんな恥ずかしいこと、できません!」
私が涙目で抗議する。
「頼む、ルルナ! これしか世界を救う方法はないんだ!」
ユウキ様の必死の言葉。
私は仲間たちの顔を見た。
絶望的な状況でも諦めていない、仲間たちの顔を。
私は唇を、強く、強く噛んだ。
「……わかり、ました……」
蚊の鳴くような声で、私は、そう答えた。
「今だ、ルルナ!」
ユウキ様が魔王の注意を引くために、前に飛び出す。
私は泣きながら、羞恥心で死にそうになりながら、自分のローブの前をほんの少しだけ、開いた。
サラシで固められた胸の谷間が、ほんの少しだけ、見える。
――効果は、てきめんだった。
ユウキ様を消し去ろうとしていた魔王が、またしても、ぴたり、と動きを止めた。
その、宇宙を宿した瞳が、私の胸元に釘付けになっている。
絶望的な圧力が消えた。
「効いてる!」
ユウキ様が叫ぶ。
「ダイン、シルヴィア、今だ! 攻撃しろ!」
「うおおお!」
「光よ!」
力が戻った二人の渾身の一撃が、無防備な魔王に叩き込まれる。
魔王の体が、わずかによろめいた。
しかし、私が羞恥心に耐えきれず、再びローブの前を閉じてしまった瞬間。
魔王の力が元に戻る。
「……なんだ、これは」
彼は初めて、明確な苛立ちを、その声に滲ませていた。
そこから先は、奇妙で、滑稽で、そして、命がけの攻防が始まった。
それは歴史上の、どんな戦いにも記されていない、破廉恥な舞踏だった。
「ルルナ、今です! 右肩を、少しだけ!」
「ひっく……こ、こうですか……?」
「よし、効いてる! ダイン、殴れ!」
「うらあ!」
「ルルナ、隠して!」
「きゃっ!」
「危ない! ルルナ、もう一度だ!」
「も、もう、お嫁に行けません……!」
私が泣きながら、チラリ、と胸元を見せるたびに、魔王が停止し、その隙に仲間たちが攻撃する。
私が恥ずかしさで胸を隠すと、魔王の猛攻が私たちを襲う。
私たちは、いつしか、完璧な連携を取っていた。
ユウキ様とダインさんが、私を守る盾となり、シルヴィアさんが的確な指示を出す司令塔となる。
そして私が、この世界の命運を左右する、最終兵器。
しかし、この戦法は、あまりに綱渡りすぎた。
魔王は徐々に、私たちの動きに対応し始め、私を見ないように攻撃を繰り出してくる。
「ダメです、これだけでは倒せません!」
シルヴィアさんの悲痛な声が響く。
「もっと、強い……決定的な、一撃が……!」
私たちの、すんごい作戦は、早くも限界を迎えようとしていた。




