第29話 水源とすんごい浄化
ティルナ地方の小さな村に希望の芽が一つ灯った。
しかし私たちの前には、あまりに巨大な問題が横たわっていた。
「よし作戦会議だ!」
村長の家を借り、ユウキ様がテーブルを叩いた。
「ルルナの『聖女の涙』の力は証明された。問題は、どうやってこの涙をティルナ地方全域に行き渡らせるかだ」
「そ、そんなこと言われても、私、いつでも泣けるわけでは……」
私がそう言うと、ダインさんが真顔で提案した。
「俺が嬢ちゃんを泣かせてやろうか? それとも、タマネギでも大量に持ってくるか?」
「「やめなさい(やめてください)!」」
私とシルヴィアさんの声が綺麗にハモった。
「感情の発露は意図的に再現できるものではありません」
シルヴィアさんが冷静にユウキ様の案を切り捨てる。
「それに、仮に涙をバケツ一杯集められたとして、どうやってこの広大な土地に撒くのですか? 非効率的です」
議論は完全に行き詰まってしまった。
そんな中、シルヴィアさんが一つの仮説を立てた。
「呪いは水を媒介にして、この大地全体に広がっているのではないでしょうか。村長も、井戸の水が土の味がすると言っていました。この地方の水源……そのものが、呪いの発生源となっている可能性があります」
その仮説は的を射ていた。
村長の話によれば、ティルナ地方の全ての農地を潤すのは、山脈に水源を持つ「ティルナ大河」だという。そして、呪いが発生した日を境に、その川の水は不気味な紫色に濁ってしまったらしい。
私たちは呪いの根源を突き止めるため、ティルナ大河を遡り、その水源である山上の湖《太陽のカルデラ湖》へと向かった。
「これは……」
湖畔にたどり着いた私たちは言葉を失った。
かつては太陽の光を反射して鏡のように輝いていたという湖。その面影は、どこにもない。
湖は、まるで巨大な毒沼のように不気味な紫黒色に濁り、ところどころで泡を立て、耐え難い腐臭を放っていた。
「高濃度の呪術汚染です。触れただけで生命力が吸い取られるでしょう。これを浄化するなど、国中の神官を集めても、数十年はかかります」
シルヴィアさんの分析が私たちに絶望的な事実を突きつける。
その、あまりの光景と鼻をつく悪臭に、私は気分が悪くなってしまった。
「うっ……」
こみ上げてくる吐き気に、私はたまらず、仲間たちから少し離れた湖畔へと駆け寄った。
そして湖の水を覗き込み、えずいてしまった、その時。
ぬかるんだ地面に足を取られてしまった。
「きゃっ!」
私の短い悲鳴と共に体はバランスを崩し、そのまま呪われた湖の中へと、真っ逆さまに転落してしまった。
「ルルナ!」
仲間たちの絶叫が遠くに聞こえる。
紫黒色の冷たい水が私の全身を包み込む。
(死ぬ……!)
そう思った瞬間だった。
私の体が、胸が、これまでで最も強く、まばゆい純白の光を放ったのだ。
まるで闇を祓う太陽のように。
私の胸から放たれた光は、呪いの水に触れた瞬間、それを浄化していく。
紫黒色の汚染が光に飲み込まれ、みるみるうちに澄んだ水へと変わっていく。
その浄化の波は湖全体へと、凄まじい速度で広がっていった。
数瞬後。
あれほどおぞましかった呪いの湖は、元の美しい輝きを取り戻していた。
「ぷはっ!」
私は水面から顔を出すと、必死にむせた。
「ご、ごめんなさい! 足が滑って湖に落ちちゃいました……!」
びしょ濡れのまま謝る私。
しかし、仲間たちからの返事はなかった。
ユウキ様も、シルヴィアさんも、ダインさんも、ただ透き通った湖と、私を交互に見て、完全に固まっている。
やがて、我に返ったユウキ様が震える声で叫んだ。
「……湖、まるごと……浄化した……? 聖なる涙どころの話じゃない……彼女自身が歩く超弩級浄化装置なのか!? スキル名、『聖なる洗浄』!」
浄化された湖の水は川を下り、やがて、ティルナ地方全土を潤し、その呪いを洗い流していくことだろう。
しかし、問題は、まだ終わっていなかった。
「見てください…!」
シルヴィアさんが湖の中心を指さす。
「呪いの濁りが晴れたことで、魔力の源が姿を現しました!」
彼女が指さす先、湖の中心には、これまで水と呪いの中に隠されていたのであろう禍々しい黒い塔がそびえ立つ、小さな島が出現していた。
あれが『厄災の魔女』ヘクサーナの根城。
私たちの次なる目的地が決まった。




