第51話 魔王とすんごい絶望
魔力の壁を自分たちの絆で打ち破った私たちは、固い決意を胸に、グライフェン砦の最深部へと続く、暗い階段を降りていった。
私たちの武器は、まだ元には戻っていない。ユウキ様の剣は重く、ダインさんの斧は美しい花束のままだ。
しかし、私たちの心には、不思議な充実感が満ちていた。奇跡に頼らなくても、私たちは戦える。
長い、長い階段を降りた先。
そこに広がっていたのは広大な地下の空洞だった。
天井からは鍾乳石が静かに光の雫を垂らし、その中心には古代の石で組まれた、質素な祭壇が一つ、ぽつんと置かれている。
そして、その祭壇の上に、それは、静かに浮かんでいた。
《沈黙の神の枷》。
光さえも吸い込むかのような、重く、黒い、鉄の首輪だった。派手な装飾は何もない。しかし、その存在そのものが、この空間の、いや、世界の法則を支配しているかのような、圧倒的な圧力を放っていた。
「……あれが最後の……」
ユウキ様が、ごくりと息をのむ。
罠も、守護者も、いない。
私たちは、ゆっくりと祭壇へと近づいていく。
ユウキ様が代表して、その『神の枷』に手を伸ばした。
彼の指先が、それに触れる、寸前だった。
『――それは、余の物だ』
声ではなかった。
直接、私たちの脳に、魂に、その言葉は響き渡った。
それは、感情というものが一切存在しない、どこまでも冷たく、どこまでも深い、絶対的な『無』の声。
祭壇の前に、影が凝縮した。
何の前触れもない。ただ、そこに、空間が歪み、一人の男が現れた。
黒い、シンプルなローブをまとった、穏やかな顔立ちの青年。
しかし、その瞳を見た瞬間、私たちは呼吸さえも忘れた。
彼の瞳の中には、星々が、銀河が、そして、全てを飲み込む、宇宙の闇そのものが宿っていた。
魔王。
その存在を前に、私たちは、魔法で縛られたわけでもないのに、指一本、動かすことができなかった。
それは、生物としての本能的な恐怖。抗うことさえ許されない、絶対的な捕食者を前にした、絶望。
魔王は私たち一人ひとりを、値踏みするように、ゆっくりと見た。
「剛力……だが、脆い」
ダインさんの体が、びくりと震える。
「知性……だが、浅い」
シルヴィアさんの顔から、血の気が引く。
「勇者……聖剣に、使われているな」
ユウキ様が、歯を食いしばる。
そして、魔王の、星々を宿した瞳が、私を捉えた。
彼は不思議そうに、少しだけ、首を傾げた。
「……そして、お前か。世界の理を乱す、異物。我が『無』への回帰を阻む、唯一のノイズ」
魔王は、初めて、微笑んだ。
その笑顔には、何の温かみも、感情もなかった。
「面白い。この手で、摘み取ってやろう」
彼が、そっと、指を一本、上げた。
それだけで、空洞全体が、凄まじい圧力に包まれる。空気が重い。息が、できない。
「させるか……ッ!」
ユウキ様が絶叫と共に、麻痺した体を無理やり動かし、重いだけの剣を構える。
ダインさんも、シルヴィアさんも、死を覚悟した顔で、私の前に立ちはだかった。
絶望。
それは、これまでのどんなピンチとも違う、抗うことさえ許されない、絶対的な終わり。
私たちの、本当の、最後の戦いが、今、始まろうとしていた。




