第26話 聖女とすんごい訓練
「王国の聖女」としての新しい日常が始まった。
とはいっても、私にできることなど何もない。城の侍女たちは、私が何か手伝おうとするだけで、「滅相もございません、聖女様!」とパニックになる。騎士たちは、すれ違うたびに敬礼をしてくれる。
私は豪華な鳥かごの中にいる鳥のように、ただ無力感と居心地の悪さを感じていた。
他の仲間たちは、それぞれのやり方で、この新しい日常に適応しているようだった。
ユウキ様は国王陛下や大臣たちとの会議に呼ばれることが増えた。
シルヴィアさんは王家の禁書庫への立ち入りを特別に許可され、私のスキルに関する古代文献を寝る間も惜しんで読み漁っている。
ダインさんは城の厨房に入り浸り、王宮料理人たちと酒を酌み交わしているらしい。
そんなある日、ついにダインさんが、しびれを切らした。
「おい、お前ら! すっかり貴族様気取りか! 体がなまってしょうがねえ! 訓練だ、訓練!」
その一言に、ユウキ様も真剣な顔で頷いた。
「……そうだな。ダインの言う通りだ。次の戦いは、もっと厳しいものになる」
「合理的です」
書庫から戻ってきたシルヴィアさんも同意した。
「我々の連携と、特にルルナのスキルの再現性を高めるためのデータ収集は喫緊の課題です」
こうして、私たちは王城の広大な訓練場へと向かうことになった。
「よし、ルルナ! まずは『絶対防衛反撃』の練習だ! 俺がこの訓練用の矢を撃つから胸で弾き返してみてくれ!」
ユウキ様は本気だった。
しかし、私がいくら胸を張ってみても、矢は私の服に当たって、ぽとり、と力なく地面に落ちるだけ。奇跡など起こるはずもなかった。
「ごめんなさい……やっぱり私には……」
役に立てない自分に私はまた落ち込んでしまう。
「……再現性がないのはわかりました」
それを見ていたシルヴィアさんが溜め息をついた。
「では限界を試します。勇者、ダイン。二人とも全力で私に攻撃してください。私が防御魔法で受け止めます。ルルナ、あなたは私のすぐ後ろに」
彼女の目的は私が「仲間が危険だ」と感じた時に、スキルが受動的に発動するかどうかの実験らしかった。
「いくぞ、シルヴィア!」
「うぉぉぉ!」
ユウキ様の光の斬撃と、ダインさんの大地を揺るがす斧の一撃が、同時にシルヴィアさんへと放たれる。
「――三重防護結界!」
シルヴィアさんの前に三枚の魔法の壁が出現する。
しかし、二人の全力攻撃は彼女の想像を上回っていた。
一枚目、二枚目の結界が、ガラスのように砕け散る。そして最後の三枚目にも大きな亀裂が走った。
「くっ……!」
シルヴィアさんの顔に焦りの色が浮かぶ。
結界が破られる!
「シルヴィアさんっ!」
私は彼女を守りたい一心で、咄嗟にその背中に手を当てて、支えようとした。
私の胸が、シルヴィアさんの背中に、ぽすん、と密着する。
その瞬間だった。
砕け散る寸前だったシルヴィアさんの魔法の結界が、太陽のような黄金の光を放ったのだ。
亀裂は瞬時に修復され、それどころか、以前よりも遥かに強固な輝きを放ち始める。
そして結界は、ユウキ様とダインさんの攻撃エネルギーを完全に受け止めると、それを無害で温かい衝撃波として、外側へと解き放った。
「「うわっ!?」」
ユウキ様とダインさんは、その穏やかな衝撃波によって、綺麗に吹き飛ばされ、尻餅をついていた。
「……私の魔力が……増幅された? いえ、これは……魔力の質そのものが聖なる力に置換されたような……」
シルヴィアさんは自分の掌に宿る黄金の光の残滓を見つめ、愕然としていた。
「すげえ威力だ……! ルルナが触れた仲間の魔力を、一時的に神のレベルまで引き上げるのか!? スキル名、『聖女の祝福』! こりゃとんでもないサポートスキルだぜ!」
ユウキ様が尻餅をついたまま興奮して叫んでいる。
(私、ただ、シルヴィアさんを支えようとしただけなのに……)
またしても私の意図を超えた奇跡に、私はただ混乱するばかりだった。
私たちが、それぞれの形で、この新たな奇跡に驚愕していた、その時。
一人の伝令兵が血相を変えて、訓練場へと駆け込んできた。
「勇者様! 聖女様! 大変です!」
その声は私たちの短い平穏の終わりを告げていた。
「魔王軍が……! 魔王軍が、再び国境に……!」




